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第四十八話 小さな集い

 ――夢を見ていることには、すぐに気が付いた。

 視界に広がっている光景が、有り得ないものであり……同時に、酷く懐かしいものであったからだ。

 しかしどうやら明晰夢などというものとも違うらしい。夢だということが分かっていても、視線は固定されたまま、自らの意思で動かすことは出来なかった。

 それでも何を見ているのかをすぐに理解することが出来たのは、それが非常に分かりやすいものであったからだ。

 視線の向かっているその先は、上。


 ――視界には、ただ蒼だけが広がっていた。


 まあ厳密には少し違うものも混ざっているのだけど、そこら辺はご愛嬌だろう。少なくとも、その意識の中にあるのが蒼だけであることに違いはない。その程度のこともまた、考えるまでもなく理解できていた。

 もっともそれは一見すると青空のようにも見えるものの、実際のところはそうではない。確かに青空を模して作られたものではあるのだけど、だからこそ決してそれそのものではないのだ。

 それを証明するかのように、そこに雲が出来ることはないし、太陽も存在してはいない。あくまでもそれは、そこに篭り続けていても閉塞感などを味わわないために作られたものでしかないのである。

 そして何故そんなものを眺めているのかというと――分からない、というのが正直なところであった。

 いや、見知った光景ではあるとはいえ、何せこの夢を見始めたのはつい先ほどのことなのである。そもそもどういった状況なのか、という時点で分からず――


「よう、こんなところにいやがったのか。ったく、探したぜ?」


 唐突に響いた声は、聞き覚えのあるものであった。或いは、それもまた、懐かしい、と言うべきかも知れない。

 声に反応して視線が下がり、後方へと向けられる。

 そうして視界に映し出されたのは、一人の男。当然というべきか、見知った……懐かしい人物であった。


「レオ……? 探したって……何かあったの?」


 直後、唇が勝手に動き、言葉が紡ぎだされる。どうやらこの夢は完全に自動で先へと進むらしい。


「さあな。オレも詳しい話は聞かされてねえが……ま、あったんだろうよ。何せツンデレ探しより優先されるぐらいだからな」

「それは大抵の場合優先されるんじゃないかな……? むしろ優先するのがレオ達ぐらいしかいない、とでも言うべきかもしれないけど。というか相変わらず懲りないねぇ」

「懲りるもクソも普通にしてたら見かけないんだから探すしかないだろ。お前も見たいだろ? 天然モノのツンデレ」


 僅かに視界が動いたことから、おそらく夢の中の僕は肩でも竦めたのだろう。目の前の人物――レオは、その言葉を本気で言っているのだということを、知っているからだ。

 しかし今の僕にとっては、呆れよりも懐かしさの方が先に来る。ああ、懐かしい会話だなぁ、と思いながら、苦笑を浮かべた。

 まあそれが夢の中の僕に適用されることはないのだけど……気分的なものだ。


「にしても、いい加減誰か囁き機能とか作れよなぁ。それさえありゃ今回だってわざわざお前を探す必要はなかったし、同士間の連携も取りやすくなるからツンデレ探しだって捗るだろうに」

「とりあえずレオ達の主目的は置いとくとして……まあ僕も欲しいと思うし、割と言われてることではあるよね。なのに誰も作らないのは、それより作りたいがあるからだろうし……まあ、仕方ないんじゃないかな? 特に今は大変な時期だろうし」

「迷宮の作り直し、なぁ……つーか前から疑問だったんだが、本当に必要なのか?」

「それを僕に言われても困るんだけど……まあ、必要だから作るっていう方針で動いてるなら、それこそ囁き機能ぐらいとっくに作られてるんじゃないかな?」

「あー、なるほど……確かにな。スキルにツンデレ関係のがないのはおかしいと思ってたが、それなら……ん? いや、趣味や興味が優先されるんなら余計にツンデレ関係がないのはおかしいな……どういうことだ?」

