第十一話 蹂躙の幕切れは炎と共に
蹂躙。
一言でそれを言い表すならば、きっとその言葉以上に相応しいものなどはないだろう。
腕を振り上げ、振り下ろす。たったそれだけの行動によってもたらされるものは、圧倒的な死そのものだ。
触れた瞬間地面が抉られ、消し飛ばされる。しかしそれは単にそこにあったのが地面であったからそうなっただけであり、そこに居たのが人でも、或いは魔物であっても同じ結果が訪れていただろう。
それに抗うことが出来るのはアレと同等以上の存在だけであり、当然の如く僕はそうではない。
「……まったく、理不尽というか、何と言うか」
ぼやきながら、空になった試験管を投げ捨てる。中身は、たった今飲み干したばかりだ。
けれどもいまいち飲んだという実感が沸かないのは、飲みすぎて麻痺してきたのか、それとも頭がどうでもいいその情報を受け取るのを拒否したためだろうか。
まあどちらでも同じことである。現状は変わらず、絶望的だ。
「……っ!」
試験管が地面へと落ち、割れるよりも先に、地面を蹴る。耳に慣れ始めた轟音が届くも、その攻撃には慣れる気配すらもない。
むしろ、悪化する一方だと言えるだろう。ポーションを飲む頻度が上がっているのが、その証拠だ。
ずっと出しっぱなしなアイテム画面に一瞬だけ視線を向け、ポーションの残量を確認する。残りが五本であったことに驚くも、確かにそれぐらい飲んでいたかもしれないとも思う。
何本飲んだのか咄嗟に出てこないのは、その程度の計算を行なうことすら、頭が拒絶しているからだろう。ひたすらに攻撃を避け、避け、避け――そして当たり前のように、そんな状態が、いつまでも続くわけが無かった。
着地とほぼ同時にやっていた攻撃を、ギリギリのところで避け、その余波の範囲からも逃げる。
――けれども。今回飛んできたのは、それだけではなかった。それは、抉り爆ぜた、その欠片。
それは果たして偶然なのか、狙ったのか。僕の飛び退いた先へ――
「――っ」
当たったのは、右足。しかし勢いはそれなりにあったものの、衝撃は大したことはない。
けれども確かにあったそれにより、僅かに体勢が崩れた。
「ま、ず……っ!」
それは威力としては問題がなくとも、生じた隙は致命的だ。
差した影に、振り上げられている腕。
「……のっ!」
――アクティブスキル、サポートスキル:ハイジャンプ。
片足だけで強引に跳躍を行い、その飛距離の足りなさをスキルで補う。これだけで安全圏に逃げられるわけではないけれども、連続して使えば何とかなる。
不恰好な体勢で着地し、転がり、けれどもすぐに立ち上がり、今生じた隙の分を補填するべく再度スキルを使用。
――アクティブスキル、サポートスキル:ハイジャンプ。
地を蹴り――
「……あ」
その思考が間違っていたことに気付いたのは、眼下のそれの姿を見た瞬間であった。
僕は現在空中に居るというのに、何故腕を振り被っているのか。その場で振り下ろしても意味はないのに――否、意味はある。振り下ろされる先が……力の向かう先が、下ではないだけなのだ。
振り被られている腕に握られているのは、棍棒のようなもの。それは今まで叩き付けるという使い方をされていたけれども……使い道は、他にもある。
例えば――空中に居る的に向かって、ぶん投げる、とか。
「……っ!」
――アクティブスキル、アタックスキル:スマッシュ。
明確に感じた死に向かい、抗いのための刃を振り抜く。もっとも空中という場所に加え、ただでさえ今は体勢が不十分だ。スキルを上乗せしたところで、それはスズメの涙程度の効果しかない。
それでも全力を振るい、衝突し――瞬間、ビキリと、嫌な音を耳にした。
それは内と外、両面から聞こえ、直後に走った激痛に腕の力が緩む。
まずいと思った時には既に遅い。元々あったのかも分からない均衡が崩れ、棍棒のようなものが迫る。
それでも僅かにでも逸らすことが出来たのは僥倖か。けれども結果から言えば大差はない。
右腕にさらなる衝撃を受け、吹き飛ばされた。
「……がっ……はっ!」
轟音と共に地面に激突し、衝撃で息が詰まる。全身がバラバラになったかのような痛みが襲い、しかしそう思えるということはまだ生きているということだ。
咄嗟に右腕へと視線を向け、健在であることに安堵よりも不思議さを覚えるも、言っている場合ではない。アイテム画面から、ポーションを三つほど一気に虚空に出現させ、左手で掴むと共に流し込む。
