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悪魔の何でも屋  作者: エイナン
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一人目のお客

「はぁ……」

一人夜の道をトボトボと歩いている男がため息をついた。この男はプロボクサーを目指しているのだがなかなかその夢が叶わない……自分は小さいころから喧嘩が強かった。だから簡単にプロになれると思いボクサーになったのだがそんな自分の考えは甘かった。周りには自分より強い奴がたくさんいた……自分は強いという自信は砕け散り自分がちっぽけな存在に見えてくるほど厳しい世界だった。今日もたった一発パンチを受けただけで自分はリングの上で倒れてしまった。

仲間からは馬鹿にされコーチからはどやされ、親からはそんな夢はとっとと諦めてちゃんとした職につけと言われる毎日……自分は頑張っているのに報われない。


「くそっ!」

モヤモヤとしたこの思いを道端に落ちていた空き缶に八つ当たりするように力強く蹴る。すると、


「痛っ」

空き缶が飛んでいったほうから声がした。しまった、誰かに当たってしまったらしい。これは早く謝らないと……そんな思いから空き缶が当たってうずくまっている人に駆け寄る。


「すみません、大丈夫ですか!?」

駆け寄りうずくまっている人に声をかける。蹲るほど痛いらしい大丈夫かなと心配して声をかけると、何と何事もなかったかのようにいきなり立ち上がってきた。


「大丈夫ですよ、ご心配なく」

顔と低い声からして男だった。だが服はこの夜の闇に溶け込むように全身黒い服を着ていた。それはまるで漫画に出てきそうな執事のような服だった。その異様な格好に驚いていると黒い服を纏った男が話しかけてきた。


「すみませんが……貴方、何かお困りごとでもあるようですね」


「はあっ?」

唐突にそんなことを言われたのでビックリして声を上げてしまう。何なんだこの男は……服装と言い今の言動と言い怪しい男だ。


「空き缶をぶつけてしまったことは謝ります。でも怪我がなくて良かったです。本当にすみませんでした」

そう言い俺はこの男から早く離れようとこの場を立ち去ろうとするが、


「待ってくださいよ。ぶつけといて怪我がなかったら謝って終わりですか?」


「うっ……何ですか。お金が欲しいんですか?」

もっともな話だが自分はまともな職についていないのでお金のことになると親に頼るしかないのだがそんなことになったらちゃんとした職に就けと言われてしまうことだろう。相手がどれだけ要求してくるのだろうと怯えながらも相手の反応を待っていると意外な言葉が返ってきた。


「いや、お金なんて要りませんよ。その代わり今から私の店に来て欲しい、ただそれだけです」


「えっ? それだけでいいんですか」

助かったお金のことは心配なさそうだ。だけど今から私の店に来て欲しいってまさか怪しい薬とか高価な物を買わされたりとかしそうだな。そのときは逃げればいい。日ごろからトレーニングしているので体力には自信がある。


「では私についてきてください」

俺は歩き出した男の後を追いかけるように歩き出した。








「着きましたよ。ここが私の店です」

男が立ち止まり言った。確かに見れば店なのだがやけにボロボロというか古そうな店だ。というかこの店に来るのに随分と歩いた。それも裏道というか路地裏のような狭く暗い道しか通ってこなかった。全身黒い服を身に纏っている男はその暗さに紛れるようだったので見失わないように追いかけるのが難しかった。


ギギイィィ……


「さぁ、お入りください」

俺がそんなことを思っていると男が店の扉を開けて入るように言った。俺は中に入る前に扉から店の中を覗き込む。店の中には商品らしきものは見当たらなく机と椅子があるだけで本当に店なのかと疑うほどだった。

だがここは言われた通りにしよう。ここまで来たんだから……それにこれから何が起こるのかドキドキしている自分がいた。俺が店内に入ると男も入ってきて店の扉を静かに閉めた。

「そこの椅子に座って待っていてください」

言われた通りに椅子に座る。黒い服の男は店の奥まで行き、カーテンのようなものをめくりさらに奥へ入っていった。あれはよくレンタルビデオの店とかである18禁のエリアと普通のエリアを分けているようなカーテンぽいものだ。

男が奥へ消えていったのを確認すると俺は改めて店内を見渡してみる。店内には商品棚などはなかったのだが壁には絵画がびっしりと飾られていた。それも隙間なくびっしりと……よく見てみれば

モナリザのような有名な絵画まであったがきっと偽物だろう。本物だったらどこかの博物館とかに寄贈されているはずだからなぁ、と考えていると男が戻ってきた。男は両手で小さな箱のようなものを持ってきて机の向こう側の椅子に座り、俺と向き合うようにして座った。