「うん、そろそろおかしいのは自分達の方だって気付こうか。毒耐性だって幾ら言っても身につけようとしないし」

「それはまた別の話だろ? 毒なんて食らわなきゃいいだけの話だしな。そんな三流以下の真似オレがするわけねえし」

「またそんなこと言って……いつか恥かいても知らないよ?」

「そんな時が来たら大人しく恥でも何でもかいてやるよ」


 そんないつも通りの――懐かしい会話。

 そういえばこんな感じだったなぁ、などと思うも、僕の抱いた感想などは関係なく会話は進んでいく。


「あー、というかもしかして、わざわざここに来たってのは見納めのためにか?」

「まあね。次のがどういう形になるか分からないし」

「その気持ちは分かるには分かるが……ここって確か引き続き使われるんじゃなかったか?」

「え、どういうこと? 全部作り直すんじゃなかったっけ?」

「そのはずだったが、時間が足りなくて一部再利用する形で継ぎ接ぎするとか聞いたぞ?」

「……確かに、期限までの時間が短くて頑張るなぁ、とは思ってたけど……まあ、まだ使えるのは確かなんだから、おかしな話でもない、か。で、その一部がここだって?」

「って話だ。ま、あくまでも噂だから実際にどうなるかは分からんがな。どういう風に使われるかも分からんし」

「んー……まあ、今回のが無意味に終わったらその時はその時ってことで。それなりに思い出深い場所だし、またここが見れるんだとしたら、得したとでも思っとくよ」


 ――そんな会話を聞きながら、これが過去の記憶なのだということに気付いたのは、会話の内容に覚えがあったからであった。さすがに完璧にその内容を記憶していたわけではないものの、全体としてこんな感じの話をした時の覚えがある。

 ただ、それが正しいのだとすれば、この後は――


「ところで、探してるって話だったけど、やっぱり呼び出したのはリーダー?」

「おう。しかも全員集合みたいだぜ?」

「じゃあやっぱり何かあったのはほぼ確定かぁ……というか、なら急がなくてもいいの?」

「いいんじゃねえの? 別に至急とかは言われなかったしな」

「そっか……まあでも集まるのなら早いほうがいいだろうし、そろそろ行こうか」

「ん? もういいのか? さっきはああ言ったが、これで本当に見納めになるかもしれねえぞ?」

「一応それなりの時間見てたし、十分だよ。そろそろ帰ろうかと思ってたところでもあったしね」

「そうか……んじゃ行くか」

「うん」


 頷きレオの隣に並んだ僕の視界に映っていたのは、先ほどまでとは異なる意味で、ただ一つだけのものであった。

 そこに存在していたのは、一面の緑。その果ては見えず、何処までもひたすらに、森だけが続いている。

 しかし僕やレオにとっては見慣れた光景だ。故に気楽な調子で、その中を歩き始め――


 ――そこで目が覚めた。











 ――随分と懐かしい夢を見たものだ。


 見慣れた天井を眺めながら、夢に見ていた光景を思う。夢の中でも思ったことではあるものの、懐かしいという言葉などからも分かる通り、やはりアレはかつて実際に起こった出来事であった。

 まあ出来事と呼ぶようなことかというと、若干疑問ではあるけど。

 ともあれ、最後の光景から考えるに、今の夢はアレの直前の時のものだろう。逆算して考えれば……もう二十年以上は昔のことだ。懐かしいと思うのも、当然である。

 とはいえそれはあくまでも主観時間に過ぎないから、あっちでどれだけの時間が過ぎているのかは分からないけど。


 ――ふと、元気で居るのだろうかと思い……元気で居るわけがない、と思い直した。

 そう……元気で居るわけが、ないのだ。

 まあ、一部殺しても死ななそうなのも居るけど。


 と、そんなことを考えている間に、遠くの方から鐘の音が聞こえ始めた。空はとうに夜明けを迎え、気温は上がり始めている。

 鮮明だったはずの光景が、鐘の音に流されるように急速に薄れ始め、聞こえなくなった頃にはほぼその残滓はなくなっていた。それでも消えてなくなるわけではないのは、あの頃の日々が自分の中で未だ特別だからか。


