四話
ここは所謂異世界というものらしい。
……その発言と共に頭が痛くなかった霧夜であったが、しかし彼も現状を見てそれを真っ向から否定する気にはなれなかった。
国の名は『召喚の国・ソロン』。文字通り、召喚魔法によって発展してきた国だという。
この世界には魔法が存在する。特にこのソロンは召喚魔法が盛んであり、召喚した獣や人間、精霊から知識を貰ったり、力を合わせて敵を倒したりしてきたらしい。おかげで文明は発達し、国も大陸一、二を争う程の大国となっている。
だが、そんな国が今、危機に瀕していた。
この世界には魔人という種族が存在する。彼らは数が圧倒的に少なく、人前に姿を現すことは滅多にない。そのため、未だ多くの謎を持っている。彼らはどこの国にいるのか、そもそも国を持たず、放浪しているのか。それすら解明されていない。
しかし、一つ言えることは彼らが桁外れな魔力を持っている、ということである。その力は扱う者によっては天変地異を起こす、とまで言われている。
そんな魔人の一人・ミノスが十年前、突如としてこのソロンに現れ、突如として襲ってきた。その理由は定かではない。だが、彼の力は強大であり、多くの犠牲が出てしまった。
それでも何とかミノスを倒すことができた。
だが、問題はそこからであった。
ミノスがアジトにしていた地下迷宮。そこから多くの魔物が出現し、ソロンを襲い始めたのだ。出現した魔物を討伐するも、湧き出てくる迷宮からの数は今のソロンでは対処できないところまでやってきていた。
他国への要請、戦闘ギルドへの依頼。それらをしてもまだ、迷宮そのものをどうにかすることはできなかった。
このままではジリ貧であり、解決しないと懸念した国王は、何とか地下迷宮攻略できないかと考えた。その時、大昔に使用されたと言われる特殊な召喚魔法を使用することになった。
それは異世界の人間を【召喚師】として召喚する、という異例のもの。
異世界の人間はこの世界の者よりはるかに魔力があり、さらに【召喚師】として召喚した獣や精霊は【守護精】と呼ばれ、強力な力を保有しているという。それを利用し、ソロンは国を挙げて、異世界人の召喚を決定した。
だが、異世界の人間を呼ぶにはかなりの魔力が必要になる。そのため、一気に百人や二百人を召喚することはできなかった。国王は国にいる召喚師を召集、召喚するための魔力をかき集め、ひと月に一回のペースで召喚している。
結果、現在この国にいる異世界人は七三人。その全員が迷宮攻略に尽力している。おかげで今では迷宮から地上へ出てくる魔物はいない。
そして―――
「お前もその一人ってわけか」
「まぁ……一応、そういうことになってる」
苦笑する少年。その表情はどこか自信がなさけだった。それが何故か、霧夜は気にくわなかった。
「それで、俺はそんなお前の……あー、何だったか、えーっと」
「【守護精】、です。自分のことなんですから忘れないで下さい」
「うっせぇクソチビ。こちとら成りたくてなったわけじゃねぇんだよ。つまり、その【守護精】とやらとして召喚されたってわけか」
何とも傍迷惑な話だ。
「しかし、おかしいですね。【守護精】になった者は、自動的にこの世界の知識が与えられると聞きますが……」
「まぁ、それは……僕のせいかな。普通の人ならいざしらず、僕は無能だから……」
「もー。またそれですか、ご主人様。自分を卑下するのはとよくないと言ってるじゃないですか」
「いや、そうなんだけど、実際、僕のスペックって召喚された人達の中じゃ最低だし……」
「そうなのか?」
「ええと、それは、その……」
「平均値以下、だと思ってもらっていいよ」
それはどう反応すればいいんだ、と心の中でつぶやく霧夜。
「……それで、俺は帰れるのか?」
問題はそこである。
巻き込まれたことはこの際もう何も言うまい。重要なのはこれからのことだ。
「ええっと、そのことなんだけど……」
「通常の【守護精】の召喚は召喚師との永久的なものになります。つまり、あなた様は契約が切れるまでご主人様の従僕になる、ということです。よって、元の世界に戻ることは不可能で……って、ちょっと待って下さい、何で拳を振り上げてるですか、そしてなぜ私に狙いを定めてるんですか!?」
「何故かとてつもない侮辱と有り得ない事実を聞かされたせいだ」
「き、気持ちは分かりますけど、話は最後までちゃんと聞いて下さいぃ!」
涙目になりながら訴えるフィセットの言葉に一旦は拳を収める。
「……ふぅ。い、いいですか? 本来なら自らの【守護精】と契約する際は段階が二つ必要なんです。それが召喚と契約です。異世界から自らの【守護精】にたる存在を召喚し、その場で契約を果たす。ほとんどの場合、召喚された時点で契約は自動的になされているのですが・・・・・、ご主人様の場合は召喚しかできないんです」
