3話 ひどい騎士団
この物語はフィクションです。実際の史実に登場する人物とは、まったく関係ありません。
ネール皇国騎士団はかなり枝分かれしている組織だ。第1~6までの騎士団をまとめていう呼称がネール皇国騎士団であり、語頭に何もつかないただの”騎士団”はこれに当たる。6つの騎士団(新しくできた第7騎士団を入れると7つ)にはそれぞれ統率者である団長がいる。その団長たちをまとめる役割を担っているのが総将である。
だが、1つ1つの騎士団は半独立状態となっていて、国の命がない限り、団長の独断に全てが委ねられている。それの良い例が第4騎士団、またの名を魔導師団である。騎士の名を冠しているが、在籍しているのはほぼ100%魔導師だ。それは、現・第4騎士団団長のロゼ・アルフィーナがルーシ共和国出身というのが、大きく関わっているのだろう。
要するに、団長は総将の許可なく、自分の好きなように己が率いる騎士団を、アレンジすることができるのだ。これでは、総将なんてお飾りのようなものだ。
しかし、総将にはある特権が与えられている。それは、新しく騎士団を1つ創設できるということである。第1騎士団以外の騎士団は、歴代の総将達が特権を使用して創設したもので、第6騎士団など、50年前に出来たばかりだ。そして、5日前に、50年ぶりにその特権が使用されたのである。
「そう、ではレイモンドさんの言っていたことは、正しかったのね」
総将であるセインに、特権の使用を聞いたエリスは、レイモンドの言が事実であったと認めた。
「でもよかったわ、あなたのような異常者が敵でなくて」
エリスはレイモンドを一瞥し、そう言った。
「・・・・・・なんのことかな?」
レイモンドは一切感情を読み取らせないかのような表情をする。
「ふふっ、私の鼻は誤魔化せないわよ?」
途端、レイモンドの視線が鋭くなる。二人の険悪な雰囲気を感じたカイルは、こほん、と軽く咳払いした。
「それで、レイさん。俺たちをここに呼んだ理由は?」
カイルは、おそらく契約者となった自分に、何らかの形で罰を与えるためだろう、と考えていた。不安で、カイルの肩が少し震えた。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。・・・理由か、率直に言おう。・・・・・・カイル、君にはこの第7騎士団の副団長を務めてもらう事になった。総将の命でね・・・」
「え?・・・副団長、ですか?俺が?・・・」
「そう・・・いいんじゃないかしら」
カイルは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。考えていたこととは逆の、良い宣告だったからだ。そんなカイルとは違い、エリスは余裕の笑みを浮かべた。
「契約者は強大な力を持つ。下手に刺激して敵対されるより、手元で飼いならそう。・・・・・・そういうことかしら?」
「さすがヴァンパイア・ロード。鋭い指摘だな」
エリスを見上げるように、ソファーに腰掛けているセインは、そう淡々と言った。セインが否定しなかったことに、エリスは目を細め、さらに続けた。
「でもどういうこと?騎士ってみんな、魔獣嫌いなのかと思っていたのだけど・・・」
エリスは首をかしげた。彼女の疑問はごくごく当たり前のことだろう。何せ騎士はたいてい、魔獣を見るや否や、斬りかかりに行くような連中なのだから。魔獣からしたら迷惑以外の、何ものでもない。散歩をしていただけなのに、襲われて死にました・・・なんてことは、よくあることだ。
「私と彼が、大物だというだけだ」
セインの返答に、彼の首元を見ていたエリスは、ふ~ん、と関心した。
「・・・そういうことね」
「そういうことだ」
エリスとセインの会話に、カイルは終始頭に?を浮かべていた。
ー数分後ー
「第1騎士団対魔獣部隊・先行隊副隊長カイル・デューラー。汝を第7騎士団副団長に任命する」
「カイル・デューラー、その命しかと承りました」
セインはエリスとの腹の探りあいを切り上げた後、カイルに簡易的な叙任式を行った。騎士は名や形式を重んじる傾向が強い。名より実を取る主義のエリスにとっては理解しがたく、彼女はつまらなそうに見ていた。
「面を上げよ」
跪き、頭をたれていたカイルは、セインの言葉通りに頭を上げた。
「これで堅苦しいのは終いだ。・・・あ、忘れるとこであった。ムーサには、お前の異動の旨は伝えてある、安心せよ」
セインの言ったムーサという人物は、第1騎士団の団長である。セインは急にだらけたような態度をとると、勢いよく、ボスッ、とレイモンドの隣に座った。