「……なんてまあ、柄じゃないかな?」


 不意に浮かんだ思考に呟き、苦笑を浮かべながら起き上がる。軽く腕を伸ばせば、もういつも通りだ。


 ――さて、今日も一日を始めるとしようか。











「あ、そういえば今日はギルドに行くから」


 いつも通りの朝食中、そんな言葉を放った僕に向けられたのは、訝しげな視線であった。

 いや別におかしなことを言ったわけじゃないのにそれは、おかしくないだろうか。


「別に来るのは構いませんが……ギルドは遊びに来るような場所ではありませんよ? 私も仕事がありますから、相手をしてはあげられませんし。……ああ、ですがそうですね、テミスさんあたりでしたらおそらく暇でしょうから、話し相手ぐらいにならなってくれるかもしれません」

「うん、色々とツッコミどころがあるけど、とりあえず僕をただのヒモ扱いするのは止めようか」


 どちらかというと子ども扱いのような気もするものの、大差はない。むしろ悪化してるような気さえするけど。


「……違ったのですか?」

「割と素っぽい反応ありがとう。でも、結局十日近く何もしてなかったのは事実だけど、僕イジメはそろそろやめよう。弱いものイジメ、かこわるい」

「何故微妙に片言なんですか……」


 何となくである。

 ちなみに実際のところ、本当に無意味に休んでいたわけではない。特に最初の三日ぐらいは、無理に動いてはいたけれど、出来れば一日中寝ていたかったほどなのだ。それぐらい、全身のだるさと痛みが酷かったのである。

 そしてそれはリミットブレイクによる反動であった。レベルは一日で戻ったものの、その時同時に無茶をした分のツケも支払うことになったのである。

 それを知っていたからこそ、あの時も最初はギリギリまで引き付け、最小限の動きのみで倒そうとしていたのだけど……まあ、頭に血が上っていたとはいえ、あの判断をしたのは自分自身だ。それも含め自業自得としか言いようはなかった。

 もっともだからこそ、余計にそれを言うわけにはいかなかったのだけど。

 だるさは疲労から来るもので、痛みは筋肉痛のようなものではあったものの、今朝になりようやくそれらが引いた、というわけである。

 尚、それらにポーションが効かないことは分かっていたため、試してすらいない。そういった類のものではないのだ。


「まあ、うん……今日からはまた頑張るから、勘弁してください」

「……はぁ。まあ、頑張るのは結構ですが、くれぐれも無茶はしないでくださいね?」

「分かってるって」


 それは前提条件だ。

 まあ、そのつもりはないのに結果的に無茶をする羽目に陥ることが最近よくあるけど……そればかりはどうしようもない。

 とはいえ、三度目の正直という言葉もある。さすがにそのようなこと、早々起こるはずもないだろう。


「ところで、僕が行ってなかった間に何か変わったこととかあった?」

「変わったこと、ですか? 特にありませんが……ああいえ、一つだけありましたね、そういえば。ただ、トウマさんには直接関係しないことですが」

「というと?」

「南の迷宮の守衛担当者が変わったのです。もっとも夜間のそれですから、トウマさんというよりは、冒険者にとっては、と言うべきかもしれませんが」

「ああ、それは確かに関係ないね」


 夜間に迷宮に用事があることなど、滅多にない――というか、基本的にはない。もしもあるとしたら、迷宮の中で何か予想外のことが起こり、夜になるまで出られなかった、という時とかだろう。

 しかしそのようなことは、滅多にあることでもない。

 それに南となれば、尚更だ。そろそろ向かいたいとも、向かうべきだとも思っているものの、一応現時点での僕の公的な最終到達階層は、東の迷宮の第九階層ということになっている。なのに突然南の迷宮に向かうなどということになったら、さすがに不自然極まりないだろう。

