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第十七話 終焉

1年以上振りの、ご無沙汰でございます。

次はなるべく早く更新できるよう、がんばります。

 アルマーナフは走った。生まれて初めて、祈るような気持ちを抱いたまま全力で走った。足がもつれそうになりながらも、休むことなく足を動かし続ける。


(くそっ! 俺のせいだ! 俺のせいで!)


 死を待つだけの穏やかな世界に、波紋を起こしたのは自分だった。やはり、関わるべきではなかったのか。悔恨の想いが溢れ出るが、その先にある小さな温もりに胸が痛んだ。

 彼女たちと過ごした日々は、夢よりも安らいだ時間だったはずだ。たとえそれまでの人生がどうであれ、あの時間だけは真っ当な人間らしい生活を送れていたと思う。けれど同時に、恐れてもいたのだ。


(失うこと、壊してしまうことへの恐怖……引き裂かれるような痛み)


 不安が現実と化した時、アルマーナフは足下から地面が崩れるような気がした。自分の死以上の恐怖があるなどと、一度も考えたことはなかった。だからこそ、いつ死んでもいいという投げやりな気持ちで、多くの命を奪うことに躊躇いがなかったのだ。

 最後は死ぬだけ――。

 その諦めが、彼を一般的な常識という枠の中から解き放ったのである。


(けれどそうじゃない)


 本当に恐ろしいのは、大切なものを失い、自分だけが生き続けることだ。空虚な世界に取り残される孤独感が、手を伸ばしても届かない絶望を呼び込むのである。


(もうすぐだ!)


 立ち並ぶ建物が見え、アルマーナフは走る速度を落としながら息を整えた。見つからないように足音を意識しつつ、木陰に身を潜める。ここからは、噴水の辺りがよく見えた。アルマーナフを呼びに来た騎士たちも、ここに隠れていたのだ。まさか自分が逆の立場で、こうして様子を伺うことがあるとは思わなかった。


(騎士が一人か……)


 何をしているのか、噴水の向こう側で剣を片手に立ち尽くしている。アルマーナフは注意深く観察し、やがて背筋が凍るような気持ちに襲われた。


(騎士の持つ剣は、血で濡れていないか?)


 そしてアルマーナフは見つけてしまう。騎士の立つ足元に、噴水で隠されたモノの一部分が覗いている。それは、子供の足ではないか――。

 アルマーナフの頭はカッと熱くなった。何も考えられず、一気に走り出す。声を上げず静かに、だが最も早い速度で。


「――!」


 騎士が気づいた時には、アルマーナフの姿は噴水を挟んだ距離にあった。憤怒の表情で、噴水の縁を踏み身を躍らせる。剣を構える間もなく、アルマーナフが騎士の上に乗りかかった。


「死ね!」


 見開く目でアルマーナフは騎士の手から落ちた剣を拾い、(かぶと)の目元にある隙間に突き刺した。


「ぐぁー!」


 最初の一撃で声を上げた騎士だったが、何度も何度も突き刺すとやがて体を痙攣させながら動かなくなった。


「はぁ……はぁ……」


 肩で呼吸をしながら、アルマーナフは這うようにすぐそばの遺体に近づく。目の前にあるものを信じたくはなかった。

 見えていた足は、エルリッドだった。彼は大切なものを守るように、エリーナに覆いかぶさっている。二人とも、まるで日向で眠るように穏やかな顔をして、血溜りの上で息を引き取っていた。


「何で……」


 震える声で呟きながら、アルマーナフはエルリッドとエリーナの頬に触れる。とても無理矢理殺されたとは思えない、そんな二人の表情にアルマーナフの心はざわめいた。

 だがそんな想いを振り払うように、唇を噛みしめて立ち上がる。あの時走り去った騎士は二人、騎士はもう一人いるのだ。

 用心しながらメリルの家に入る。誰かが押し入った形跡はあるが、騎士の姿はない。寝室にはメリルとオルネアの遺体があった。抵抗の様子もなく、心臓を一突きだった。

 この二人にも、苦悶の表情はない。


「くそっ!」


 そばの椅子を蹴飛ばしながら、他の部屋を見て回った。だが、騎士どころかサリアとラナの姿もどこにもない。他の建物に隠れたとしても、騎士がそれを見逃すとは考え難い。


「どこに……」


 視線をさ迷わせたアルマーナフは、サリアたちとたんぽぽを探した森を見た。そして祈るような気持ちで走り出す。


(頼む、無事でいてくれ!)


 枯れ葉を踏む音が、曇天の静寂に響く。だが今はもう、気にしている余裕はない。


(サリア! ラナ!)


 その時、巡らせた視線の先に剣を振り上げる騎士の姿があった。腰を抜かしたように座り込む、サリアの姿もある。


「サリア!」


 アルマーナフは叫びながら、走り出した。振り上げた剣が、まさに振り下ろされようとしている。


「くそっ!」


 腕を伸ばす。


(あと、もう少し!)


 だが届かない。絶望が心を染める中、アルマーナフは伸ばした指の先にそれを見た。


「ラナ!」


 枝から猿のように身を躍らせる少女が、騎士に襲いかかったのだ。


「ガアアアアア――!!」

「――!?」


 思わずアルマーナフは足を止めた。ラナの姿は、もう彼の知る可憐な少女ではなかった。血走った目を剥きだし、悪魔のような形相で鎧の隙間に手を突き入れ、肉をえぐり取っている。


「くっ、や、やめろ!離れろ!」


 騎士が抵抗するように暴れるが、小さなラナはちょこまかと動いて離れない。やがて騎士の冑が脱げると、ラナは騎士の顔面に食らいついた。


「ぎゃああ!」


 騎士の悲鳴が上がり、サリアが叫ぶ。


「やめて、ラナ!」


 その声で正気に返ったアルマーナフは、彼らの元に駆けつけた。そして、騎士の落とした剣を取る。


「アルマーナフさん……」


 彼の姿に気付いたサリアが、わずかに訝しむ様子で声を掛けた。

 雨が、静かに降り出す。

 濡れた剣を持ち、アルマーナフはもみ合うラナと騎士を見た。騎士は顔面の半分をラナに喰われ、すでに絶命している。


「ラナ」


 アルマーナフが声を掛けると、ラナは食べるのを止め、ゆっくりと顔を上げた。血に塗れた幼い顔は、満足げに笑っていた。

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