三話
「それで? もう一度聞くが、これは一体全体どういう状況だ?」
危機は去り、一件落着……と言いたいところだが、そういうわけにはいかなかった。何せ、重要なことが何も分かっていないのだから。
戦いの後の疲れがあるものの、しかしここは問わねばならないだろう。
先程まで自宅、それも脱衣場にいたというのにここは見知らぬ森の中、時刻は夜。それだけでも混乱するというのに、先ほどの角の生えた凶暴な猿。もはやこれだけの要素があって何も訊くなという方が無理というものだろう。
ふと、目の前にいる二人を観察する。一人は茶髪の少女。年齢は霧夜よりも少し下で、十三、四といったところか。ボロボロの布きれとほぼ同じような恰好をしており、首には鉄の首輪がされている。
もう一人は黒髪の目が死んでいる少年。中肉中背であり、年齢も霧夜と同い年くらいだろうか。服装は簡素なものであるが、黒一色という何とも奇抜なセンスであり、こちらもどこか汚れているように見える。一瞬、モテそうな顔だと思ったが、死んだ魚のような目つきが全てを台無しにしていた。
(ん……? こいつ、どっかで見たことあるような気が……)
見覚えのある顔に、霧夜は思い出そうとする。元々、記憶力がそこまで優れていない彼は興味のないことは直に忘れてしまうわけであり、思い出そうとしても簡単に出てこないのだ。
あと一歩で思い出せそうな、けれども思い出せないというもやっとした感情が渦巻く中、少女の方がようやく口を開いた。
「す……すごいっ! あの⦅ツノザル⦆の群れをやっつけるなんて!! 流石はご主人様の【守護精】様です!! やっぱりご主人様は天才だったんですね!!」
「いや、そんなことはないよフィセット……僕程度がこれなら、多分召喚士の人なら誰でもできると思うし……」
「そんな~謙遜しなくてもいいですよ!! 確かにご主人様はまだレベルが低いですけど、でもだからこそ、あの⦅ツノザル⦆を、しかも十体以上も倒す【守護精】を持ってるなんて凄すぎです!! これならあの『大賢者』を超える日も近いです!!」
「さ、流石にそれは言い過ぎじゃ……」
「何を弱気なことを言ってるんですか!! ご主人様はもっと自信を持って下さい!! ご主人様にはそれだけの才能があるのです!! さぁ、『ツノザル』から戦利品を剥ぎましょう。彼らの角は高額で売れると聞きますし、あっ、そのお金でどこか買い物にでもでかけませんか? わたしでよければ、その……街の案内とかもできますし―――」
瞬間、ドンッ、という鈍い音が二人の耳に入る。
見るとそこには見るからに怒り心頭な霧夜が近くにあった大木に拳をぶつけており、そのまま大木は地面へと倒れていく。
あまりの出来事に少年少女は口をポカンを空けて目を丸くしていた。
「……俺は血の気の多い方だってよく言われるし、それは自覚もしてるつもりだ。それでも何の理由もなくすぐに暴力を振るうような、そんな輩になったつもりはねぇし、なるつもりもねぇ。だが……人を勝手にこんな状況にしておいて、説明もなく、その上放置するっていうのは、流石にねぇんじゃねぇか? あぁ?」
ドスの利いた声音に二人は思わず、ビクッと身体を震わせる。そしてようやくまずいと悟ったのか、少年が霧夜に声をかけてきた。
「ご、ごめん。この子が盛り上がっちゃって……それで、その……久し振りって言った方がいいのかな? っていってもつい三日前だけど」
「久しぶり? なんのことだ? 俺はお前とは初対面のはずだが?」
その言葉に「へっ?」と少年は惚けたような顔つきになる。
「この前のこと、覚えてないの? 僕が君を初めて召喚した時のこと」
「だから、何を言って……」
瞬間、霧夜は微かにあった記憶の欠片を思い出す。
そう。あれは先日の不良連中を戦った後。奇妙な声音と共に現れた陣。それに吸い込まれたかのように霧夜は今日と同じように別の場所にいた。
そこから先はよく覚えている。当然だ。何せ、自分が女に負ける夢なのだから、忘れようにも忘れるはずがない。
しかし、あの時と同じような状況が今、ここにある。
それはつまり、自分がまた夢を見ている、という可能性。しかし、果たしてこれが夢なのだろうか。ここまで現実的で、先ほどまで戦っていた獣を殺したという感覚もはっきりとしている。
ならば、考えられる可能性はもう一つ。
「あれは……夢じゃ、なかったのか……?」
頭を押さえ一人呟く彼の姿を見て、少女―――フィセットは少年に言う。
「何やら混乱しているご様子ですが、大丈夫でしょうか?」
「うん。……そうだね。さっきの言葉から察するに前に呼び出した時のこと、夢だと思ってるみたいだから、無理もないかも。まぁあの時の彼は意識が朦朧としてたみたいだし、説明する時間も無かったし、仕方なかったけど……取り敢えず、彼の治療頼めるかな、フィセット」
「お任せください!! はい、というわけで【守護精】様、そこに横になってください」
「はぁ? いきなり何を……」
「いいからほら、私は背が小さいので、立ったままだと治療ができないんです!」
「いだっ! 分かった、分かったからひっぱりるなチビ!」
「チビで結構なので、ほら早く!」
言われ霧夜はその場に横になった。するとフィセットは傷口に手をかざし、「【治療】」と呟くと彼女の手が白く光り輝き出す。同時に、その光に当たっている傷口が少しずつではあるが、自然と治っていく。
なっ、と言葉を失う霧夜。当然だ。本来ならこんな現象ありえない。傷口を塞ぐならともかく、何の道具もなく、ただ傷が自然と閉じていくなんてことはあるはずがない。
驚く霧夜を前に、少年は言う。
「その反応からして、やっぱりこっちの知識はないみたいだね」
「……てめぇら、何モンだ。ってか、ここはどこだ?」
「慌てないで。突然のことで戸惑ってるのは分かる。けど、安心してほしい。今からちゃんと説明するから。質問はいっぱいあるだろうけど、まずはこっちの説明を聞いてほしい」
そういって、少年はこちらを落ち着かせようとする。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は谷山翔。よろしく」
瞬間、霧夜は思い出す。
彼がニュースで言っていた行方不明の少年であることを。