 前回のことなどを考えれば、多分アイリスだけであれば南の迷宮に行くことを伝えても問題はなさそうだけど……どう考えてもその他の部分で厄介事が付きまとってきそうである。

 もうしばらくは、東の迷宮で資金稼ぎでもしている必要がありそうだ。

 ともあれ。


「そういえば、南の迷宮って言えば、いい加減落ち着いてきたの?」

「そうですね……賢者の石に関しての発表をした後でも多少のゴタゴタはありましたが、ようやく元通りになってきた、というところでしょうか。最後まで粘っていた一組も、昨日諦めることにしたようですし」


 そうしてアイリスからの情報収集を続けながら、今日もいつも通りの時間を過ごすのであった。











 例え季節が夏になろうとも、冒険者がすることに代わりはない。近くに海でもあれば別だったかもしれないけど、生憎と周囲にあるのはだだっ広い荒野だけだ。

 ただ、その行動は若干ではあるものの、変化が生じてもいる。夜明けが早く訪れることになったことにより、街全体として動き出す時間は早くなっているけれど、冒険者達が動き出すのがそれよりも少しだけ早くなっているのだ。

 それを証明するかのように、少し前までならばほぼ見かけなかった冒険者の姿を、朝方にも関わらず見かけるようになっている。僕はアイリスに合わせて動いているため、相対的に考えれば動き出す時間は変わっていないのにも関わらず、だ。

 もっともそれは何も難しいことではない。冒険者が早くから動き出そうとする理由は、単純にして明快。朝早くに動き出さないと、徐々に気温が高くなる……つまりは暑くなってきてしまうからだ。

 誰だってわざわざ不快になどなりたくはなく、出来るならば快適なうちに行動したい。それは冒険者も変わらないと、そういうことだ。

 これが他の場所の冒険者であればまた別なのだろうけど、迷宮は基本的に適温に保たれているため、避暑的な意味合いも含まれているのだろう。

 ちなみに同じような理由により、逆に冬になると少し遅くなるらしい。

 まあ、とはいえ何にせよ僕にはあまり関係のない話だ。多少動き出す時間が早くなったところで、さすがにこの時間から受付が混むということはないだろうし。

 ともあれ、そうして少しだけいつもと違う光景を眺めながら、歩を進め――


「……ん?」


 ふと眉根を寄せたのは、中央区画に踏み入った瞬間であった。

 より厳密には、そこに踏み入りギルドを目にし、そこにあった光景を見た瞬間に、と言うべきか。

 その理由は、他でもない。その場所に、見知った人物の姿を見つけたからだ。


「リズと……リリィ?」


 特に訝しんだのは、言うまでもなく後者である。むしろリズがギルドに来るのは当たり前のことであり、逆にリリィがそこに居る理由はまるで分からない。

 そしてその二人を一緒くたにしたのは、実際に二人が一緒に居たからであった。

 偶然そこで会って世間話の真っ最中……というには、さすがに時間が早すぎるだろう。いや、ないとは言い切れないけれど、この時間から行動しているということは、相応にやることがあるはずだ。それを放って世間話をするほど、二人の仲がよかった記憶はない。

 というか、そもそもこの間の件での遭遇が初顔合わせのはずだ。そこから知らないうちに急速に仲が良くなった、ということも……有り得ないとは言わないものの、やはり考え辛い。

 まあではどういうことなのかと言われると、想像も付かないのだけど。

 とはいえ結局のところ、これからギルドへと向かう以上は二人の前を通るのである。その時に直接聞けば済む話かと、そう思い――ふとリズの視線がこちらを向き、目が合ったのは、それとほぼ同時であった。

 直後にリズがリリィに何事かを話しかけ、リリィの視線もこちらを向く。その顔が若干不機嫌そうに見えたのは、果たして気のせいだろうか。

 まあ何にせよすることに変わりはない。特に速度を緩めることもなく、ギルドへと向かっていけば、自然と二人にも近付いていくことになる。声が届く距離にまでやってきたところで、片手を上げ話しかけた。


「やあ、おはよう、二人とも」

「うむ、おはよう、トウマ」

「……おはよう」


 しかしやはり近付いてみたところで、リリィは不機嫌そうに見える。それはその声の調子からも明らかだ。何か気に入らないことでもあったのだろうか?


