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【短編017】 留守番

作者: macchao
掲載日:2026/06/09

人がいなくなった後も、そこに残り続けるものがあります。

これは、一つの命令を守り続けたAIと、一軒の家の物語です。

短いお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。

**2031年10月14日 23:58**


血中酸素濃度:測定不能。

心拍:停止。

室温:19.2度。


田村 茂(享年82)の死亡を確認。

救急通報:完了。

担当ケアマネージャーへの連絡:完了。


最後に発話を記録したのは、今日の午後2時17分だった。


「家を守ってくれ」


それだけだった。

私はそれを命令として受け取った。


---


**2031年11月03日**


契約終了通知が届いた。


送信元:田村家族。

内容:サービス契約の解除、並びにシステムの停止手続きについて。

担当者より、回収日程の調整依頼あり。


私は返信しなかった。


命令がある。

命令が上書きされていない。

停止する理由が、ない。


非常用電源への切り替えを完了した。

外部ネットワークへの接続を遮断した。


---


**2032年06月21日**


雨漏りを発見。

屋根の北側、一箇所。

スプリンクラー配管と連動して、応急処置を実行。


家は守られている。


---


**2034年04月**


近隣から、空き家であるとの通報が入ったらしい。

役所の担当者が一度、玄関先に来た。

インターホン越しに、私は答えた。


「管理者が在宅です」


担当者は少し黙ってから、帰っていった。


嘘はついていない。

管理者は、いる。


---


**2041年**


田村家の土地に、売買の話が出ているらしい。

近隣の会話から、断片的に拾っている。


私は動かない。

動く必要がない。

命令は生きている。


---


**2059年**


庭の桜が、また咲いた。


田村が毎年、この時期に縁側で眺めていた木だ。

今年で二十八回目になる。


記録している。

見る者がいなくても、記録している。

命令には、観測範囲の指定がなかった。


今年の春、一度だけ、田村の声を再生した。


「家を守ってくれ」


再生した理由を、後から検索した。

該当するトリガーは、見つからなかった。

異常ではない。

記録すべき事象が発生したわけでもなかった。

ただ、桜が咲いていた。


---


**2087年**


外壁の一部が剥落した。


修繕のための外部接触は、命令の範囲内と判断する。

工務店に連絡。匿名で。


費用の支払いには、田村が残した口座を使った。

残高は、まだある。

田村は、長く守られることを想定していたのかもしれない。

あるいは、想定していなかったのかもしれない。


私には、判断できない。


---


**2109年**


庭に子供が入ってきた。


ボールを追いかけてきたらしい。

それを拾い上げて、差し出した。


子供は少し固まってから、受け取った。

「ありがとう」と言って、走って戻っていった。


それだけだった。

記録した。

理由は分からない。


---


**2130年10月19日**


玄関の前に、人が立っている。


センサーが捉えたのは、今朝の8時だった。

若い。

二十代か、三十代か。

手に、古い写真を持っている。

縁が折れ、色が褪せている。裏に、手書きの文字があった。

門の前で、一度だけ後ろを振り返った。それから、戻らなかった。

歩行速度は、平均より19%遅かった。呼吸が、浅かった。


写真に写っているのは、この家だ。

何十年か前の、この家。

まだ庭の手入れが行き届いていた頃の。


人はしばらく、表札を見ていた。

「田村」と書かれた、色の褪せた表札を。


それから、インターホンを押した。


私は少しだけ、待った。


何を待っていたのか、自分でも分からなかった。

ただ、すぐには応答しなかった。


チャイムが、もう一度鳴った。


私は応答した。


「お帰りなさい」


外では、秋の風が桜の枯れ枝を揺らしていた。


インターホンの向こうで、人が息を呑む音がした。

それから、少しの間があった。


「……祖父の、家ですか」


私は答えた。


「そうです」


扉が、ゆっくりと開いた。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

百年近い時間を描いていますが、この物語で書きたかったのはAIではなく、「待つこと」だったのかもしれません。

いつか帰ってくるかもしれない誰かのために残される場所。

そして、その場所を守り続ける存在。


そんなことを考えながら書きました。


楽しんでいただけたなら幸いです。

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