第9話
――三智慧人
目を覚ました俺が最初に見たのは、ベッドの脇に置かれた丸椅子に座ってパルスフォンの画面を眺めている桜歌の横顔だった。
彼女のパルスフォンは俺の持っているものより一回り大きい10インチサイズの端末で、バックライトに照らされた大きな瞳がクリクリと動く姿が一枚の絵画のようにキレイで俺は思わず見とれてしまう。
「あっ、慧人さん目を覚ましたんですね。ちょっと待ってください」
桜歌はそうつぶやくと右手で喉元を押さえて目をつぶると、何かを映し出していたパルスフォンのバックライトが消灯する。
おそらく桜歌はラスにタブレット端末をスリープモードにするよう命じたのだろう。
俺達が普段使っているパルスフォンとは、脳が肉体を操るために発信する神経パルスを利用して機械を操作する総合通信端末の通称だ。
脊椎に沿って走っている太い神経から神経パルスを受信するチョーカー型のパルスセンサーと、タブレット端末、通話用のイヤホンマイクの3点セットが基本で、タブレット端末に搭載されたAI『ラス』に命令すればタブレット端末にインストールされたアプリを自由に呼び出すことが出来る。
ぶっちゃけるとパルスフォンはボタン操作ではなく思考で操作する機械なのだが、思考だけでラスに命令を下すのは意外と難しく、俺がパルスフォンを操作するときはいつも命令を言葉にして思考を具体化させている。
しかし、今の様子を見ると桜歌は声に出さなくてもラスが理解できる具体的な命令を考えることができるようだ。
「お医者さんを呼びますね」
桜歌は身を乗り出すと俺の枕元にあった丸い押しボタンを押す。
見たところ桜歌が押したのはナースコールのボタン。
と、いうことは病院のベッドで俺は寝ていたようだ。
「さて慧人さん、意識が戻ったところで体調はどうですか? 頭が痛かったり、視界がぼやけたり、耳鳴りがしたりしませんか?」
桜歌は身を乗り出してグイッと顔を近づける。
おそらく俺の顔色を観察するためだと思うが、桜歌みたいなカワイイ女の子に迫られるとさすがの俺もドキドキする。
「えっと、頭が痛いかな、後頭部がなんかズキズキするかも」
「後頭部ですか……脳震盪を起こして倒れたから、脳へのダメージが残ってますね。慧人さん、首筋の脊椎に近いところと、もっと上の額の裏側、どっちが痛いですか?」
「えっと、額の裏側かな」
「なるほど、なるほど。ちょっと、目を見せてください」
桜歌は俺の瞼を広げて瞳孔の中を覗き込もうとする直前、背後から伸びてきた手が桜歌の頭をガシッとわしづかみにして彼女を俺から引き剥がす。
「なにやってるのバカ娘ッ!?」
桜歌の頭をつかんだのは、彼女の母親であり、先日俺の保護者となった三智桜理さんだった。
桜理さんの容姿は桜歌に、とても似ている。
いや正確には、娘である桜歌が、母親の桜理さんに似ているだ。
桜理さんは今年で39歳なので、14歳の桜歌と瓜二つとはいかないが、顔の輪郭や、目や鼻といった顔のパーツの形が全く同じだ。
身長も桜歌と同じくらいで、おまけに若いころのスラっとした体形を桜理さんは維持している。
だから、二人が並んで立つと桜理さんと桜歌が親子なのだと思い知らされる。
「なにって慧人さんは脳震盪で倒れたから、瞳孔反応に異常がないか診ようと思って」
桜歌が悪びれずに答えると、桜理さんは鼻の先を指でつまみながら深々とため息を吐いた。
「なんで貴方が診察するのよ? ここは病院なの、素人が出しゃばらないで慧人さんの診察はお医者さんに任せなさい」
「それは……」
真正面から自分の落ち度を突き付けられて桜歌が口ごもる。
俺が知る限り桜歌は、バケモノと呼べるレベルで頭がいいが、それでも口喧嘩では桜理さんには敵わないようだ。
「まあまあ、お母さん。確かに患者の診察するのは私の役目ですが、娘さんの応急処置は見事でしたよ。彼女のおかげでほかの4人も命に別状はないです」
桜理さんと一緒に病室に入って来た白衣を着た男性医師が、桜歌の応急処置が見事だったことを褒め称える。
しかし、命に別状はないということは、裏を返すと桜歌の応急処置がなかったら――。
「もしかして俺、人殺しになりかけてました?」
俺は恐る恐る男性医師に聞いてみる。
一応、死なないように手加減したつもりだったが失敗したかもしれない。
「正直危なかったよ。
新井君は眼底骨折と重度の脳震盪があったけど、桜歌さんが頭を固定して患部を冷やしてくれたおかげで先ほど意識を取り戻した。
川原君は、食道に吐しゃ物が詰まって窒息する可能性があったけど、桜歌さんがきちんと吐かせてくれたおかげで窒息死を免れた。