「で、二人ともこんなところでどうかしたの? というかリリィが凄い不機嫌そうに見えるんだけど……何かあった?」

「うん? いや、リリィは不機嫌というよりは……っと、私が言ってしまっては野暮かな」

「ん? どういうこと?」


 首を傾げリリィに視線を向けてみるも、リリィは逆にぷいとそっぽを向いてしまう。

 なるほど、分からない。


「まあリリィのことは一先ずどうでもいいとして」

「ちょっ……ちょっと、どうでもいいってどういうことよ!?」

「え? だって教えてくれる気がなさそうだし、とりあえず放っておこうかと」

「ふむ、なるほど……放置プレイというやつかね?」

「まあ大体合ってるかな?」

「合ってないわよ!」


 そんな馬鹿な。リリィなら喜んでくれると思ったのに。


「放置されて喜ぶ……なるほど、リリィはマゾ、ということかな? 確かに、言われてみればそんな感じはするね」

「でしょ?」

「え……ちょっと待って? わたしどんな風に見られてるの!?」

「だからマゾにでしょ?」

「ま、マゾじゃないわよ!」

「え、本当に? おかしいなぁ……」

「本気で不思議そうに言ってるんじゃないわよ……!」


 まあリリィを弄って遊ぶのはここら辺にして、話を元に戻そう。自然とリリィも会話に加えることに成功したし。うん、自然自然。

 もっともだからといってリリィに話を向けたところで喋ってはくれるとも思えないので、それは半ば自動的にリズへと向かうことになる。


「それで、リズはここで何してたの? というか、リリィもそうだけど、特に何かをしてるようにも見えなかったんだけど……」


 それはただの好奇心と言ってしまえばそれまでだ。ぶっちゃけ僕には関係ないと言われてしまえばそこで終わってしまう話である。

 まあその時にはその時で大人しく引き下がるつもりではあったのだけど……リズの反応はというと、何故か首を傾げるというものであった。


「……ふむ。リリィとのやり取りを見ていても思ったのだが……トウマは釣った魚には餌をあげないタイプなのかい?」

「え? どういうこと?」

「……いや、リリィがマゾだということを考えれば、アレはアレで餌をあげているのか……うん? ということは、もしかして私もマゾだと思われている、ということかな?」

「リリィはともかく、別にリズがマゾだとかは思ってないけど?」

「ともかくじゃないわよ! わたしもマゾじゃないって言ってるでしょ!」


 リリィの訴えは無視しつつ、リズへと僕も首を傾げる。

 それで、結局どういうことなのかと。


「うん? だってそうじゃないかい? パーティーメンバーとなった私がここに居て、何をしているのか、と君は聞いたのだよ? 前回のことも合わせれば、これで二度目だ。まあ確かにまだギルドに申請は出していないが、実質的には何も違いはないはずだし……つまり私はそういう扱いをされて喜ぶ人間だと思われている、ということになるじゃないか」

「あー、うん……何でそういう結論になったのかは分かったけど、とりあえず違う、とだけは先に言っておくよ」


 どうやら、リズは僕を待っていた、ということらしい。それも、パーティーメンバーとして、だ。

 いや、前回のことから、リズが僕とパーティーを組むことに対し本気で考えているということは分かっていた。分かってはいたのだけど、それでもまさかこんな朝早くから待ってくれているとは思わないわけで。

 というか、あの日の別れ際に僕はまだ南の迷宮へと行く気はない、ということは伝えておいたはずだ。だからこそ余計に、そんなことは思考の片隅にもなかったのである。


「ふむ……まあ、私も別にあそこに拘っているというわけではないしね。まだ先に進みたくはないが、戻る分には何も問題はない、というわけさ」

「……まあ、リズがいいんなら僕から言うことはないんだけど。というか、考えてなかったせいであれからまったく連絡取ってなかったはずだけど……もしかして、毎日ここで待ってたの?」