「貴方はプロボクサーを目指していますね?」


「えっ!?」

驚いた。何故そのことを知っているのだろうかという疑問が出たが男の言葉ですぐに解決した。


「いやぁ、その体を見れば分かりますよ。体が他の人とは違い鍛えられていますからねぇ」


「そ、そうですか」

見れば分かるのか。まぁ、男の言う通り体は鍛えられており普通に働いているサラリーマンと比べたら明らかに筋肉の盛り上がりかたとかが違うもんな。


「ですが貴方は私と会ったとき空き缶を蹴り飛ばした。これは恐らく何か気に食わないことがあったから例えば……周りが強くて自分の実力の小ささを知ってしまったとか。プロになりたかったけど自分では無理だと思ってしまったとか」


「うっ、何でそんなことまでっ!?」


「あくまでも推測だったのですがその様子だと図星だったようですね」

ニタニタと気持ち悪く笑う男に、そしてあの時の気持ちが湧き上がってきてイライラしてきた。俺は椅子から勢い良く立ち上がった。帰ろう……そう思って扉のドアノブに手をかけたときだった。


「そんな貴方に良い物をあげましょう」

その言葉にドアノブから手を離し男の方を見る。机の上にはあの小さな箱が置かれていた。


「良い物って何だよ」


「まぁまぁ、イライラしてないで一旦お座りください」

しぶしぶ言葉通りに座る。また何かイラつかせるようなことが起こったらすぐさま帰ればいい……半分やけくそみたいな、そんな気持ちで椅子に座った瞬間、男は喋り出した。


「世の中には貴方より強い人がたくさんいる。それは生まれ持った才能や運と言った勝負事に必要なものを全て持っているから。貴方みたいに努力する人はたくさんいますがほとんどの人がその才能を持った人には敵わず、諦めて夢を捨ててしまう。不平等だと思いませんか? いくら努力しても認められない、才能がなくてはやっていけないこの世界に」


「……」

男の話を黙って聞く。さっきまでのイライラはもうなくなっていた。何故かと言うと男の話に共感できる箇所がたくさんあったからだ。どんなに努力しても才能あるものを超えることはできない……まさにその通りだと思った。男の話に俺は吸い込まれるように、ただ静かに聞いていた。



「ですがそれを覆す力を手に入れられる物があるんですよ」

そう言いながら男は小さな箱を開けた。箱の中には薬と思われる物が一粒入っていた。


「それは何だよ」

見るからに怪しい……まさか麻薬じゃないだろうなと俺の考えを読んだかのように男は俺に言ってきた。

「麻薬とかそんな怪しい物ではありませんよ。ただのドーピング剤ですよ」


「ドーピング!? そんなことしてばれたら!」

どんな競技にでもドーピングは禁止されているのだ。だが男はそんな心配はないとニヤリと笑いながら言った。


「この薬はドーピング検査に引っかからないようにできているんですよ。どんな検査を受けても決してばれる事はないので大丈夫ですよ」


「でも、俺は……俺は俺自身の実力で勝ちたい。ドーピングなんて卑怯な真似だけはしない!」

俺にもプライドというものがある。俺は自分の力で勝ち取ったものにこそ本当の価値があると思っているからだ。だが男は俺の言葉を鼻で笑った。


「くだらないプライドをお持ちのようで……弱くて才能がないものがよく言うんですよねぇ、その言葉、自分自身の力で勝ちたい、そうじゃないと価値がないとね。はっきり言いましょう。この世界ではそんなプライドを持つ者は潰れていくんですよ。いくら努力しても敵わないことを知ってしまい最後には自殺する……そんな世の中なんです。姑息で卑怯なものが成功するのは当たり前、

例にお金持ちを想像してください。どんな事件を起こしても金さえ渡せば裁判で負けることはない。栄光も名誉も金さえあれば何もかも手に入れられる。努力なんて馬鹿のすること努力して自分より上の者を倒すなんてことは漫画やアニメの中だけなんですよ。仮にそれができたとしてもそれは生まれ持った才能のおかげ……それでも貴方はくだらないプライドを持ち続けますか?」


「うっ……」

言葉に詰まる。俺は心の中ではそう思っているところがあったので何も言い返すことが出来なかった。


「如何します? このチャンスを貴方は逃しますか?」

男は薬をこちらに見せ付けてくる。駄目だそんなこと……そう思いながらも俺はいつの間にかその薬を手に持っていた。


「良かったですね。これで貴方も歴史に名を残せますよ」

男は満面の笑みで俺に言ってくる。


「いくらだ。この薬は」


「ふむ、今の貴方では払えないぐらいです」



「はぁ!?」

その言葉を聞いて俺は咄嗟に薬を箱の中に戻そうとするが男に手を掴まれ邪魔される。おかしい俺は弱くともボクサーだぞ!何でびくともしないんだ!?

