④ 魂の旅
「目を閉じたまま聞いてちょうだい。」
彼女は少年を落ち着かせるように言った。
「この旅には、簡単なルールがあるの。貴方はそれを守れるかしら?」
「どんなルールなの?」
「この先で見た物、聞いた物に関わらないことよ。」
「えっ、それはどういう⋯。」
「何を見かけても、触ったり、話しかけたりしてはダメなの。」
「どうして?」
「⋯貴方の無責任な行動のせいで、歴史が変わってしまうからよ。」
「それは⋯いけないなあ。」
「特に今回はいけないわ。」
「なぜ?」
「これから、生まれたばかりの貴方と、御両親を見るから。」
「ああ⋯。」
「まあ、でも、事故を防ぐために、薬の成分は調整してあるんだけどね⋯。」
「えっ?」
「⋯ほら、もう着いた。ゆっくり目を開けてごらんなさい。」
彼女に言われるがままに、少年は目を開ける。
すると、先程まで居た部屋と同じ場所なのに、何だか随分暗くなっていた。
燭台に灯された明かりに照らされて、いつも自分が寝ているベッドが見える。
そこには、一人の女性が横たわっていた。
彼女の腕には、生まれたばかりの赤ん坊が抱かれており、ベッドの傍らには一人の男性が跪いて、母子を見守っていた。
「ねえ見て。元気な男の子よ。」
「立派に産んでくれて、ありがとう。」
「大好きな貴方の子ですもの。大切に育てるわ。」
「うん、僕もできるだけ様子を見に来るよ。」
少年と妖精さんは、そんな二人のやり取りを、部屋の片隅の暗がりから、こっそりと見ていた。
少年にとってみれば、その二人には見覚えがあった。
やっぱりあの二人が僕の両親だったんだ。少年はそれを確信し、一人頷いていた。
今でもよく屋敷を訪れるその二人には、オジサン、オバサンと呼ぶように言われていたが、かねてからの疑問が、これで解消されたのだった。
良かった。
僕にも、ちゃんと両親が居たんだ。
道理でいつもあんなに優しく接してくれるわけだ。
「でも、どうして⋯?」
少年は思わず呟いてしまい、慌てて口に手を当てる。
「大人には、イロイロと事情があるのよ。自分たちが両親だと明かせない事情がね。もう少ししたら、貴方にも判るように説明してあげるわ。」
妖精さんが、少年の耳元で静かに囁いた。
「さあ、無事に目的は達成できたから、帰りましょう。」
「えっ、もう?」
「初めてなんだから、無理しないの。」
「何だか物足りないなあ⋯。」
「贅沢言わないの。それに今後その気があれば、何度でもここを訪れることはできるのよ。」
「ホントに?」
「私は、貴方にはウソを言わないわ。これまでもそうしてきたし、これからもそう。」
「分かった。今日はこれで帰るよ。」
「良い子ね。それでこそ、私のサン・ジェルマンよ。」
そしてもう一度二人は手を取り合うと、目を閉じて、元の時空へと精神を集中させたのだった。




