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八話

「―――以上が事の顛末ということでいいか?」


 威圧的な声音に対し、霧夜は「ああ、あってるよ」と適当に返す。事実、先ほど男が語った内容に嘘偽りはなかった。

 ここは尋問室。窓は一つしかなく、しかも霧夜の背丈よりもずっと高く、そして小さい。ここから脱走を試みる奴は単なる馬鹿だろう。そして部屋には霧夜以外にもう一人、男がいた。オールバックの金髪で眼鏡をかけており、どこからどうみても几帳面、というか面倒なな性格をしてそうな男。

 尋問官且つ衛兵隊長・ギルベルト・アークライであった。

 ギルベルトは書類を書き終えると、はぁ、と呆れたため息を吐きだす。


「全く、往来の場で堂々と違反行為をするとは、貴様らは本当に愚かなようだ」

「喧嘩を売られたら買う。それが普通だろ? 話を聞いた限りじゃつっかかってきたのは向こうらしいじゃねぇか」

「そうだとしても、それを受け、挑発に乗り、互いの【守護精】を戦わせるなど愚行以外の何物でもない。召喚された際、必ず【守護精】の決闘は申請が必要であることは説明されているはずだ。それを無視した場合は罰則になるともな。それを貴様の主は破ったのだ。当然責められる立場にある。故に貴様もこうして尋問室にいるわけだ」

「はっ、だったら自分のモンを素直に相手に差し出しておけば良かったのかよ。俺は、そうしなかったあいつの根性を少しは見直してるんだがな」

「そうは言っていない。それこそ、衛兵や正式な場所に助けを求めるか訴えれば……」

「んなこと、あの二人にできるとマジで言ってんのか?」


 霧夜は声音を少し下げながらギルベルトに問う。


「俺はあいつに召喚されて、日が浅い。はっきり言って赤の他人だ。あの二人がどういう関係なのか、どういう人間なのか、んなことは知りやしない。だが……あいつらがここの連中に疎まれ、のけ者扱いされてることくらいは俺でも分かるぞ」


 その言葉にギルベルトは何も言わない。否定もしなかった。

 霧夜がそのことについて疑問に思ったのは二度目の召喚の事。彼らの服装があまりにも汚かったのをよく覚えている。最初それは、ボロボロになるまで逃げまわったから、という理解であったが、しかし今日の街の反応、そしてあのチンピラの言葉が明確なものへと変えた。

 そして何より、観客の反応。

 腫れ物に触るような、しかしそれを指差して笑う。あの胸糞悪い光景を霧夜はよく知っているのだから。


「無星っていうのは、そんなにも嫌われるもんなのか?」

「能力が無い者、劣っている者が卑下されるのはどこの世界も同じ、ということだ。貴様らの世界でもそうなのだろう?」

「……否定はしねぇよ」

「それが当然だ、とは言わないが少なくとも今、この王都ではそういった傾向がある。彼らだけじゃない。星が高ければ高い程認められ、低ければ低い程認められない。そして彼らは最低の格付けをされている。故に誰からも認められず、疎まれる。これはそれだけの話だ」


 ギルベルトは悪意のある感情はなかった。むしろ淡々と事実を述べているように見える。

 しかし、何故かそれが返って霧夜には腹が立つことだった。そして、それが少し不思議であった。自分の事ではない、赤の他人のことだというのに、何故自分が怒りを覚えているのだろう、と。

 その疑念をかき消すように霧夜は別の質問を投げかける。


「それで? 俺はいつまでここにいるんだ?」

「永久だ」

「……冗談でも笑えねぇ」

「こちらとしては本気なんだがな。何せ、貴様は最初の召喚の際、暴走していたからな。辺り構わず攻撃し、静止させるのに『大賢者』の【守護精】を出すハメになった。あの時、貴様はボロボロの状態で意識も朦朧としていた。故に生じた誤解であり、唐突に召喚された事で戸惑いもあっただろう。だがそれらを考慮した上で、こちらとしてはずっとここに閉じ込めていたい、というのが本音だ」


 だが。


「貴様は特殊な状況にある。時間が経てば元の世界へ帰ってしまうのだろう? ならば閉じ込めておくだけ無駄というものだ」


 言うとギルベルトは書類を霧夜に向ける。


「誓約書だ。今後二度と無断な決闘をしないという内容だ。これにサインすれば釈放だ。他の二人は既に表で待っている」

「ハッ、サインで釈放かよ。随分と甘いな」

「自覚している。が、今回の原因はどう見ても相手が悪いのはこちらとしても認識している。加えて貴様の主人のタニヤマカケルは反省の色を示している。いくら相手が悪かろうが、買ったのは自分だとな。その態度に免じての釈放だ」

「そうかい」

「せいぜい他者に迷惑をかけないよう気をつけろ。貴様が問題を起こす度に我々が出て行かなければならないのだからな」

「へいへい」

「ふざけた返事だ。その様子では、彼が今のような立場にあるのは自分のせいでもある、ということに自覚はないようだ」


 ふと。

 その言葉は聞き流せるものではなかった。


「……おい待て。そりゃどういう意味だ」

「言葉通りだ。考えてもみろ。能力的に低いことだけでも非難される要因が十分あるというのに、その【守護精】がただの人間でしかも暴れ回った。自分の【守護精】も制御できない、というレッテルがさらに貼られたわけだ」


