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2015年/短編まとめ

夏の終わり、秋夜の逢瀬

作者: 文崎 美生

自分で言うことでもないけれど、私はマイペースだと思う。

自分のペースを守り続けるから協調性に欠けていることも理解している。

だからと言って直す気にもなれないのだけれど。


だから少しだけおかしいな、と感じた。

インクだらけペンだこだらけの手を開いたり閉じたりしながら、うーん、と唸る。

いつもなら手汗なんて全くないのに、今日は何だかじっとりしっとりしているような気がしなくもない。

湿気が多いのかな、なんて。


いや、湿気のせいなんてことはない。

おかしいのは私。

ただただひたすらに焦っているだけ。


そう実感した時、奥歯がギリッと音を立てた。

変に歯ぎしりをしたりすると、歯が欠けたりするから気を付けないといけないはずなのに、ほぼ無意識のうちに歯を食いしばっていたらしい。

これは駄目だな、と軽く頭を振ってから机の上に置かれた時計を見た。


「よし、頭でも冷やしてくるか」


誰に言うでもなく手を打って立ち上がる。

時計の針は日付が切り替わる手前を指していた。

少し歩いて夜風に当たれば頭も冷えるだろう、そんな安易な考えを持って、パーカーに手を伸ばす。




***




夏が終わり秋が来ている。

風の匂いも爽やかなそれではなくなっていた。

僕らの夏が終わった、とか酷く青春を匂わせるフレーズだけれど、私には全く関係のないこと。

私にはそんな夏すら来なかったのだから。


目を伏せて来た道を戻ろうとした時、空気を切り裂く音がした。

ヒュッ、とか、フォンッ、とか。

そんな軽い音がどこからともなく聞こえて来て、いつもなら身を翻して立ち去るところ。

それなのに私の足は音の鳴る方へと向かう。


月と星の明かりと公園の街灯の下で、その人影は熱心に何かを振り回していた。

遠くからでも何をしているのか分かる。

素振り、だろう。

熱心なことだ、と思いながらも近付けばその人影が鮮明になって顔がぼんやりと見えた。


「随分、熱心ですね」


見覚えのある顔に声をかければ、空気を切り裂く音は止んで、人影がこちらを振り向く。

名前と顔を覚えるのは苦手だが、無駄に騒がれたりしている人物なら覚えていたって不思議じゃない。


夜風に髪が揺らされて少し鬱陶し感じる。

だが目の前のその人は夜風に心地よさそうに身を任せて、頬に流れる汗を無造作に拭った。

短い黒髪に鷹みたいな目と薄い唇で堅物タイプの同級生は私を見てしばらく黙る。

この反応はどう考えても私の名前が出てこない、っていう感じのだろう。


「同じクラスの作間サクマです」


ぺこん、と頭を一つ下げて言えば、彼はしばらく私をしげしげと見つめて「あぁ」と納得したような声を出した。

残念ながら彼はクラスでも目立つタイプだし、むしろ学校全体を通して目立つタイプ。

反して私は目立たないし目立ちたくないので、完全に隅っこにいる影の子。


期待なんてせずに名乗ったけれど、知っていてくれたとは非常に有難いことだ。

そう思ってもう一度頭を下げれば、彼は何のこっちゃ、って顔をして同じように頭を下げた。


「随分熱心ですけど、大会まだありましたっけ」


夏にある大会はあらかた終わったことだろう。

彼の部活だけじゃなく他の部活も。

夏にはそういうのが盛り上がると相場が決まっているらしいから、ウチの学校も生徒総出で応援なんてあったのが記憶に新しい。


私は興味がなかったので幼馴染み達に囲まれて、惰眠を貪っていたので、正直なところ全くどの試合がどんな結果に終わったのか知らないが。

だけど彼の反応で、彼の方はよろしい結果が出なかったことだけは分かった。


やっちまった感があるな、と頬を掻けば彼はまた素振りを始める。

雑念を振り払うような姿を見て、邪魔することはないかと近くのベンチに腰を下ろす。

残像を描くような素振りを見ながら、フンフンと適当なリズムを刻んで足を揺らした。


いつの間にか手汗はすっかり引いていて、いつも通りのサラサラの手の平。

指先にこべりついたインクを爪でこする。

そんなんで取れるはずもないから、結局皮膚が赤くなって終わりなのだけれど。


自分の手から彼の手を視線を投げれば、ギュッと力強くバットを握っている。

高校の野球は基本的に金属バットらしく、彼が持っているのもそれ。

その手はゴツゴツしてて大きくて骨張ってて、バットを握ったりボールを投げたりするせいか小さな傷やタコがあった。


あぁ、同じだ。

勝手にそんな親近感を覚える。

努力する手なんだろう。

ああいう傷やタコとかそういうのが出来る手は努力をする手だと、私は勝手思い込んでいる。


だってインク塗れになったって不快感はない。

ペンだこが出来るってことは、それだけ長い間ペンを持って書き続けていた証拠。

腱鞘炎も手首で書き続けた証拠だけど。


私も彼もきっと焦っているんだろうな。

夏が終わったから。

僕らの夏が終わった、私達の夏が終わった。

小説みたいな綺麗な青春は私は送っていないけれど、時間がぐるぐる回っていって、私のペースが崩されるような気がして焦る。

何より不安になるのだ。


どんなに自分のペースを守り続けたとしても、時間はいつも同じように流れていく。

自分のペースと時間のバランスが取れないのだ。

所詮はそんなもんだ、と笑ってみてもじわじわとやってくる焦りには叶わない。

だから自分のペースが崩れて、もっともっとバランスが取れなくなるんだろう。


彼の素振りはひたすらに、その焦りを掻き消そうとして不安を煽るばかり。

空気を切り裂くようにはいかないらしい。

彼の頬に新しい汗が伝っていく。


「怖いんだ」


口を突いて出てきた言葉に、彼の動きが止まった。

昔から幼馴染み達には、思ったことを口に出し過ぎだと怒られていたけれど、今でもそれは変わらずに健在なようだ。

我ながら成長が見えない。


「努力して掴めなかった夏は、怖いですもんね。私も怖いし焦ってますから」


彼が私を見ても私は彼を見ない。

パタパタと動かす足元を見つめて口を開いては閉じるを繰り返して、言葉を紡いでいく。


「代わりに実りの秋が来てくれたらいいですよね」


努力したと手が語る。

その手に努力を乗せて、結果を掴めなかった時、僕らは酷く戸惑うんだ。

焦って不安になってがむしゃらになる。

だから、僕らは次を求めてる。


そっと目を閉じて、そんな物語みたいなことを考えて、小さく笑えば彼が頷く気配がした。

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