白百合教会の野望
大陸ではいくつかの場所に魔素が溜まり、年月を経て瘴気と変わる。瘴気に侵された動植物は魔物となり、人々は日々怯えながら過ごしていた。
救済を祈る人々の祈りに答えた神は、魔素を浄化する魔道具を5機、人々に授けたのであった。
大陸の国々は魔素が溜まりやすい場所に授けられた巨大な魔道具を設置し、25年に一度のサイクルで魔道具の動力源となる精霊石を交換し瘴気の浄化をしていた。
交換する魔道具を携え、瘴気に侵されて魔物とかした動植物を討伐しながら5年もかけて大陸を旅する討伐隊を、人々は勇者一行と呼んだ。
彼らは国を超えた精鋭で選ばれるが、浄化の要となる精霊石を提供する歴代聖女は祝福の女神を信仰する白百合教会から選出されていた。
そして今、新たな聖女が選出されようとしていた。
***白百合教会の最奥にて***
「では巫女よ、そなたを今代聖女と定め、浄化の旅を行う一員として派遣する。」
「謹んでお受けいたします。今代聖女として歴代の聖女の名を汚さぬよう勤めることといたします。」
「それからこちらは教会からの選別の『聖女の雫』です。同じパーティを組む女性3人分あります。
そしてこちらは『一夜の夢』です。パーティーの男性の衣類に忍ばせて使いなさい。
こちらはレシピです。」
そう言って先代聖女は、聖女の証である錫杖と赤い香水の瓶を3つと黒い大きめの瓶1つとレシピを今代聖女にわたした。
今代聖女は恭しく受け取った。
「いいですか?このボタンを押すと、錫杖の先にある鉄球が柄から離れます。
柄と鉄球は鎖で繋がっていますから、そのまま振り回せば武器になります。
もちろん鉄球と柄がくっついた状態で振り回して敵を打つ事も可能です。」
なにやら物騒な錫杖の使い方を教える先代聖女。その説明に少々引き気味になりながら、今代聖女は口を開いた。
「………あの、先代様。長年の疑問なのですが、私達聖女候補が修行の一環として薬草や医療技術を学ぶのは分かります。
しかし、それよりも詩作や速記などを学んだり、魔法で浄化魔法や回復魔法よりも身体強化や攻撃魔法や体術といった戦闘技術を学ぶ比率が高いのは何故なんですか?
私達は聖女なんですよね?吟遊詩人でもないし武闘家やアサシンでもないですよね?」
たった今当代聖女となった巫女の言葉に先代聖女はうなづいた。
「そうですね。まずはこの白百合教会の歴代聖女の浄化の旅の実体験を教えるべきでしたね……。
まず長旅には丈夫な体と体力が必要です。また、瘴気に侵され魔物となった動植物はとても危険で、生きとし生けるものには全て牙を剥くので、魔法の詠唱が間に合わぬこともあるのです。
だから戦闘技術を学ぶのです。
しかし、一番の理由は『敵は身内にあり』という事です。」
迷わずそう言い切る先代聖女は目が座っている。今代聖女は思わぬ言葉に目を点にした。
「私たち白百合教会は、女性の守護で結婚と幸福を司る女神ヘラを信仰しています。夫の暴力や浮気に苦しむ女性や、家庭の不和から迫害された女性の保護に努めると共に、門戸を開放し貧しい人々に学問や医療を施していました。
世間一般には永き歴史を持つ祝福の女神を祀り、歴代の聖女を輩出する由緒正しき教会と知られています。
しかし、浄化の旅に参加する男性 ── 主に勇者と名乗る馬鹿者達は、我々聖女を『性女』などと称して娼婦扱いするのが常でしたわっ!
初対面で『同行者は美人じゃないと嫌だ』と抜かすのはまだ序の口。
『聖女は巨乳美人か可愛いロリビッチで、ミニスカか露出ギリの聖衣と決まっている』とか『女戦士の鎧は体の線が分かる水着アーマーしか認めない』とか『女アサシンや弓使いの衣装はピッタリ張り付く全身タイツだよね』とか、バッカじゃねーの!?
顔で魔物が倒せますか、瘴気が浄化できますか?スカートで山の中で虫に刺されず草木で足を傷つけず歩けますか?体にピッタリくっつく鎧で衝撃逃せますか、熱気を遮断できますか?全身タイツでどこに暗器や薬や武器を隠せるんですか?
『エロは男の最高のポーションだ!』と胸張って言いやがってましたけど、私らは娼婦じゃねぇ!旅の仲間で同僚で戦闘員だっつーの!!私は医療班で聖職者だと言っているだろーがっ!!