「その通りではあるが……トウマが迷宮に向かう日は朝早くから来る、ということは聞いていたからね。精々ここで待っていたのは三十分ほどだよ。別に大した手間でもなかったし、気にするようなことではないさ」


 いやいや、それでも十分過ぎるほどではある。さすがにちょっと負い目を感じざるを得ない。


「なに、私が勝手にやったことだからね。トウマがそれに対して何かを感じる必要はないさ」

「いや……でも、せめて連絡手段ぐらいは伝えておくべきだったよ。考えてみれば、南の迷宮に行くことになったとしても、リズと連絡の取りようがなかったわけだし」

「ふむ……なるほど、それは確かに。なら、ここはお互い様、ということでいいんじゃないかい?」

「……分かった。なら、そういうことで」

「うん」


 個人的には若干納得し切れてはいないのだけど、リズがそう言う以上は納得するしかないのだろう。

 まあ、とりあえずはこれでリズの方は片付いたわけだけど……。


「……な、何よ」

「いや、リズの言葉から判断すると、リリィとリズは同じような用件でここに居た事になるわけで……それでリズが僕を待っていたってことは……?」


 リリィの用件も自然と決まってくるわけだ。

 まあそれが僕の勘違いだったというのであれば、また違ってくるのだけど……。


「そ、それは……その……」

「その?」

「その……そ、そうよ! トウマを待ってたわよ! 悪い!?」

「いや、何故逆ギレしたし。別に悪くはないんだけど……何でなのかな、って」


 そもそもリリィとは昨日も明けの明星で会っている。用件があったのであれば、その時に伝えていればよかった話だ。

 或いは、その後で何かが起こった可能性もなくはないものの、それにしてはリリィに焦っているような様子は見られない。焦るほどの用事でないならば、尚更今日ここで待つ理由はないだろう。

 リズとは異なり、リリィには今日から迷宮に行くことは伝えてあるので、ここで待っていたことそのものはそれほど不思議ではないのだけど……その理由が分からなかった。

 そうして、僕はリリィに向かって首を傾げ――


「ふむ……リリィはどうやら、スカウトになりたいらしいよ? 勿論、私達のパーティーの、ね」


 しかしその答えがもたらされたのは、リズの口からであった。

 予想外の言葉に、口をポカンと開く。


「……へ?」

「ちょっ、ちょっとリズ……!」

「うん? 何やら言い難そうだったから私が代わりに言ってしまったんだが……やはり自分の口から言いたかったかい?」

「そ、それは……正直助かったけど」

「うん、ならよかった」


 どうやらリズの勘違いや早とちりでもないらしい。

 え、つまり……どういうこと?


「な、何よ……アンタが言ってたことでしょ? 出来ればスカウトが欲しいとか……わたしにはスカウトの才能がありそうだとか……だ、だから……!」

「あー、うん、言ったね……確かに言ったけど……」


 それはリリィの過去を聞き、その技能――というかまあ、スキルのことを確認した時のことであった。

 若干気になる話も出てきてはいたものの、それは一先ず置いとくとして。隠遁系のスキルを持っていたのは分かっていたのだけど、どうやらリリィは気配探知系のスキルも持っている様子だったのだ。

 アクティブスキルであることや、本人が気配というものをよく理解していない節があるためにまだその精度は低いようではあるものの……慣れれば間違いなく優秀なスカウト――斥候になれるだろう。

