⑥ 旅行鞄
二人は協力して、集めた物資・材料を元に、時々部屋の様子を見に来る召使たちの目を盗んでは、毎日せっせと必要な機材を組み立てていった。
出来上がったマシンは、その時代の旅行鞄にちょうどピッタリ収まる程のサイズだった。
実際に鞄に入れてみたら、シンデレラ・フィットで二人とも驚いたのである。
そのおかげで鞄を横に倒してフタを開けると、例え機械の操作をしていても、反対側からは中身が見えない、という利点があった。
そしてもちろんフタを閉じれば、どこからどう見ても普通のトランクなのであった。
「予想以上に素敵な仕上がりになったわねえ。」
妖精さんは満足げだ。
「これがタイムマシンなんですね?」
不思議そうに言うサン・ジェルマン少年。
気がつけば彼はもう、12歳になっていた。
そう、彼は小学6年生の年齢で、妖精さんの手助けがあったとは言え、一台のポータブル・タイムマシンを作り上げてしまったのである。
「じゃあ、今からコレを持って、屋敷の裏手の森に行きましょう。」
「うん、妖精さんも一緒に…。」
「私は…ほら、他の人たちに見つかるとマズイから…。」
「ああ、わかったよ。後から来てね。」
「森の奥の原っぱで待っていて。」
彼は召使たちの隙を見て屋敷を抜け出すと、小さい頃に妖精さんと一緒に遊んだりおしゃべりしたりしたことのある、思い出の原っぱを目指した。
その後少年が、原っぱの切り株に座って待っていると、妖精さんがトランクを持って、空からフワリと降りて来た。彼は、それを見るのが始めてでは無かったので、それ程驚かなかったが、今日は訊かずにいられなかった。
「ねえ、妖精さん。ソレはどうやっているの?」
「ソレって…ああ、空中に浮遊することね?」
「うん。今日こそは教えて欲しいなあ。」
「う~ん。貴方には、まだ少し難しいかなあ。まず身近な小さなモノを浮かせたり…そんなもっと簡単なことから教えてあげるわ。それから少しずつ、ね?」
「うん。分かったよ。」残念そうにしょげて返事をする少年。
「じゃあまず、今日はこの機械の使い方からね?」
「うん、お願いします。」
「貴方が素直でイイ子で助かるわ。」
そう言うと妖精さんはトランクのフタを開けた。
「さあ、貴方もコッチに来て。トランクの中を見ながら説明を聞いて。」
「はーい。」
「まず、中に分解して入れてあるハンドルを出します。」
「うん。」
「そしてそれを機械の右側の穴に差し込みます。」
「うん、うん。」
「そして機械のダイヤルを、行きたい時間と場所に合わせます。その時に、今自分の居る場所と時間を、しっかり記憶しておくこと。メモをしてもいいわよ。」
「はい。」
「例えばこうよ。」
そう言うと彼女は機械のダイヤルを以下のように合わせた。
マイナス0004年12月25日00時00分。
北緯31度42分。東経35度12分。
「そして蓄電池に電気を溜めるために、このハンドルを何度も回します。ハイ、しっかり回して!」
「よおし!」
少年はここぞとばかりに、それを力いっぱい回す。
「良いわよ。電気が溜まって来たわ。もっとこっちに近寄って!」
そう言うと彼女は、右腕で彼の肩をしっかりと抱き寄せた。
彼の左肩に、何だか柔らかくて丸いものが当たる感じがした。
早めの思春期を迎えたサン・ジェルマン少年は、何故か胸がドキドキした。
「そして最後に、このレバーを手前に倒します。こうよ!」
妖精さんが左手でレバーを倒すと、カチンという乾いた音がして、機械が作動し始めたのだった。