 その事実に対し、霧夜は目を大きく開かせ、そして視線を下へと向ける。確かに言われてみればその通りだ。意識が朦朧としており、事情を知らなかったとはいえ、自分の行動で彼の立場を悪化させたのは事実だ。それを知るか、の一言で切り捨てるのは簡単だ。だが、その選択をできる程、山堂霧夜という人間はできていないのだ。


「……その顔からして、どうやら悔やむ心はあるようだ」

「余計な世話だ。っつーか、何であんたはんな事言うんだよ」

「私は衛兵隊長。この街、この王都を守る責任と義務がある。そこに余計な手間を入れられたくないだけだ」


 相変わらず淡々と答えるギルベルト。その言葉に余計な感情は入っていない。だが、それがこの男なのだろうと霧夜は少し納得する。


「しかし、個人的な意見を言わせてもらえれば彼にも問題がない、というわけではない。奴隷の少女を連れて歩く、というのはあまり好ましいとは思えんのでな」

「あー……やっぱそういうことなのか」


 そこは敢えて触れないでおこうと思っていながらずっと気になっていた。

 鉄の鎖の首輪。それが意味するところがファッションではないことは薄々気が付いていた。しかし、実際に聞くわけにはいかない。誰しもお前は奴隷か? なんてことを聞けるわけがないのだから。


「これは私のただの勘だが、恐らく彼は仲間を欲したのだろう。それもこの世界について知っている仲間を。だが、最低の無星である彼を相手にする者は誰も居ない。故に彼は誰にも頼れなかった。結果」

「奴隷を買うことにした、と」

「奴隷ならば本人がどう思っていようと基本的に裏切れないようになっているからな。そして、強制的に戦わせることもできる。効率的な観点からすれば間違いではない。だが、人道的な視点から見れば非常識この上ないと言えるだろう」


 翔がどういう立場なのか、どういう状況に追い込まれているのか、それは他者には分からないし、関係ない。彼が奴隷の少女を買った、という事実だけが民衆にとっては問題であり、批判に値する事柄なのだ。

 彼がそうするしか選択肢が無かったとしても、そんなもの知ったことではない、と。さらにそれが少女という点がまた悪評に拍車をかけてしまうわけだ。


「しかも、奴隷が容姿端麗となれば尚更、か……っていうか、よく奴隷なんて買える金持ってたな、あいつ」

「召喚者は最初だけだが、いくらかの金を渡される。日常生活を送るには十分すぎるほどのな。それを全額、あるいはほとどんど出せば、不可能ではない。加えて彼女はまだ子供だ。奴隷の子供の値段はそこまで高くないと言われている。何せ、大人よりもある意味手がかかる」


 それは一理ある。何せ、奴隷という立場になった子供だ。手間が必要以上にかかるのは明白だ。

しかし、あの少女、フィセットに関しては例外なのだろう。何せ、主人である翔よりもしっかりしてそうなのだから。


「……なぁ話は変わるが、あんた召喚とかには詳しいか?」

「そうだな。これでも衛兵隊長だからな。貴様らのようなごたごたは珍しくも無い。それに対処するためにも詳しくなければこの仕事はやってられん」

「なら聞くが、そもそも【守護精】ってどういう基準で選ばれるんだ? 相性だのなんだのとは聞いたが……それにしちゃ、俺はあいつとそこまで相性が良いとは思えないんだが」


 霧夜の言葉にギルベルトは難しい顔つきとなる。


「……それは、この国が研究している議題の一つだ。相性、と簡単に言っているが、それが戦闘においてのことなのか、はたまは良好な関係が築けるということなのか、それとも別の意味なのか。それは分からない。一説では召喚士の心の中にある想いに反応し、それに相応な者を選ぶ、ともある」

「とは言え、結局は分からないってことか」

「ただ」


 と言って、ギルベルトは続ける。


「私は召喚される者、された者の間には何かしらの繋がりがあるとみている。偶然などあるはずがないのだ。何かしらの原因、因果があるはず。故に貴様が彼に召喚されたことは必然だ。……まぁ、何の確証もないがな」


 苦笑するギルベルト。その意見には大いに賛同する。

 お前が選ばれたのは偶然だ……そんなことで物事が通るのならば世の中何でもそれで解決してしまう。しかし、この件に関しても同じ様に解決できるかと言えば否だ。何故なら霧夜は既に三度、翔に召喚されているのだ。偶然というものは三度も続かない。故に何かしらの理由は必ずあるのだ。

 無論、今は分からないが。

 書類にサインを書き終え、席を立とうとしあ瞬間。


「最後に一言、言わせてもらおう―――今、この街にあの二人の味方はいない。守れるのは恐らくお前だけだ。それは、肝に銘じておけ」

「ああん?」


 その言葉に霧夜は怪訝な顔をせざるを得なかった。


「……何であんたがんなこと言うんだよ」

「言っただろう。私は衛兵隊長。この街の治安を守る義務と責任がある。故に私は常に公平な立場にいなければならない。故にずっと貴様達の味方でいるわけではない、と言いたかっただけだ。他意はない」

「そうかい……あんた、とんだお節介者だな」

「さて、なんのことだか。サインをしたのならとっとと行け。そして二度とここに来ないようにしろ」


 へいへい、と軽口を叩きながら霧夜はそのままドアを開け、外へと出て行く。

 その扉が完全に閉まったのを確認し、ギルベルトは息を小さく吐いた。


「ひねくれ者だな、全く」


 それは自分か、はたまた彼か。

 誰に言ったのか分からない言葉は、無意味に木霊するのみだった。

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