田中君も鼻血が鼻の中で固まって窒息する可能性があったけど、桜歌さんがきちんと血を拭き取った上で、鼻腔内の血を吸い出してくれたおかげで命に別状はなかった」
「そうなんですか」
どうやら俺が気絶してしまった後に、桜歌に大変な迷惑をかけてしまったらしい。
「桜歌、なんか尻拭いしてもらったみたいだな。すまんかった」
「そう思うなら、もう二度と同級生相手にケンカはしないでください。慧人さんはプロレスラーみたいに首周りの筋肉をカチカチに鍛えていますが、普通の中学生はこんな鍛え方していないので慧人さんの怪力で殴られたら大変なことになります」
そう言いながら、桜歌は俺の首周りの筋肉を撫でる。
「えっ!? 首を鍛えるのはトレーニングの基本だろ、生存率が確実に上がるんだぞ」
首周りの筋肉を強化すれば、実戦の生存率が確実に上昇するのでPHCアマハラでは重要なトレーニングとして訓練科目に組み込まれている。
「日本では首を鍛えないと死ぬような生活をしている人なんてほとんどいませんよ」
桜歌はガックリと肩を落としあきれ声でつぶやいた。
「それじゃ、今度こそ慧人君の診察をしようか」
桜歌は自分の座っていた丸椅子を明け渡し、代わりに桜理さんと一緒にやってきた男性医師が座って診察を始める。
問診から始まり、瞳孔反応の確認、舌と喉の炎症反応の確認、心音と呼吸音の確認、最後に首を上下左右に曲げてみて痛みが無いか確認する。
「後頭部にズキズキする痛みがある以外は、特に異常はないみたいだね。竹刀で頭を思いっきり殴られたら頸椎を痛める可能性もあるんだけど、桜歌さんの言う通り首周りの筋肉をカチカチに鍛えていたから助かったね」
「先生、慧人さん大丈夫なんですか?」
桜理さんが緊張した面持ちで先生に診断結果について質問する。
「脳震盪のダメージ以外は特に問題はないでしょう。念のため今晩入院してもらって何も異常が無ければ明日には退院できますよ」
「そうですか、良かった」
お医者さんから俺のケガが大したことないと伝えられて、安心した桜理さんから肩の力が抜ける。
「ただし、脳震盪のダメージで脳に異常がないか確認する必要があるから、今晩は寝ないで待機してください」
「寝たらダメなんですか?」
「大変だと思うけど、脳に異常がある場合、寝ていると自覚症状が無いまま死んでしまうことがあるから、それを避けるためだね」
ニビルに居た時は訓練で思いっきり頭をぶん殴られてもそんなこと言われたことはない、
きっと肉体強化魔法が身体の細かい異常を瞬時に治していたのだろう。
「仕方ない。桜歌、悪いけど俺のニンテンドウX持ってきてくれ。一晩寝られないならゲームでもやらないと暇だからな」
「慧人さん、それはダメですよ。脳震盪を起こして脳にダメージを受けた場合、ゲームやパルスフォンを見て脳に刺激を与えるのはNGなんです」
桜歌は真剣な表情のまま両手で大きなバツ印を作る。
助けを求めてお医者さんに視線を向けると、彼は桜歌の言葉を肯定するよう無言でうなずいた。
「マジですか」
一晩徹夜で何もせず安静にしているなんて、想像しただけで気が重くなる。
「慧人さんはもう魔法が使えなくなっているんです。今夜一晩、そのことをしっかり噛み締めてください」
「あくまで慧人さんの命を守るための処置だから我慢してね」
桜歌と桜理さんの二人にさとされたらうなずくしかない。
今回の一件で、二人に頭が上がらなくなってしまった気がする。
「あと退院したあと、脳に刺激を与えるなとは言いませんが、一週間は激しい運動は行わずに安静に過ごしてください」
「一週間トレーニング禁止か、身体がなまっちまうな」
日本に来てもトレーニングは続けるつもりだったが、いきなり激しい運動は禁止だと言われてしまった。
本当に踏んだり蹴ったりだ。
「好都合じゃないですか。慧人さん、明日から10日間の停学処分を受けているので、家で大人しくしてください」
本作を読んでいただきありがとうございます。
私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。
お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。
そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。
如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。