しかしそこで一息吐く暇すらもなく――
「まったく……もうちょっとのんびりしてくれれてもよかったんだけど、ねぇ」
地面が揺れる音に視線を向ければ、サイクロプスが腕を振り上げているところであった。
しかもその腕には何故か再び棍棒のようなものを握っている。おそらくは、わざわざ拾っていたのだろう。すぐに追撃が来なかったから、おかしいとは思っていたのだけれども。
しかしその理由を考えている余裕などはなく、左腕を振り上げる。瞬間三本の試験管が宙を舞い、サイクロプスの顔に当たり砕けた。
正直期待はしていなかったのだけれども、多少は目くらましになったのか、僅かに振り下ろしが遅れたことでその場から離れることに成功する。
けれどもそれは、あくまでも直撃を受ける範囲からは、というだけだ。
そして余波だけでも十分脅威になるということは、既に言った通りである。
轟音と共に抉れ、爆ぜ、広がった衝撃が全身に叩きつけられ、無様に吹き飛ばされた。
しかしそれでもまだ、生きている。ならばと転がりながらもポーションを二つ、出し、掴み、飲み、投げ捨て――
「……はは」
最早もう乾いた笑いしか出てこなかった。
顔を上げた先にあったのは、腕を振り上げているそれの姿。両足は変な方向に折れ曲がり、飛び退くことはおろか力を入れることすらも出来はしない。
けれどもまだ諦めるつもりはないと、罅割れた剣に力を込め、振り上げ――響いたのは、小さく少しだけ高い、音。視界の端を飛んでいくのは、鈍色の破片。
そして。
今までで最大の衝撃が、全身を襲った。
どんな時であろうとも、空の蒼さというものは変わらないらしい。
そんな当たり前のことを、ただ漠然と考えていた。
――結論から言ってしまえば、やはりどうしようもなかった、ということなのだろう。
まあ、決意一つで戦力差がどうにかなるようならば、苦労はないわけで。というか、多分それをやってのけるような人達のことを、主人公というのだろう。そして僕はどうではなかったという、それだけのことなのである。
諦めたのかと問われれば……まあ、諦めたのだろう。心が折れたわけではないのだけれども、身体が動かなければどうしようもない。ポーションも使い切ってしまったし……仮に残っていたとしても、この状態では飲むことすらも出来なかっただろうけれども。
幸いなのは、色々な感覚も狂っているのか、痛みも感じないことだろうか。ボロ雑巾のように地面に転がりながら、勝者の余裕とでも言うのか、悠然と仁王立ちしているその巨体を見上げる。
「随分派手に暴れて気分がよさそうだけど……どうかな?」
問いかけたのは……まあ、何となくだ。そもそも言葉が通じるのかさえも分からないし。決してこの後のことを想像したからではない。
けれども。
『――――――』
その言葉に、嗤ったような気がしたのは、果たして気のせいか。もっともだとしても、僕に出来ることは、本当にもう、何もないのだけれども。
剣だけではなく、防具とかも壊れてしまっているし……まったく、酷い赤字である。
どうしてくれるんだ、と思い――
「ああでも、先日のオークキングは君のおかげなんだっけか。なら、トントン……いや、むしろこっちが得したのかな?」
ポーションを補充し直し、全ての武器や防具を新調しても、まだお金は余るだろう。ならばやはり、感謝すべきなのだろうか。記憶が戻ったのも、このサイクロプスが遠因とも言えるのだろうし。
「まあ、ともあれ、君が楽しそうで何よりだよ」
それは皮肉でありながら、本心でもあった。
ただそれは伝わらなかったのか、ゆっくりとその腕が持ち上げられていく。
その動きは、明らかに無駄なものだ。わざわざそんなことをしなくとも、一瞬で止めなどさせるだろうに。
だからそれは、わざとだ。もったいぶっている、というか、おそらくはいたぶっているのであろう。先ほど棍棒のようなものをわざわざ拾ったのも……言うならば、僕がまだこうして生きているのも、それが原因である。
サイクロプスは基本的に知能が低いと言われているのだけれども、こんな真似をする辺り意外とそうではないのかもしれない。それともやはり、フロアボスであるからなのか。
そうしたこともそのうち調べてみたいな、などとも思ったけれども、それはそういった専門家の仕事であって、冒険者の仕事ではないか。
