⑲ 彼女の告白
「…そのために、まずは少年時代の貴方に近づいて、色々と秘密を握ったり、貴方の人生に色濃く影響を与えてやろうって思ったのよ…最初はね?」
「…そうだったんだね。」
「でも貴方は、私の予想以上に、愛すべき真っすぐな心を持った少年だった。私は自分の不純な動機を恥じたわ。」
「そんな…。」
「それから私は、貴方にタイムトラベラーとしての、掛け値なしの英才教育を施すことに決めたの。」
「…うん。確かに勉強になったよ。」
「貴方はとても良く努力を続けたわ。もう私が教えることは何も無いくらいにね?それどころか貴方の物理学の知識や理論は、今や私が理解できる事を、遥かに凌駕しているわ。」
「いや、そんな事は…。」
「ああ、そうそう、さっき預かったこの箱の事だけど…。」
雪子が例の箱を、サン・ジェルマンの膝の上に乗せる。
「…中には乾燥させた人魚…つまりセイレーンの肉が入っているのよ。」
「ええっ!?」
「それを一かけら口にするだけで、誰でも不老不死になれるのよ。どう?凄いものでしょ。」
「いや、凄いけど…。」
「貴方がこれからの人生の中で、本当に不老不死になりたい時がやって来たら、それを一かけらだけ食べなさい。ああ、もちろん、食べ過ぎないようにね?さもないと半魚人になってしまうわよ?」
「ああ、うん…。」
「それからその後で、あなたの大切なパートナーになる人にもあげなさい…もちろん、相手の了解をとってね?」
「…雪子さんは…僕の大事な人には…なってくれないんだね?」
「悔しいけど、私にはその資格が無いわ。いつか、黄色いワンピースを着た女の子にでもあげなさい。そして120年後のあの家に、約束通りそれを返しに行ってね?」
「分かった。必ずそうするよ。」
「良い子ね。最後に一つだけ、貴方にアドバイスを…。」
「…なんだい?」
雪子さんは、サン・ジェルマンの左耳に、桜色の唇を近づけてこう言った。
「私みたいに❝永遠の17歳❞になんてなっちゃダメよ。どこまで生きても少女の姿のままじゃあ、何かと社会生活に支障が出て、仕方がないんだから。」
そう言うと雪子さんは、少しだけ口角を上げて笑った。
サン・ジェルマンも笑おうとしたが、できなかった。
彼は何故だか、涙があふれて来て仕方が無かったのだ。
「あらあら、イイ男がすっかり台無しね。これで私も貴方に、一矢報いたってところかしらね?」
「雪子さん、ふざけないで…。」
「それじゃあ、これでお別れね。いつかまたこの時空のどこかで、貴方が大人になったら逢いましょう。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ僕は貴女に…。」
サン・ジェルマンの言葉は、最後まで彼女に届くことは無かった。
何故なら次の瞬間、彼女は彼の目の前に初めて現れた時と同じように、煙のごとく消え去ってしまったからだった。
後には、森の中の草原に立ち尽くす、小型の旅行トランクと小さな木箱を持った、17歳の貴族の青年だけが、ポツンと一人寂しく取り残されたのだった。
その日から、彼の心の中には、ポッカリと大きな穴が開いたようになった。
そしてまるでその穴を埋めるかのように、彼は一層精力的に、タイムトラベルに勤しむようになったのである。




