第一話:たいへんたいへんたいへんたい
起
― とある平野 ―
『お米寄越せー!』
いきなり叫びをあげた謎の影。
そして昼の日中に哀れな老人にせまる無数の人影。
怪人物……まさにそう呼ぶしかないイカレた出で立ちの集団が奇声を発していました。
その様はまさにカツアゲをする不良が如く、
恐るべき8人が老人を取り囲み迫って来るのでした。
例え助けを呼ぼうと周囲を見渡しても他に人影もない平野の街道。
小賢しくも人気が途絶えたのを狙い済ましたのだろうことは間違いありません。
その頭のイカレタ集団は、全身黒タイツのような、
目も口も無くのっぺりとしたひょろりとした長身の体躯
―『とても常人とは思えない出で立ち』をし、
そして一際目立つ獣の証したるピンとしたシッポを持つのでした。
「主達ゃ……なんばしよっと?どぎゃんことしたかばい」
前に立ちふさがった怪人物達に対し、狼狽した老人は思わず国の言葉がでしましました。
しかし彼らはそんなことには一切関心を示さず、
何やら縦一列に並ぶと徐に起立した姿勢から腰を折り
なにやらウェーブダンスを踊りだし輪唱して宣言しはじめたのです。
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
『『『『我々は、わ、ワ、輪、WAー!』』』』
……。
いつまでたってもその続きを言いません。
なんだか気持ち悪いです。そう、まったく気持ち悪い。本当、とっても気持ち悪い。
そして今に至るまで一向に話を進めようとはしてこないのです。
しかしそこで老人は奴らの正体に思い当たるのでした。
「……たいへんたいへんたいへんたい」
思わず取り乱してしまったようですが、老人のその言葉を聞いて益々いきり立つ怪人達。
フォーメーションを組み替え、老人を『かごめかごめ』のように取り囲みながら
『マイムマイム』のようにその周りで輪になってグルグルと狂々(くるくる)と踊り狂い、
歌いながら老人に向かって寄せては返す波の様に駆け寄ってはまた離れていく
8人の怪人達。
あらゆる意味でもう逃げ場はありません。
また、8匹のお尻から合計8本のピンと張ったしっぽとしっぽが接触するほど
接近しているのであらゆる意味で逃げ出す隙間もないのです。
彼らは、その正体や目的は不明ですが近年各地に出没し、
その各地でこれまたろくでもない数々の騒動を引き起す事で知られています。
名乗りをあげようとしながら一向に名乗らないため、
昨今その奇声からとりあえず『わワ輪WA』などとも呼ばる
人とも魔物とも思えぬ怪人達であります。
『おとなしくお米寄越ば危害は加えません……たぶん?ー!』
『大人しくしてもいい気分ー!』
『勉強は学生の本分ー!』
『せぶんいれぶんいい紀文ー!』
『ぶんぶんー!』
恐ろしい異形の怪人達だがそんなふざけた事を言い出すのを聞いては
お爺さんは我慢がなりませんでした。
わずかに残った気力を振り絞り問い返すのです。
「これは只の米ではない、タネモミじゃ。
来年の米を作る為のタネモミじゃ。
御主達は明日のことを考えたことはないのか?」
すると奴らは、
『おいら達は今腹ぺこさー!』
『明日のタネモミより今日のお米さー!』
『明日のことなど知りゃしないー!』
『今日を生きなきゃ意味が無いー!』
『今日のこととて知りゃしないー!』
と、取りつく島もありません。
それでもそんな連中に老人は熱く問いかけるのでした。
「……食糧は食べつくしてしまうとなくなってしまうのだから、
米を育てない限り未来は無い。
腹ぺこじゃと、だから今日より明日より米が欲しいじゃと?