「召喚しか、できない?」
「それだけ、僕の召喚師としての素質が足りないってことらしいんだ。せめて【永久召喚】ができる、なんてことがあればよかったんだけど」
またもや知らない単語に霧夜はむっと顔をひそめる。そんな彼に気付いたフィセットが説明を入れる。
「えっとですね、召喚にも二つのパターンがあります。短時間のみの召喚を可能とする【簡易召喚】と一度呼び出せば契約に関わらず、半永久的にこちらに居続けることができる【永久召喚】。あなた様の場合は前者、ご主人様の場合は後者になります。ご主人様はあんなこと言っていましたけど、後者に関して言えば魔力が膨大に必要となりますので、一人で行うことはほぼ不可能です」
「短時間……つまり、時間が経てば元の世界に戻れるってことか?」
「そういうことになりますね。右手をご覧ください」
見ると右手の甲にいつの間にか数字の入れ墨のようなものが刻まれている。しかもそれが刻々と数値が減っていた。
「それがあなた様がこちらに居られる時間です。それがゼロになった時、自動的に元の世界へと帰ることになるでしょう」
その言葉に霧夜は少しだけ納得する。自分が以前、召喚されていたにも関わらず、元の世界にいつの間にか戻っていたのは簡易召喚とやらの制限時間を超えたから。そう考えれば納得のしようもあるというもの。
だが、それ故に新たな疑問が生まれる。
「何で、俺はまた召喚された?」
「……多分、君が僕の【守護精】として一番相性がいいから……だと思う」
「んじゃ、元の世界に帰ったとしてもまたお前に呼び出される可能性があるってことか」
「可能性、というか、ご主人様が【簡易召喚】をされた場合、確実にあなた様が召喚されるでしょう。二度召喚された、という事実がそれを証明しています」
さらっと言われた事実に霧夜は天を仰ぎたくなった。
「……ちなみに、召喚を拒否するって手段はあるか?」
「すみません、召喚の仕方ならある程度分かりますが、拒否をする、なんてことは聞いたことがありません。あったとしても、私たちには分かりかねます」
その答えは何となく予想していた。そして、もし知っていたとしても教える、なんてことはしないだろう。自分の戦力を削るようなものなのだから。
「……君にとっては迷惑な話だと思う。こっちの勝手な都合だってことも理解してる。でも、僕の【守護性】は君しかいないんだ。だから……」
「これからも俺を召喚するってか?」
「……そういうことになる」
霧夜の言葉に、少年は真剣なまなざしで返す。
この召喚ははっきり言って、霧夜に何のメリットもない。勝手に召喚されて、命かけの戦いを強いられる……本来なら激怒するべき場面であり、考慮するまでもなく反発する状況だ。
普通なら。
「……条件付きなら、飲んでやっても構わない」
どこか不機嫌そうな、けれどもその上で了承を意味する言葉を口にした。瞬間、二人は驚いた顔つきになる。
「な、何だよ」
「いえ……その、罵倒か何かされるかとばかり思っていたので」
「正直、あっさり認めてくれるとは思ってなかった」
二人の言葉に霧夜は明後日の方向を見ながら返答する。
「べ、別にあっさり認めたわけじゃねぇし。ここで俺がつっぱねても無駄だと思っただけだ。それに条件付きっつったろ」
事実、ここで霧夜に選択肢は無かった。暴言を吐こうが、叫ぼうがどうしようもない。ならばしょうがないと割り切ってしまうほうがいい。
「わかりました……それで、条件というのは?」
「ああ。まず、一日に俺を召喚する回数だが、あらかじめ決めといてくれ。正直、ポンポンと召喚されるのは気が気でならねぇ」
「ああ、そこは安心していいよ。今の僕の実力じゃ君を召喚するのは一日に一回が限界みたいだから」
言われ、正直に安心する霧夜。今回もそうだが、唐突にこんなことに一日何度も巻き込まれるのはごめんだ。
「んじゃ、次。なるべくこの世界のことをできるだけ教えてくれ。何の前情報もないんじゃこっちも立ち回りをどうすりゃいいのか分からないからな。あー、あとこっちに来てる間の面倒も頼む」
「それは私に任せてください。知っていることならば何でも教えますし、お世話もなるべくさせてもらいます」
フィセットは見るからにしてこの世界の人間。しかも年齢以上にどこか博識であると霧夜は思っている。少なくとも全くの無知である自分に必要な情報を多く持っているはずだ。故に教えてくれることにはありがたい。
「そうか……じゃあ最後だ」
とは言っても単純な内容だ。
「俺を倒した女ともう一度勝負させろ」
衝撃の事実を告白。
真剣な話をしていますが、この主人公、パンツ一丁なんですよ?