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第六話 縁

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 毎朝、アルマーナフの様子を見に顔を出すのがオルネアの日課になって、数日が過ぎた。その日もいつものように、ベッドでぼーっとしていたアルマーナフの元へ、オルネアがやって来て朝のお祈りに誘った。無言でそれを断る彼に嫌な顔ひとつ見せず、オルネアは一人でお祈りをした。それから少ししてサリアが朝食を持って現れ、いつもと何も変わらない時間がゆっくりと流れた。

 アルマーナフはいつも、ベッドの上で過ごす。もう動くことは出来たが、気持ちがそれを拒んでいた。自分は何をしているのか、疑問に思うことはある。怪我が治るまで、そういうつもりだったはずだ。もう、あの洞窟に戻っても一人で平気だった。けれどそれをしない自分が、アルマーナフは不思議であると同時に不愉快でもあった。

 ドアが叩かれてオルネアが現れたのは、そんなわだかまりを胸の奥に抱いている時だった。今日、二度目の来訪。それは初めてのことだ。オルネアは入口の所に立ったまま言った。

「少し、体を動かしませんか?」

 無言で視線を向けるアルマーナフに、オルネアは背負い籠を見せた。

「手伝っていただきたいのです」

 少し考え、アルマーナフは頷いた。差し出された作業服に着替え、教会を出る。

「こちらです」

 いつもとは反対の方向、教会の裏に続く道を進んだ。林の影に隠れて見えなかったが、少し進むと拓けた場所に出た。畑がある。

「作れるものはここで作るようにしています。他のものは、外からいただくのです」

「……外? 支給か何かか?」

「いえ、昔は気を遣ってか、定期的に食料などを運んでくれましたが、それも最初の数ヶ月ほどです。今は有志の方……サリアさんのお屋敷で働いておられた方々が、こっそりと運んでくださるのです」

「やはり、あの女は貴族だったのか」

 初めて会った時に感じた、隠しきれない上品さを思い出す。

「だが、どうして貴族がこんな所にいる?」

 そう疑問を口にしてから、アルマーナフは気づいた。一年前、【呪木】の伐採に向かう志願者を募ったのは、確か貴族だったはずだ。

「サリアの、父親だったのか」

「彼女のお父様は、貴族といってもそれほど豊かではなかったそうです。それでも貧しい人に食料を分け与え、人望の厚い方だったと伺っています。だからこそ、多くの方が志願されたのでしょう。ここへ食料を運んでくださる方も、恩返しのつもりだと、いつだったか話してくださいました。サリアさんとお母様がここへ入れられる直前、屋敷などの財産をすべて売り払い、そのお金を使用人に分け与えたそうです。貴族にしては少ない財産でしたが、贅沢をしなければ十年以上は楽に暮らせるほどの額だと伺いました。彼らはその中から少しずつ出し合い、食料を買って、運んでくださっているのです」

「……恨んではいないのか? 彼女の父親を」

「まさか!」

 オルネアは驚いたような表情で、何度も首を振った。

「だが、父親が余計なことを言い出さなければ、誰もこんな所に入れられることもなかった。もちろん、死ぬこともな」

「結果を見ればそうでしょう。けれど、あの方はすべてを犠牲にしました。ご自分の家族も、財産も、そして自らの命も。しかもお父様のこれまで積み重ねたものがあったからこそ、今、こうして手に入れることの出来ない食料を外から運んでもらえる。感謝の気持ちがどれほど溢れようとも、責める気など起きようもありません。もっと楽な生き方が出来た方です。初めから何もない、私たちとは違う。選択肢があって、あえてそれを選ばなかった。自分の身に置き換えれば、その精神の高潔さに頭が下がる思いですよ」

 自分だったら、どうだろうか。アルマーナフは、あまり他人と自分を置き換えて考えたことはなかった。多くの貴族を殺し、憎しみをぶつけてきた。ただ、それだけだ。

 もし、自分がサリアの父親と同じ立場にあったら、どうするだろうか。想像も、つかない。オルネアに呼ばれて歩き出しながら、アルマーナフは戸惑っていた。



 トルデスは油で汚れた服を脱ぎ捨て、倒れるようにベッドへ寝ころんだ。いつもはなかなか寝付けない冷たく薄い布団も、今日はなぜか心地好かった。板の上にタオルを敷いて寝るよりはマシだ。誰もいない、小さな家。少し、眠ろう。トルデスは頭の片隅でそう考え、そのまますぐに寝息をたてはじめる。

 良い匂いで目覚めると、外はすっかり暗くなり、妻のリデアが夕食の準備をしていた。

「帰ってたのか」

「死んでるのかと思ったよ。昨日はずいぶん、こき使われたみたいだね」

 リデアの口の悪さには馴れていた。トルデスは、彼女の大きな胸とお尻が好きだった。もそもそっとベッドから起き出して、皿を並べる妻を背後から抱きしめた。

「邪魔だよ、まったく」

 そう言いながらも、リデアは夫の手を払おうとはしなかった。

「なあ……」

 顔を寄せ、トルデスは言う。

「また行くんだろう?」

「もちろんだよ。もう準備もしてある」

「そろそろ、止めないか? いい加減、義理は果たしたんじゃないのか?」

 ようやくその手を振り払い、妻は夫を見た。

「旦那様にはどれだけの恩があるんだい? まだ、サリアお嬢様と奥様が中にいらっしゃる。この程度のことで返しきれるものじゃないだろう。せめて最後まで、自分に出来るささやかなことをしてあげたいんだよ」

 リデアの真摯な眼差しに、結局トルデスは頷くしかなかった。

 彼にも、同じ思いはある。けれど日々の苦しい生活の中で、不満ばかりが浮かび上がるのだ。抑えても、抑えても浮き上がってくるその思いは、いつしか黒い願望を生み出した。

 ――サリアお嬢様が亡くなれば。

 一年も保たないと思ったからこそ、妻の提案を受け入れたのだ。ほんのわずかな我慢のはずだった。分けられた財産を少しずつ使えば、今のきつい仕事を辞めても生活が出来る。妻にももっと楽をさせてあげられる。

 しかし、自分には何も出来ない。トルデスは自覚していた。妻の説得が無理なら、自分には何も出来ない。どれほど『あの女』の死を願っても、塀の中では手が出せない。むろん、塀の外にいたとしても、自分は何もできないだろう。

 憂鬱(ゆううつ)な気持ちを引きずるように、夕食を済ませたトルデスはいつもの酒場に向かった。これだけが楽しみだった。

 酒場に着くと、すでに仲間達が盛り上がっていた。手を挙げて、その輪に加わる。仕事の話、女の話、不満や愚痴を笑いながら話し、トルデスの心は少しだけ平穏を取り戻す。

 と、そこへ突然、警邏隊がやってきた。一瞬、酒場は静寂に包まれる。だが、ただ手配書を貼りに来ただけだとわかり、再び笑い声が溢れた。話しを聞きながら、トルデスは視線を新しい手配書に向けた。凶悪そうな二人の人相書きだ。

 貴族の屋敷に押し入り、残虐に女子供も容赦なく殺害する凶悪犯。賞金額は、一生、遊んで暮らせそうなほどの額だ。思わず熱心にそれを見る自分に、トルデスは苦笑した。

 縁はない。こんな田舎に貴族を狙う凶悪犯が来るはずもない。仮に見掛けたとしても、自分が捕らえることなどできるはずもなかった。通報だけでもいくらか貰えるのだろうか。

 トルデスは頭を振り、再び話しの輪に加わった。

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