「そ、総将・・・」
カイルは唖然とした。急に、騎士団のトップともあろう人物がだらしなく、ぐで~ん、としたからだ。現代で言えば、大企業の社長が会議後に、椅子にもたれて「ぐへ~」と言っているような感じだ。強烈なインパクトだ。
カイルの中の、憧れの総将の姿は粉々に砕け散った。
「カイル、君の気持ちはわかるよ。僕も最初は君と同じように、衝撃を受けたからね」
レイモンドは「ふっ」と言うと黄昏た。
「よいよい、楽にせよ」
相変わらずのだらけた体勢のまま、セインは立ちっぱなしのカイルとエリスに、彼の対面にあるソファーに座るように促した。カイルとエリスは、呆気に取られた様子のまま、コクコクと頷き、ソファーに腰掛けた。
「突然で悪いけど、この後二人は訓練場で、己の新しい能力を確認してもらう」
ばたばたしていた昨日では、そんな余裕なかっただろう?と、レイモンドは苦笑混じりに言った。
「ええ、そうさせてもらうわ」
エリスは立ち上がり、訓練所に行くべく、移動を開始した。しかし、カイルが彼女の腕を掴み、その歩みを止めさせる。
「何かしら?」
「エリス、訓練所の場所、知ってるのか?」
「あ・・・」
しまった!というように、口を白くきれいな手で塞ぐエリス。そんな彼女を見たカイルは、ため息をついた。
(まったく、頼りになるんだか、ならないんだか・・・)
せっかちで、おっちょこちょいな彼女の一面を見たセインは「愉快な娘だ」と小さく笑い、レイモンドは「案外抜けてるな~」と苦笑いした。
「うっ・・・さ、さあ行くわよ、カイル!」
居た堪らなくなったエリスは、カイルを急かす。エリスに腕を引っ張られたカイルは、「痛いって」と抗議の声を上げるが、無視される。
「まあ、待て。お前たちはこれから私の直接的な部下となるのだ。連絡先を互いに教えあっておこうぞ」
新設された騎士団は、設立した総将の指揮下にはいる。言わば、総将は団長のように、半独立状態の騎士団を得た事となるのだ。セインは黒いスーツのような、騎士の制服のポケットから黄金の携帯電話を取り出すと、「ほれほれ」とカイルにそれを近づけた。
(うわっ・・・趣味悪っ!)
(何これ、気持ち悪い・・・)
カイルとエリスは、同時に同じことを考えていた。が、それを決して口には出さなかった。二人とも、そんな度胸はないのだ。
二人は黄金の携帯電話にビビリながらも、何とかセインと連絡先を交換し合った。エリスはさらに、レイモンドとも、嫌々ながら交換した。セインとは違い、レイモンドの携帯電話は、純白のまともなセンスのものだった。
「さて、では私とレイモンドは、ミレイ様捜索の任を始めるとしよう。カイル、エリスよ、明日からお前たちも、同じ任に着いて貰う事となる。・・・よいな」
「はっ!その旨しかと承りました」
カイルは左手を胸の前に置き敬礼する。それを見たエリスは、手を手刀のような形にして、それを額の前に持っていき、ビシッ、と違う敬礼をした。
「エ、エリス。それはギエンヌ帝国の、帝国軍式の敬礼だ」
ネール皇国になにかとちょっかいを出してくる軍事大国、ギエンヌ帝国。エリスはそんな敵国候補の国の敬礼を、知らぬとはいえ、してしまったのだ。その姿を見られれば、変な誤解を招いてしまうだろう。だから、カイルは慌てて注意したのだ。エリスの敬礼を見たセインとレイモンドは、ジト目でエリスを見ている。
「あ、あれ?いけなかったかしら・・・?」
「・・・・・・エリス、敬礼禁止な」
「な、なんでよ!」
室内に大きな声が響いた。
訓練所は第1セントラルビルの地下1階にある。訓練所へ移動中の際、カイルは今まで聞けなかったことを聞こうと思った。彼は自分と並行して歩くエリスに振り向いた。
「なあ、エリス。お前も家族のところへ帰らないのか?」
カイルのその質問に、エリスは、ビクッとした。
「・・・・・・父と母は私が5歳のときになくなったわ。勿論、兄弟もいないわ」
「そうか・・・すまない」
なんとなく、予想はしていたが、その予想が当たるとは思っていなかったカイルは、目を伏せると、謝った。
「あなたが気にすることではないわ」
「・・・・・・じゃあ、エリスは今まで、どうやって?」
エリスはカイルの真剣な眼差しを見つめた。彼女は左手を右手で包むと彼から目を逸らし、俯いた。
「施設で・・・自分が魔獣だということを隠しながら、ずっと・・・・・・」
カイルはエリスの沈んだ声から、全てとはいかないが、知りたかったことを、知ることができた。
(エリスは、ずっと独りで生きてきたのか・・・)