第一、他人の顔偉そうに批判出来るような面かあ!?鏡で自分の顔見てから言いやがれっ!!!
しかもオークや触手系の魔物化した動植物に襲われると『男の夢がここに!』と喜んで見学にまわるし!
見てないで助けろよこういう時は、人としてっ!!」
だんだんと心の闇がダダ漏れになり言葉が乱暴になる先代聖女。ドン引きする今代聖女。
どうやら25年前のことなのに、未だに根に持っているようだ。気持ちはわからんでもないが。
「いえあの〜、それは先代様だけでなく歴代聖女の経験談なんですか?
旅には騎士団が同行するはずだと思いましたが………」
「歴代聖女の旅日記には、ほぼ似たような記述がありました。
いつの時代もバカばかりという事です。」
マジかい。騎士道やレディーファーストはどこへ行った?
「しかし女神は我らを見捨てませんでした。
旅の仲間のセクハラに悩む初代聖女に、女神が信託で『聖女の雫』と『一夜の夢』という香水のレシピを授けて下さったのです。
この『聖女の雫』は普通に嗅げばただの香水のように思えますが、一度付ければ男性やオークが全く我々に性欲を感じなくなるという優れものです。
例えオークの群れのど真ん中に投げ出されても性的にはスルーされます。」
それはすごい!あの性欲で生きている豚もどきが?
「しかしオークは性欲の対象外は全て殺して餌にしようとしますし、触手系の動植物は性欲ではなく食欲で襲ってくるのですから『聖女の雫』は効きません。
故に攻撃魔法と身体強化の魔法が必要になるのです。」
「よく分かりました。それでもう一つの『一夜の夢』にはどのような効果が?」
話の流れからの何気ない疑問だったのだが、そう聞かれた先代の目がキラキラと輝いた。
「よくぞ聞いてくれました。この『一夜の夢』は男性用の香水です。
これを使用した男性はオーガーの被害にはあいません。『聖女の雫』と同じようにスルーされます。
そして、何よりの効果は!『この香水を付けた者同士にしか発情しない』という事です!
私たち聖女は彼らの実体験を記して聖典として纏めて、同志に提供するという尊い使命があるのです!」
「………それはつまり、勇者一行を薬の実験台にして観察して記録しろと……?」
「何を言いますか!単純に発情して収まらない者同士、お互いに処理させてるだけです!
恋人でも妻でもない上、その気もない者が強要させられるよりはいいではないですか!
第一香りが切れれば効力は無くなりますもの。」
「………あのー、もしや筆者不明の聖典第1巻 ── 初恋も知らぬ純真な少年勇者に初めて人としての優しさ尊さなどを教えられたアサシンが、純真な勇者を真綿に包むようなテクニックで開花させていく、というあの名作は……」
「察しの通り、作者は初代聖女です。いろいろ盛ってはいますがほぼ実話だそうですよ。」
「という事は、聖典の最新巻 ── 無骨で筋骨たくましいツンデレ騎士が、サド気質の優男の宮廷魔法師の指使いにメロメロになるも、最後には下克上するあのお話も………。」
「全て実話です。」
「あの方達、前回の旅の時には既に既婚者でしたよね!?」
「私も最初は使うまいと思ってたんですよ?ですが私達への態度が余りにも酷すぎるもんですから、つい……。
二人ともその時だけの関係でしたし、時々お互いを微妙に意識してましたけど、旅から帰ってからは愛妻家になり、『傲慢な性格も治り以前より優しくなりました』と奥方様には好評ですもの。
我が教会も聖典が売れて財源確保で、Win-Winですわ ♪
という事で、もし旅の一行の男性陣のセクハラが酷い場合は、コレを使って彼らを黙らせなさい。
そしてその詳細を文章化してまとめ、待ち望む信者達に捧げるのです。
それこそが我が白百合教会の聖女の真の使命です!」
「瘴気の浄化が目的の旅ですよねえ!?」
祝福の女神を祀る白百合教会 ── 又の名をBL教会。知る人ぞ知る腐女子の聖地で行われる、聖女継承の際の恒例のやりとりであった……。
補足
白百合教会:祝福の女神ヘラを象徴する花から名付けられた教会。女性の守護教会として大陸中の女性の支持を集めている。
精霊石:魔素を浄化する魔道具の動力源。25年かけてクリーンナップと魔力の充填をし、交換され使用する。
聖典:白百合教会が25年に一度出版する女性信者のみに購入可能な筆者不明の書籍。重版再販多し。
この世界の神のご利益の強さは、信者の多さで決まります。
白百合教会が長く聖女を輩出し、精霊石を浄化し魔力を充填できたのは、熱い信者が途切れなかったから……(笑)