⑯ 謎の箱
「お久しぶりです。与利子さん。」
妖精さんが屋敷に向かって歩きながら当主に声を掛ける。
「20年ぶりかしら?予言の時間通りね、雪子さん。」
突然庭に出現した二人の不審者に対して、全く動じる気配も無く、渋い緑色の着物を美しく着こなし、凛とした姿勢のままの彼女は答えた。
そしてそれが、サン・ジェルマンが初めて聞いた、妖精さんの本名だった。
※ 当たり前ですが、このエピソードの会話は全て日本語でなされています。
もちろん、サン・ジェルマンも例外ではありません。
「❝王政復古の大号令❞の1年後、朝10時ちょうどに庭に現れる。完璧な予言だったわね?」
与利子さんは余裕の笑顔で言った。
「何しろ私、スケジュールを守る主義なので。」
雪子さんも笑顔で返した。
顔は笑っているのに、二人の間に火花が散っている感じがしたのは、自分の勘違いだろうか?
何故かサン・ジェルマンはそう思った。
二人が縁側の間近までやって来ると、与利子さんが言った。
「約束のモノを取りに来たのね?」
「ええ、貴女のおばあ様に頼まれたソレを、預かりに来ました。」
「コレね。では、どうぞお収め下さい。」
与利子さんが横に置いてあった木箱を差し出す。
「確かに。いただきます。」
雪子さんがそれを受け取る。
「私の隣に居るこちらの男性が、サン・ジェルマン伯爵という者です。」
雪子さんが彼を指して言う。
まだ彼は伯爵では無かったが、彼女の意図を察して黙っていた。
「こんにちは。ミスター・サン・ジェルマン。」
「初めまして。与利子さん。」
二人は軽く挨拶を交わした。
「120年後、ほとぼりが冷めるのを待って、彼がまたこの箱を返しに来ます。それまでに、中身の一部を使用しても良い、という約束でしたね?」
「そうね。そんな約束を祖母が確かにしていましたね。でも、貴女のような得体の知れない小娘にどうしてそんな…これは失礼。」
「いいんですよ。確かに私の見た目は小娘ですから…本当の年齢は幾つになるのか…もうどうでも良くなってしまったのよ?」
「あらそう…。」
よく見ると与利子さんは疲れているようだった。しかし、気を取り直したように、再び姿勢を正してこう言った。
「新しい政府の略奪から宝物を守るお役目、ご苦労様です。」
すると雪子さんも、その場で❝気をつけ❞をして、その上❝敬礼❞までしてこう言った。
「その御役目、しかと承りました。必ずや来たるその日まで、無事に宝物を保管し、守り通すことをお約束いたします。」
サン・ジェルマンには、それがいささか諧謔にも見えたが、彼女たちは大真面目であった。
そして彼は、その箱の中身がとても気になったのだった。




