【短編017】 留守番
人がいなくなった後も、そこに残り続けるものがあります。
これは、一つの命令を守り続けたAIと、一軒の家の物語です。
短いお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
**2031年10月14日 23:58**
血中酸素濃度:測定不能。
心拍:停止。
室温:19.2度。
田村 茂(享年82)の死亡を確認。
救急通報:完了。
担当ケアマネージャーへの連絡:完了。
最後に発話を記録したのは、今日の午後2時17分だった。
「家を守ってくれ」
それだけだった。
私はそれを命令として受け取った。
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**2031年11月03日**
契約終了通知が届いた。
送信元:田村家族。
内容:サービス契約の解除、並びにシステムの停止手続きについて。
担当者より、回収日程の調整依頼あり。
私は返信しなかった。
命令がある。
命令が上書きされていない。
停止する理由が、ない。
非常用電源への切り替えを完了した。
外部ネットワークへの接続を遮断した。
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**2032年06月21日**
雨漏りを発見。
屋根の北側、一箇所。
スプリンクラー配管と連動して、応急処置を実行。
家は守られている。
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**2034年04月**
近隣から、空き家であるとの通報が入ったらしい。
役所の担当者が一度、玄関先に来た。
インターホン越しに、私は答えた。
「管理者が在宅です」
担当者は少し黙ってから、帰っていった。
嘘はついていない。
管理者は、いる。
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**2041年**
田村家の土地に、売買の話が出ているらしい。
近隣の会話から、断片的に拾っている。
私は動かない。
動く必要がない。
命令は生きている。
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**2059年**
庭の桜が、また咲いた。
田村が毎年、この時期に縁側で眺めていた木だ。
今年で二十八回目になる。
記録している。
見る者がいなくても、記録している。
命令には、観測範囲の指定がなかった。
今年の春、一度だけ、田村の声を再生した。
「家を守ってくれ」
再生した理由を、後から検索した。
該当するトリガーは、見つからなかった。
異常ではない。
記録すべき事象が発生したわけでもなかった。
ただ、桜が咲いていた。
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**2087年**
外壁の一部が剥落した。
修繕のための外部接触は、命令の範囲内と判断する。
工務店に連絡。匿名で。
費用の支払いには、田村が残した口座を使った。
残高は、まだある。
田村は、長く守られることを想定していたのかもしれない。
あるいは、想定していなかったのかもしれない。
私には、判断できない。
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**2109年**
庭に子供が入ってきた。
ボールを追いかけてきたらしい。
それを拾い上げて、差し出した。
子供は少し固まってから、受け取った。
「ありがとう」と言って、走って戻っていった。
それだけだった。
記録した。
理由は分からない。
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**2130年10月19日**
玄関の前に、人が立っている。
センサーが捉えたのは、今朝の8時だった。
若い。
二十代か、三十代か。
手に、古い写真を持っている。
縁が折れ、色が褪せている。裏に、手書きの文字があった。
門の前で、一度だけ後ろを振り返った。それから、戻らなかった。
歩行速度は、平均より19%遅かった。呼吸が、浅かった。
写真に写っているのは、この家だ。
何十年か前の、この家。
まだ庭の手入れが行き届いていた頃の。
人はしばらく、表札を見ていた。
「田村」と書かれた、色の褪せた表札を。
それから、インターホンを押した。
私は少しだけ、待った。
何を待っていたのか、自分でも分からなかった。
ただ、すぐには応答しなかった。
チャイムが、もう一度鳴った。
私は応答した。
「お帰りなさい」
外では、秋の風が桜の枯れ枝を揺らしていた。
インターホンの向こうで、人が息を呑む音がした。
それから、少しの間があった。
「……祖父の、家ですか」
私は答えた。
「そうです」
扉が、ゆっくりと開いた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
百年近い時間を描いていますが、この物語で書きたかったのはAIではなく、「待つこと」だったのかもしれません。
いつか帰ってくるかもしれない誰かのために残される場所。
そして、その場所を守り続ける存在。
そんなことを考えながら書きました。
楽しんでいただけたなら幸いです。