儂は米より『育てるタネモミ』が欲しい。 - 全ては未来のために」
しかし、そんな言葉も彼らには通じません。
老人が苦労して半年間かけて集めたタネモミを騒ぎ立て今まさに奪おうとする怪人一味。
襲われた老人は最早崩れ落ちるだけの運命でした。
ー だが、その時である ー
「とおおーお〜お〜〜っ」
何処からともなく電光石火の勢いで、
まさに全身全霊で『死ねー』と言わんばかりに、
黒衣の若者が怪人達に飛び蹴りを食らわせ吹き飛ばしました。
それはまさに黒いボーリングのピンとボールのようでした。
彼らを吹き飛ばし、おじいさんの元から纏めて怪人達を排除したのです。
「お爺さん大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
などと長髪を編み込んで一つに纏めた金髪碧眼の若者が老人を確保していました。
奴らは蹴鞠の如く蹴り飛ばされてどこまでも転がっていった……と思われていましたが、
なんとさっさと戻ってきました。
その連中は、意外と堪えた様子もなく復活して文句を言ってきました。
『わワ輪WAー!』
『一体どこから現れたんだー!』
『仲間が見張っていたはずなのにー!』
『そもそもこのあたりに他に人気はなかったはずー!』
『……なんだか地面がゆらゆらとー!』
……ですが足下が微妙に震えています。
一見無傷に見えたが、やはり多少は足下が振らつくようなダメージを負っているようでした。
ですがそれも時期に立ち直ったようで、
図々しくも早速抗議の声を強めたのでした。
そんな連中に対し、彼は嫌々ながらも真面目に答えてしまうのです。
「仲間?それはあそこでカードゲームをしている連中ですか?」
と、近くで遊んでいる連中を指差します。
3匹程座り込んですっかり賭け事に夢中になっているようでしだ。
「それと私は《誰かが勝手に街道を通行止めにしている》、
との通報を聞いて調査しにきたのですが。
それで慌てて駆けつけて来たのですが、
そこで貴方達がご老人を取り囲んで不埒な行いをしていたのを目撃したので
とりあえず目障りなので貴方達を蹴り飛ばしましたが……それが何か問題でも?」
ただ当たり前の……そう当然の業務を行ったまで、と答えます。
その背をよく見れば遠くにまさに《今急停車したばかり》
と言った様子で急ブレーキの痕も生々しく、
土煙たなびいているゴーレム馬車が停車しているのが見えました。
どうやらあの馬車を急停車させ、
その勢いを 利用してここまで飛んできたようです。
なかなか大胆なキックではあります……完全に殺す気であったようでした。
『それって乱暴じゃんー!』
『死んだらどうするー!』
『そうだそうだ、一般人だったらどうしてくれるー!』
『どう見ても俺達ただの好青年でしょー!』
『もしかして俺たちの変装を見破っていたのかー!』
などと、理不尽にも存在自体が巫山戯た連中が
巫山戯た事言って来たので思わず突っ込んでしまいました。
「お前たちの様な怪しい一般人がいるものか!」
僅かな会話ですら、既にもういい加減頭にきてしましました。しかし、
『この手の連中に話し合いは通じない。
だがここは堪えろ、クールになれ』
と念じていると。
『しかしこれは好都合ー!』
『一人でくるとはいい度胸ー!』
『ひとつお相手願おうかー!』
彼らは若者が一人きりでいるのをみて
『いきなり物騒な事をしてきた奴だが、
よく見れば華奢そうな感じだ、
これはやれる、これなら勝てそうだ』
と完全に侮りの態度を繰り出してくるのでした。
そして、若者はその態度を見て益々腹を立て、侮られまいと凄んでみせるのでした。
「巫山戯るのではありません! この変態共!! こちらは警察です!!!