まあ、結局のところは、どうでもいいことだけれども。
そんなことを考えていた間も動いていた腕が、僕の身体の真上で、ピタリと止まる。それが振り下ろされれば、僕の身体は地面と共に弾け飛ぶのだろう。或いは一部ぐらいならば残るかもしれないものの、さすがにそれで僕だと判別するのは不可能に違いない。
その場合僕は身元不明の遺体ということになるのか……ああ、そういえば、その時は今も仕舞ったままのアイテム欄にあるものはどうなるのだろうか。この場にばら撒かれるのか、異空間に消え去るのか。ギルド証もそこにあるのだけれども……まあ、それもまた、どうでもいいことである。
僕の頭の上で、腕の筋肉がさらに盛り上がった。どうやら、残念なことに身体の一部すらも残すつもりはないらしい。
そこまで恨まれるようなことをした覚えはないのだけれども……まあおそらくはただの八つ当たりなのだろう。ここまでいたぶっていたのも、それが理由に違いない。
そうなると、やはりそれなりの知能があるということになるのだけれども……どうやらこれ以上はさすがに考える時間はなさそうである。
そして何にせよ、結末は一つだ。
だから。
「――今度生まれ変わるときは、背後もきちんと確認するといいよ」
直後、その後頭部が爆ぜた。
『――――――!!!!!!』
何を言っているのかは分からないけれども、おそらく痛みに悶え苦しんでいるのだろうことは分かる。あとはついでに、混乱でもか。
しかし何にせよ、既に遅い。
「残念ながら、タイムリミットだよ。……もっと早く来てくれれば、さらによかったんだけど」
「……遅刻?」
声は、サイクロプスの居る方から聞こえた。
しかし当然ながら、それはサイクロプスのものではない。そもそもその発信源は、厳密に言うならばサイクロプスそのものではなく、そのさらに後方である。
「まあ、約束の時間を決めてなかった……というかそもそも約束自体をしてなかったわけだし、ギリギリセーフでいいんじゃないかな?」
「……ん」
体勢はそのままに、視線だけを動かす。頭部を両手で押さえ、暴れているサイクロプスの後方――本来であれば迷宮の入り口があった場所に、その少女は立っていた。
風に揺れているのは、肩口まで伸びた水色の髪だ。それよりも少し濃い目の瞳が、サイクロプスを無視しこちらに向いている。
知り合いではない。けれども、見知った顔だ。
遠目にしか見ていなかったけれども……あの少女に間違いはなかった。
まあそれが分かっていたからこそ、サイクロプスと無意味なやり取りをしていたわけだけれども。
――そう。結局僕にはどうすることも出来なかった。出来たのは、ただの時間稼ぎのみ。それ以上のことは、何一つ出来はしなかった。
けどまあ、それでも最低限の仕事は出来たのだし――
「……それじゃ、後は任せた」
「……ん、任された」
ちなみに先ほどから軽口を叩いてはいるけれども、当然僕と彼女は今日初めて会い、初めて言葉を交わした間柄だ。適当に言ってみただけなのだけれども……意外とノリがいい性格なのだろうか。あまり口数が多そうではないけれども。
しかしそんなことは戦闘には関係がなく――また言うまでもなく、現在は戦闘の真っ最中だ。攻撃を受けたサイクロプスが怒りのままに後方を振り返り――
『――――、――!?!?!?』
叫んだ言葉が何と言っているのかは分からなかったけれども、それが本来言うはずのものではなかったのは間違いがないだろう。
ここからでは詳細は分からないけれども、その反応が一変したのだけは分かる。その理由も、推察するまでもないことだ。
ほぼ正気に戻ったとはいえ……いや、だからこそ、サイクロプスには分かってしまったはずである。自分を恐慌状態に陥らせた相手が、そこに居るのだということに。
どうやって先ほど逃げたのかは分からないけれども、さすがに二度同じ手は通じないだろう。
『――――――!!!!!!』
とはいえ、そこで諦めるような諦めの良い魔物であれば、最初から逃げることはなかったに違いない。サイクロプスは絶叫を上げながら、僕にも彼女にも目をくれることなく、一目散に逃げ出した。
呆れるほどに思い切りがよく、けれどもその速度は目を見張るほどのものだ。その速度を先の戦闘時に出されていれば、僕はもっと早くボロ雑巾になっていたに違いない。
