② 出会い
1691年12月24日の深夜。
とある秘密の屋敷で、人知れず彼は生まれた。
母はスペインの王妃、父は伯爵家の次男坊。
つまり不倫の子であったからだ。
お産に付き添った産婆も召使も堅く口止めされ、暫くはその事実を誰も知らなかったのだ。
そして彼はその場所で大切に扱われ、秘密裏に少年時代を過ごすことになった。
しかし彼がいくら私生児であっても、御付きの者たちがお世話するにあたって、呼び名が必要だった。
それでラテン語の聖典に書かれた、❝聖ゲルマヌス❞という聖人の名にちなんで、彼は召使からこう呼ばれることになった。
その名も❝サン・ジェルマン❞と。
生まれた時からそう呼ばれた彼は、自分の名前に姓名の❝姓❞の部分が無いことに、さして疑問を感じなかった。
時々その屋敷に顔を出すマリー・アンヌ・ド・ヌブールとメルガル伯爵が、自分の実の母と父だと知ったのも、ずっと後の事だったという。
※ ここで毎度お馴染みの注意書きです。
以下の会話は全てスペイン語でなされています。
しかし作者の都合により、日本語表記になることをお許しください。
「サン・ジェルマン様。ご要望の物をお持ちいたしました。」
部屋のドアがノックされ、召使がうやうやしく入って来る。
「ああ、ありがとう。そこに置いておいて。」
サン・ジェルマン少年は実験中で手が離せなかった。
今も夢中で取り組んでいるそれは、常人には理解し難いモノだった。
邪魔をしないように、召使はそそくさと帰っていった。
すると部屋の片隅の物陰の中から、陽炎のように一人の少女が現れた。
「今日も精が出るわね?」
少女が言った。
彼は少女の事を不思議にも思わないし、もちろん邪魔だなんて思わない。
むしろいつの間にか、少しだけ愛おしいとさえ思うようになっていた。
それがまんまと、彼女の思い通りになっているのも気づかずに、だ。
少女との初めての出会いはいつだったのだろう?
彼はふと、思い出そうとする。
物心ついた時にはもう、傍らに居た。
ただし、こっそりと。
彼女が彼の目の前に現れるときは、いつも他に誰も居ない時だった。
おそらくそれが、彼女の狙い通りの行動なのだろう。
「おねえちゃんは誰なの?」
とある夜更けに、初めて枕元に彼女が現れた時、彼は彼女にそう聞いた。
唐突な不審者の出現に…しかし、何故か彼は怖くなかった。
「ああ、サン・ジェルマン。やっと貴方を見つけたわ。私の名前は…秘密よ。…そうね。私は超時空の魔女…じゃなくて妖精よ。」
笑顔で語った彼女の返事は、確かそんな感じだった。
彼は子ども心にも、一瞬彼女が口にした魔女という単語が引っかかったが、それ以上に彼女の不思議な衣装に目を奪われた。
「その服は何?見たことないなあ。」
「ああ、コレ?これはセーラー服っていうの。私の戦闘服なのよ。今から約160年後には、イギリス海軍で正式採用されるのよ。」
「…?おねえちゃん…妖精さんは未来のことが分かるの?」
「そうよ。何しろ私は妖精だからね!でももし貴方も望むならば、私と同じことが出来るようにしてあげるわよ?」
彼は、彼女が胸を張ってそう言ったのを覚えている。