抵抗はやめて直ちに武装を解除し、両手を頭に載せて後ろを向いて座りなさい。
さもないと抵抗と看做して直ちに成敗しますよ!!!!」
可愛い容姿に似合わず毅然として、そう如何にも警察官前然とした態度でのぞみ不埒な相手に警告を宣言するも……。
『そんな言い分きけませんー!』
『そんな罵倒も効きませんー!』
『寧ろご褒美ですー!』
『しかし抵抗されると面倒ですねー!』
『どうしましょうかー!』
『ヤッちゃいましょうかー!』
『そうだ本気をだしましょうー!』
『そうだね、そうそう、そうしましょうー!』
いつの間にか、先程まで遊んでいた仲間を回収して来た者達も加わり、
全員がそれまでのいい加減な様子とは打って変わって
毅然と横一列に整列しポーズを揃えるといきなり、
『『『『『『『『シッポを起てろー!』』』』』』』』
っと、かけ声を合わせると、
その硬く反り返ったシッポを後ろから前へ
(シッポを巻いた犬の様に)腹へと起てるのでした!
それは普段の貧相な武器の代わりというように、
太く長く逞しいまるでフランスパンの様なそれを使って威圧してくるのでした。
もっこりなんて可愛いものじゃありません。
そして不意をついて飛びかかるための間合いを押し計る為に、
そのままにじり寄ってきます。
気持ち悪い。
そのあまりの気持ち悪さに、思わずその美貌が歪み悲鳴がでてきました。
「ひっ変態!!」
これには引く、流石に引く。まったっくもって誰でもドン引きモノであります。
それに対しその変態達は……。
『何と言う褒め言葉ー!』
『そんなに褒めてもナニもでませんよー!』
『ナニはでてますがねー!』
『何はなくとも勢揃いー!』
『褒めて育つタイプですー!』
『さりとて容赦しませんよ、お嬢さんー!』
『寧ろ容赦なく責められたいですー!』」
『お嬢さんに責められたいー!』
そう、変態たちは平常運転であります。
それに対しコレまた思わず、
「僕はお嬢さんなんかじゃない!」
と、すっかり動揺して奴らの軽口に答えてしまうのでした。
ベテラン刑事なら一々相手にせず無視して制圧すべき場面であります。
これではまるで新米警官です。
そう、この若者舐めらるのも当然です……単にセクハラに弱いだけかもしれませんが。
しかしその抗議に対し、
そして驚愕の真実に対し、怪人達も思わず取り乱した声をあげる。
『『『『『『『『なん…だとー!』』』』』』』』
そして前触れもなくいきなり目の前でのんきにも円陣を組み作戦会議を始めるのでした。
『いかが致か皆の衆ー!』
『これは天下の一大事ー!』
『この異常事態に以下に対処すべきかー!』
『これはもう、あれですなー!』
『そう是非とも確認しなければ、寧ろ学術的な意味でー!』
『学問のためなら仕方ないー!』
『では、そういうことでー!』
『エイエイオー!』
と勝手に会議を始め、勝手に終わらします。
まったくもって勝手な奴らであります。
そして方針が決まるとワラワラといきなり動き出すのでした。
それを相手が動き出すまで、ただ睨みつけている方も大概ですが。
「何、こいつら動きがいいぞ」
『拇印ターッチー!』
いつの間にか回り込まれ、後ろから羽交い締めにされる。
「くっ、この僕が後ろを取られるだと?」
続いて正面からの多段攻撃。
『とーズボンと降ろしー!』
いきなりのピンチ。
凄まじいセクハラである。
もう訴えたら勝てます。
しかしそれにより、ついに明らかになる衝撃の真実!
皆が取り囲み代わる代わる眺めていくのでした。
『えっー!』
『何?ツチノコ? いや、毒蛇ー!?』
『ナニ?なんの? 怖いよ、お父さーんー!』
『なにか生えてるー!』
『インテル ツイテルー!』
『これはつまりー!』
『そう一言でいうならばー!』
『なんだ、男かー!』
『なんだ、男か
『なんだ、男か
『なんだ、男か
……。
− そして、世界は静止した!
- 暗転 -