そうしなかったのは、恐慌によりその速度が出せなかったのか、単に僕をいたぶっていたからなのか、或いは今再び恐慌に陥ったことでその速度が出せるようになったのか。まあ何にせよ、どうでもいいことである。
そうしてサイクロプスは物凄い勢いで僕達から離れていき……少女はそれを追わなかった。
まさか放置するとは思わないけれども、どうするつもりなのかと訝しげな視線を向けるのと、少女がゆっくりと左手を上げ、前方に突き出すのはほぼ同時であった。
拳の形から五指が伸ばされ、掌の先に小さな塊が出現していく。それは徐々に大きくなり、拳大の大きさになったところで、その膨張は止む。
それは火の塊であった。先ほどサイクロプスの後頭部を直撃したのと、同じものである。
――ファイアーボール。
それは所謂、この世界で魔術などと呼ばれているものの一つだ。まあこの世界がどういったものであるのかを考えれば、むしろあって当然のものだと言えるものだろう。
あの瞬間視界の端に捉えてはいたので、彼女がそれを使えることそのものは分かっていた。けれども……こうして改めて見ると驚く。存在していることは知っていたけれども、まさかその使い手をこうも簡単に目にすることになるとは思わなかったのだ。
しかし、それはそれ、これはこれ、である。それは確かに鍛えればそれなりの威力になるけれども、それだけで倒せるのならば、先ほどの一撃で倒せていたはずだ。
どうするつもりなのだと、再度疑問を込めて見つめ――その周囲にさらに小さな塊が複数出現していくのを見て、目を見開いた。
その数は、合計で九。それもまた拳大の大きさへと膨張したところで止まり、合わせて十の火球が少女の掌の先でゆらゆらと揺れている。
――複数同時使用……いや、レベル十……?
どちらにしても、驚くには十分過ぎることだ。けれどもそんな僕の反応など気にしないとばかりに、その手が、照準を合わせるかのように僅かに動く。
サイクロプスは未だ逃げ続け、その姿はかなり小さくなっており――
「――ファイアーボール」
紡がれたのは、囁くような小さな声。だが十の火球はただその意思に応えるかの如く、その熱量を撒き散らしながら、凄まじい速度でそちらへと向かって飛んで行った。
その速度は、先のサイクロプスの比ではない。優に数倍を誇るだろう速度で、それは文字通り一瞬でサイクロプスの下へと辿り着く。
そして。
音は遅れて届いた。先に視界に映ったのは、巨大な火柱だ。かなりの距離が離れているだろうに……だからこそ、それがどれほどの規模なのかということが分かる。
轟音が響き――火柱が、爆ぜた。爆音と共に周囲を薙ぎ払い、やはり離れているからこそ、その全容が見て取れる。
そうして火が消えた後には、何も残されていなかった。サイクロプスの姿もまた、その名残すらも残されていない。
――圧倒的。
そんな言葉が頭を過ぎった。
けれどもこうなってくると、何故アレを逃がしたのか、ということで疑問が生じてくる。先の攻撃が一発だけだったのは、僕やこの周囲のことを考えて、ということで納得は出来るのだけれども、迷宮の中でならばそんな心配は無用であったはずだ。特に今日は封鎖されていたのだから、尚更余計な被害を考える必要はない。
そんな疑問を乗せて、少女へと視線を向ける。少女もその視線を感じたのか、こちらへと顔を向け、その意味を吟味するようにジッと見つめると、こくりと頷いた。
「……ん、倒した」
いや、そんな報告は望んでいない。というか、見れば分かる。
立っていればついずっこけていたかもしれないような、少しずれた回答に苦笑を浮かべながら、仕方なくその疑問を口に出す。
「じゃなくて、何でさっきのを迷宮内で使って、アレを倒さなかったのかな、と思って」
「……? ……迷宮が壊れるから、使うな、って」
首を傾げている様子は、ちょっと可愛い……いや、そうではなく。どうやら、誰かに以前にそう言われたから、使うに使えなかった、ということらしい。
けれどもそんなことが有り得るのかと思い……先ほどの様子を見るに、有り得るなと思う。実際にそれが起こったことがあるのかは分からないけれども、僕でもアレを見た後であればそう言い含めておくに違いない。
基本的に迷宮の壁……というか、迷宮そのものを破壊するのは不可能だと言われている。壁や床などを全力で攻撃しても、精々が傷が付く程度だろう。
けれども、それは逆に言うならば、傷は付くのだ。傷が付くのであれば、強力な攻撃であれば壊れても不思議ではない。
