③ 英才教育
それからもう5年以上もの間、彼女は彼の前に、着かず離れず存在していた。
いつも突然目の前に現れては、彼に色々な知識を授け、アドバイスをし、そして唐突に煙のように消える。その繰り返しだった。
身の回りに歳の近いものがおらず、学校にも行かなかったため、同年代の者との接触が無かった彼にとって、彼女は他に得難い大事な存在となって行った。
ただ長じるに従って、ある一点の疑問が、彼の中で次第に大きくなることを止められなかった。
それは❝彼女は歳をとらない❞という事実だった。
彼が幼い頃から見ている彼女は、ずっと17歳の少女のままだったのだ。
そのため、自分の年齢が段々彼女に追いつき、いつか追い越してしまうのではないか、という思いがふと湧いてきた時には、愕然とし、ある種の恐怖すら覚えたものだった。
今や彼はもう10歳になっていた。
現代の日本で言えば、小学校4年生だ。
ただ長年の妖精さん…つまり彼女から受ける英才教育のおかげで、学校に行かずとも、彼の知識と学習能力、探求心は、そこらの子どもたちとは比べ物にならないほどのスキルになっていた。
そんなある日の事だった。
「ねえ妖精さん。」
「なあに?私のサン・ジェルマン。」
「そろそろ、貴女の名前を教えて貰えないかなあ?」
「まだ、だめよ。もう少し貴方が大人になったら、必ず教えてあげるから。」
「え~、どうしてぇ?」
「それより、もっとイイ事を教えてあげるわ。」
「なあに?」
「時を旅する方法。」
「!?」
「どう?この方法を身に着ければ、貴方はもう、時の支配者よ。」
「そんなことできるの?」
「できるわよ。現に私がここに来ているのが、その証拠よ。」
「そうか。確か妖精さんは、300年後の未来から来ているのだったね?」
「あれえ、信じてなかったのかな?」
「ボクもだんだん大人に近づいて来て、夢を見られなくなっているのかも…。」
「コレは、夢物語じゃないのよ?」
「…。」
「いいわ。今から私が教えるレシピに従って薬を調合してみてちょうだい。」
そんなやり取りがあった後、現在彼は実験の真っ最中と言う訳である。
彼は、召使に命じて集めさせた、様々な薬品や草花の粉を調合したものを、アルコールで溶かし、試験管に移す。
今まさに、最後の一滴を注いだところだ。
「よし、できた!妖精さんに言われた通りのモノを調合して作ったよ。」
「さすがは私のサン・ジェルマン。仕事が早いわねえ。」
彼女は満足気だった。
「じゃあ、それを一滴だけ飲みなさい。初めてだから、たくさんはダメ。危険よ。」
「飲んだよ。」
彼女の事を信じ切っているサン・ジェルマンには、なんの躊躇も無かった。
「それじゃあ、私の両手を握って。」
彼女と向かい合うと、素直にそうするサン・ジェルマン少年。
「目を閉じて念じるのよ。10年前。この部屋で自分が生まれた瞬間を見たいって。」
「…うん。」
その瞬間、彼の身体を不思議な感覚が襲った。
まるで急上昇と急降下を繰り返しているような。
目を閉じたままでは、恐怖に押しつぶされそうな感じだった。