「あなたも知っての通り、私の種族は魔法や勉学が得意でね・・・それを利用して様々な魔導具を作っては、売って生活したわ」
「・・・・・・」
カイルは何かを考えるかのように、目を閉じ、エリスの話を聴いた。
施設・・・ここでいう孤児院のことだが、どの国でも孤児院は貧しく、そこの子供たちはひもじい生活をせざるをえなかった。無論、国からの援助はある。
しかし、騎士団に割いている歳出の額が大きすぎるのだ。それ故に、こういった立場の弱い存在は、蔑ろにされてしまう。エリスは目を閉じたままのカイルを見ると、左人差し指を舐め、妖しく微笑んだ。
「安心しなさい・・・孤児院の子がよくやるようなことは、していないわ。まだ、私は清らかなままよ」
「・・・急に何を言い出すんだ?」
突拍子もないエリスの発言に、カイルは赤くなった。そんな純情な様子の彼を見たエリスは、「ふふっ」とうれしそうに笑った。
「俺をからかって楽しいか?」
「ええ、とっても」
エリスの即答に、カイルは嫌そうな顔をした。
「ここだよ、訓練所」
エリスと並行して歩いていたカイルは、大きな鉄製の扉の前で立ち止まった。カイルは扉についている機械の中に、右手の人差し指を入れた。すると、ピッという音と共に、扉が横にスライドした。室内に入った二人の目に飛び込んできた景色は、地下、しかもビル内ということからして、とても不自然だった。
「へえ・・・なかなか興味深いわね」
二人の目の前には、様々な木々や草が生い茂る森があった。
「けっこういい場所だろ?セントラルビル内で唯一、自然を感じさせてくれる場所だ」
「・・・そうね」
エリスは目を閉じ、深呼吸する。カイルは少し歩くと、己の両手を眺めた。
「俺の能力って一体なんだろう?」
「わからないわ・・・大変だろうけど、手探りで探すしかないわね」
「そうか」
「まあ、手始めに適当に、なんかの魔法でも使ったらどうかしら?」
エリスのこのアドバイスを聞いたカイルは、頷くと、片手を前にかざした。彼女のアドバイスは、異常を引き起こさせる、発端となった。
ドォン!
という、大きな音と共に爆発が起き、空間が歪んだ。
「今のはエクスプロ-ド・・・でも1行程すらなしに発動するなんて・・・まさか無行程!?」
エクスプロード・・・その名の通り爆発の魔法だ。この魔法は主に攻撃用として使われ、術者の魔力によって威力が増減する、中級魔法である。エリスは先ほどの現象の最中に妙な感覚を覚えた。
「技法本」
彼女の黒いドレスの肩口についていた飾りが、彼女の呟きに応じて、緑色をした本へと姿を変えた。技法本とは、その本の持ち主が習得したスキル、もしくは知識として得たスキルを、自動的に記録する便利な本だ。エリスは技法本のページをぺらぺら捲ると、先ほどの妙な感覚の答となるページを見つけた。
「エリス・・・俺の能力って・・・まさかとは思うけど」
カイルはどことなく落ち着かない様子だった。カイルは最初、頭に術式を思い浮かべのだが、それと同時に、魔法が発動した。カイルも優秀な騎士だ。先ほどの現象には十分なほどの心当たりがあった。
「ええ、無行程で間違いないでしょうね」
「俺が・・・無行程使い・・・」
魔法は発動までに3つの手順を踏まなければならない。まずは、記憶した術式を思い浮かべる。次に術式と対応した詠唱を行う。そして最後は術式の題名を言う。この手順により、魔法は発動するのだ。
エリスの保有するスキル、1行程は、最後の題名を言うだけで、その魔法を発動させることができる、というレアスキルだ。このスキルを保有する者は非常に少なく、ネール皇国内でも、人間では、総将のセインと第4騎士団団長のロゼしかいない。
だが、無行程はさらに珍しく、歴史上3人しか保有した者はいない。初代契約者のダンバートン、ルーシ共和国を建国したアインハルト、そしてギエンヌ帝国の現皇帝・イヴァン4世。無行程はその名の通り、手順を踏まずに魔法を行使でき、意思により発動させることができる。だが、術者が習得していないものだったり、種族固有の魔法などは、使えないが・・・。
「大当たりを引いたわね」
「ああ!」
カイルは飛び上がりたいほどに、うれしく思った。保有者の名が歴史に残るほどのスキルなのだから、当然といえば、当然のことだろう。
「カイル、私も当たりを引いたわ」
「ん?エリスも自分の能力がわかったのか?」
エリスは技法本を閉じると、カイルと向き合った。
「ええ、やはり私は、あなたとの相性は抜群のようね」
エリスは微笑み、薬指の輝くサファイアを、そっと撫でた。
まだ試行錯誤の段階ですので、文が見にくかったら、すみません。