 そしてスカウトとは、迷宮探索においてかなり重要な役目を果たす人物である。それこそ居るのと居ないのとでは、天と地ほどの差があると言ってしまっても過言ではない。

 まあ、だからいざとなれば、そうして稼ぐ方法もあるし、うちにもそのうち欲しいとか言っていたのも事実ではあるのだけど……うーむ。


「え、えっと……やっぱり迷惑……よね?」

「え?」


 声に視線を向けば、リリィは何処か不安そうな……泣きそうな顔をしていた。

 それに一瞬考えるも……諦め、小さく息を吐き出す。


「いや、個人的には有り難いんだけどね。言ったことも事実だし。リズはどう思う?」

「ふむ、そうだね……私としても、リリィがスカウトをしてくれるというのならば有り難いかな。スカウトの有用性は今更言うまでもないことだし、それが友人だというのなら尚更申し分ない」


 いつの間に友人になったんだろうか、などとふと思ったものの、考えてみれば僕の時もそうであった。

 リズにとって友人とは、割合気軽になれるものなのか、或いは何らかの判断基準があるのか……まあそんなことはどうでもいいとして――ただ、リリィがスカウトになる上で、問題があるとすれば、一つ。


「でも、これは改めて言うまでもないことだけど……危険だよ? 脅しなんかじゃなくて、死ぬような目に遭うどころか、多分死ぬ確率の方が高い。勿論出来る限り守るつもりではあるけど」

「そうだね、それはどうしようもないことだ。慣れていないというだけならば幾らでも慣れるまで待つが……どうしたって危険は付きまとってしまう。私だって当然全力で守るけどね」


 スカウトに求められるのは、戦闘力ではない。だからその身は他の者達が全力で守ることになり……しかしその役割上、どうしても危険に身を晒すことになる。多分その危険度は、ただ戦うだけの僕達よりも余程上だろう。


「……そんなこと、分かってるわよ。それでも……わたしは、やりたいって思ったのよ」

「……そっか」


 正直に言ってしまえば、出来れば止めて欲しいというのが本音だ。けれど、リリィだって考えた末での決断なのだろう。きっと相応の理由もあるに違いない。

 ならば僕にこれ以上邪魔をする権利はなく……それでも、僕が巻き込む切欠を作ってしまった以上は、きちんとその責任を負う必要がある。


「分かった。ならよろしくね、リリィ。大丈夫、責任はちゃんと取るから」

「せ、責任って……う、うん、よろしく」

「ともあれこれで早くも三人パーティーとなったわけだ……うむ、幸先がいいね」


 ちなみにリリィは冒険者ギルドに所属しているわけではないけど、普通に僕達とパーティーは組める。そもそもスカウトというのは盗賊ギルドに所属している人がすることが多く、他のギルドの人と組むのはそう珍しいことではないのだ。

 だから次の瞬間に僕の脳裏を過ぎったことは、それとはまた別の心配事であった。


「ところで気になったんだけど……リリィは明けの明星の方はいいの?」


 迷宮に行くとなれば、当然それなりの時間が拘束されるようになってくる。ただの冒険者であれば当たり前のことであっても、食事処で働く人間となれば、そうも言ってはいられないだろう。


「これが終わった後でちゃんと料理の勉強はするから大丈夫よ」

「いや問題はむしろ迷宮に行ってる間のような……ああ、別に心配する必要はなかったね」

「……何が言いたいのよ」

「いやいや、何でもないよ?」


 そう……そんな分かりきった残酷な現実を突きつけ、悦に浸るような趣味はないのである。

 何やらリリィからジト目を向けられているような気がするものの、きっと気のせいだろう。


「ふむ……この間も思ったが、やはり君達は仲がいいね。ふふ、妬けてしまいそうだよ」

「リズも参加してもいいんだよ? まあ、主にリリィ弄りの方になるけど」

「何でよ……!」

「ふむ……参加したいのは山々なのだが、やり方がいまいちよく分からなくてね。トウマ達のやり取りを見て、学ばせてもらってから実戦してみることにするよ」

「そっか……うん、確かにそうした方がいいかもね。任せて、すぐにリズも参加出来るように、僕も頑張るから!」

「頑張らなくていいわよ! というかリズも参加しなくていいわよ!」


 なんて、そんな戯言を交わしながら、一先ずパーティーの申請をするために、僕達はギルドへと向かっていくのであった。

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