それに考えてみれば、オークキングの攻撃でも、壁や床は傷と言うには大きすぎるほどの損傷を負っていた。ただ、そんな話は聞いたことがないので、或いは本来オークキングが居る階層でならば問題はないのかもしれない。
それはつまり、迷宮はその階層が深くなるほど壁などが硬くなっていく可能性があるということであり……まあ、だからといってどうだというわけでもないのだけれども。
例えそうであったとしても、そうでなかったとしても……先の一撃は、それをもたらすかはともかくとして、間違いなく強力な一撃であることに変わりはない。ならば、念のために言っておくのは必要だろう。
まあ迷宮の壁とかは、例え壊れてもすぐに修復される、とは聞いてはいるものの、壊さないのならばそれに越したことはないのである。それにもし本当に壊れてしまった場合は、あの規模だと天井なども壊れかねない。
生き埋めになってしまう可能性を考えれば、やはり使わないのが無難だ。
「なるほど、納得。じゃあ外でアレを使って倒すために誘き出した……ってわけじゃないか」
それならば彼女もすぐに外に出てこなくてはおかしい。僕もそれほど長い時間持ちこたえられたわけではないけれども、少なくとも十分程度は経っていたはずだ。
となれば、考えられるのは、一つ。
「……ん、逃げられた」
つまり予想通りである。
もっともただ逃げられただけならば、すぐに追いかけることが出来たはずだ。最後のサイクロプスの動きはかなり早かったものの、レベル等を考えれば彼女の方はそれ以上に動けてもおかしくはない。
細かいステータスは見ることが出来ないから、断言は出来ないけれども……彼女があれよりも遅いと考えるよりは、何らかの要因で足止めを食らっていたために、すぐに追いかけることが出来なかった、と考える方が自然だろう。
「……ん。立ち塞がるように沢山の魔物が現れて、倒すのに時間がかかった」
「なるほど……」
逃げながら、周囲の魔物の士気を向上させ、襲わせていた、といったところか。サイクロプスよりも周囲の魔物の方が実力差はあるはずだけれども、知能と低さと士気を向上させられていたことを考えれば有り得る話だろう。
それをサイクロプスは考えた上でやったのか、或いは本能でやったのか……恐慌状態であったことを考えれば、後者の可能性の方が高いけれども……まあ、結果からすれば同じことである。
もっともここの迷宮の魔物が幾ら士気が上がり能力が向上していたとしても、彼女相手にそれほどの時間稼ぎが出来るとは思えない。しかしそれも、数さえ揃えば不可能ではないだろう。
何より実際にあったのならばそれが事実であり、一見して不可能そうな時間稼ぎを果たしたという意味では、僕も大差はない。
「まあ何はともあれ、一件落着、ってとこかな」
「……?」
僕の言葉に、少女は首を傾げた。どういう意味か分からない、とでも言いたげな様子に少し考え、納得する。
「ああ。さっきのサイクロプスが、今回のゴタゴタの原因、ってこと」
「……そうなの?」
「うん。多分そのままギルドに言えば、伝わるんじゃないかな」
「……ん、分かった」
頷いた少女に、理解した様子は見られないけれども……まあ、納得したのならば、それで構わないだろう。そもそも説明して大丈夫な情報なのかが分からない以上、そのものを伝えることは出来ない。
それは少女を厄介事を巻き込みかねないことであり、僕が厄介事に巻き込まれることもである。それだけで納得してくれるのならば、それが一番なのだ。
とりあえず、これで一件落着だと、心の中で再度呟き……その前に。
「あ、ごめん、一ついいかな?」
「……?」
僕の言葉に、少女は不思議そうに首を傾げる。何を言われるのか、まったく分かっていない、という様子だけれども……僕はそれを下から見上げた。
そう、実は……というか、当然、というべきか……先ほどから僕はずっとボロ雑巾のように地面に転がったままなのである。まあどうにかしたくともどうしようもなかった、とも言うけれども。
ただ、それをまったく気にする様子もなく会話を続けていたのだから、この少女の方もかなりの天然というか、何と言うか。
ともあれ。
「ポーション持ってたら、譲ってくれないかな? 街に戻ったら、ちゃんと返すから」
一先ずこの状態を何とかするために、僕は少女へとポーションの融通を頼むのであった。