俺がどんなに力を込めてもびくともしない。それどころか男は笑いながらこう言った。


「これが貴方の実力ですよ。分かりましたか? 鍛えてもない凡人に力で負けるぐらい貴方は弱いのです。この薬に頼らなくては貴方に未来はありません。心配しなくても代金は今は要りませんよ。貴方がプロのボクサーとなって優勝しまくれば簡単に支払える額ですよ」


「くっ……!」

男の言う通り、見た所男は鍛えてもいないただの凡人だ。それを力で押し返すことが出来ない自分は弱いのかもしれない。でも、この薬を使えば……


「そうです。この薬さえ使えば貴方はすぐにプロになれる」

男はポケットから箱の中に入っている薬と同じ物を出すと俺に差し出してきた。そして俺はその薬に手をだした。









それから俺は常勝無敗のボクサーとなりぐんぐん名を上げていった。どんな奴が相手でも薬のおかげで数秒でKOできるようになった。そんな俺はすぐにプロボクサーになることができた。プロの世界でも俺は勝ち続けやがてチャンピオンとなり何度も防衛に成功した。お金もどんどん入り、諦めろと言っていた親も手のひらを返したように俺を応援し始めた。

これも全て薬のおかげだ。そう思い俺は久しぶりにあの店に行った。相変わらず暗くて古臭い店だった。俺がこうなれたのもあの男のおかげだからこの店を新しくしてやろうかなそう思っていると、扉が開きあの男が出てきた。


「おや、貴方は前に薬を渡した人ではありませんか」

ニヤリと相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべながら男は言った。


「あぁ、あんたのおかげで俺は夢を叶える事が出来た。有難う」


「いえいえ、私も私自身の望みを叶える事が出来ましたから御礼は結構ですよ。あぁ、薬のお代はいただきますがね」


「へっ、幾らでも払ってやるぜ。何なら倍にして払ってやってもいいぜ」

プロボクサーとなった彼は勝ち続けお金なら有り余るほど持っていたのでそう言った。


「ほぉ~なら払ってもらいましょうか」

男は突然指を鳴らす、すると俺の意識はだんだんと薄れていった。






「うーーん、あれ俺は一体何をしていたんだっけ?」

男はぼんやりとしている頭で必死に思い出そうとする。確か俺はあの店に行って黒服の男に会って……それからは思い出せないな。男はまだぼんやりしていたが突然吹いた突風で意識がハッキリした。そして恐怖した。何故なら自分は高層ビルの屋上の手すりの向こう側に立っている……つまり一歩でも踏み外せば下に落ちて死んでしまう。一体何でこんなことに?そんな疑問が浮かび上がったときを見計らったかのように後ろからあの男の声がした。


「どうです? いい眺めでしょう」

首だけ動かして男の方を見る。男は真後ろにいるわけではなかったので何とか視界の中に入れることが出来た。


「一体何のつもりだよ!?」

俺は声を荒げて黒服の男に尋ねる。男は軽く耳を手で押さえながら答えた。


「私は言いましたね? 払ってもらうと」


「だから払うって言ってるだろう! 金ならあるんだ」


「いや、私はお金で払って欲しいなんて一言も言ってませんよ。支払方法は貴方の魂です」


「はぁ!?」

黒服の男の言っていることが理解できなかった。すぐさま手すりの向こう側に移動しようとするも何故か体が動かない。必死に体を動かそうとするも体が言うことを聞かない。そんな俺に黒服の男はどんどん近づいてくる。



「前の貴方じゃあ死んでも私を満足させるような魂にはならなかったので今の貴方では払えないと言ったのですがもう機は熟しました。今の貴方の魂は私を満足させるほどになりました」

そう言いながら男は俺のすぐ後ろまで来てこう言った。


「私の催眠術で貴方自身に遺書を書いてもらいました。これなら貴方が自殺したということになります。あぁ、しっかりドーピングのことも書かせてもらったので貴方が死んだ後、ご家族の方も後を追うことになるでしょう」

催眠術!?俺は驚いたが、


「はぁ? 馬鹿か、ドーピングのことはどんな検査でもばれないんだ。書いたって無駄だぜ」


「えぇ、そうです。だから遺書と一緒に普通のドーピング剤を置いておくのですよ。検査で引っかかるような一般的なものにね。そうすれば……後は分かりますね?」

俺は絶望した。コイツは最初から俺をカモにしていたんだ。


「ではさようなら」


トンッ……

決して強い力ではなかったが俺をビルから突き落とすのには十分な強さだった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

俺はビルから落ちていった。そして地面にぶつかるというところで意識が飛んだ。





「いやぁ~良い仕事をすることが出来ました」

満面の笑みで黒服の男は一人呟く。


「あの後私の計算どおりご家族の方々も死んだようですし本当に我ながらいい仕事をしました」

また一人呟く。あの男は案の定頭から落ちて即死した。そして、あの後書いた遺書が見つかりそれが世の中に公開されたのだ。当然世間はそれに怒り、あの男の家族は世間の厳しい当たりに耐えられず自殺したのだ。


「ふふふっ、夢を叶えられず死んで行く人たちがいる中で夢を叶えてから死ねるなんてよっぽど良い人生だったんじゃないでしょうかねぇ」

黒服の男は耳元まで裂けるほどにニヤリと笑った。


「さてと次のお客様を選びに行きましょうかね」

そう言って男は椅子から立ち上がり、扉を開け外に出て行った。

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