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第8話

――三智慧人


 草魔法≪ミドリノヤイバ≫


 絶体絶命だと思ったそのとき、上空から飛来した多数のコノハが俺を狙うリュウシホウと激突した。

 数万度に熱せられた荷電粒子は、多数のコノハを燃やすためにエネルギーを使い切り消滅する。


「慧人、生きてる?」


 背後から声をかけてきたのは、バディの時子だった。

 俺が危機に陥っているのを察して、草魔法で援護してくれた。

 ミドリノヤイバは、多数のコノハで敵を切り裂く魔法だが、魔法で肉体を強化した相手には皮膚を切り裂く程度の威力しかないのでマモノを倒すための攻撃魔法としては価値が低い。

 しかし、多数のコノハで弾幕を張れる特性を利用すれば、リュウシホウのように高熱で敵を焼く魔法に対してとても便利な盾となる。


「リュウシホウは私が防ぐから、慧人はとにかく前に出て敵の注意を引いて」

「あいよ」


 俺は時子を信じて突撃する。

 ライコウを俺が、リュウシホウを時子が対処できるこの状況なら、ジリュウの届く距離まで接近できる。

 デンコは苦し紛れにライコウを撃ってくるが、俺はカッショクの槍を盾にして光速の電撃を防御する。

 いいぞ、いまデンコは俺の接近を防ぐことの頭がいっぱいになっている。


「わおぉぉぉぉぉんッ!!」


 雄叫びをあげながら二つの影がまるで風のように飛び込んでくる。


 火魔法≪アカノヤイバ≫

 氷魔法≪シロノヤイバ≫


 上空から襲来した二つの影がデンコの背中に火傷と凍傷の傷を負わせる。

 俺と同じ三智隊の隊員であるカ・キリとカ・マリだ。

 二人はオオカミから進化した知的生命体ウルディンで同じ日に生まれた双子の兄妹だ。

 虎毛の毛皮をまとうウルディンが兄であるカ・キリ。

 魔動兵器は虫・火属性のトマホーク『ノヤキ』。

 胡麻毛の毛皮をまとうウルディンが妹であるカ・マリ。

 魔動兵器は虫・氷属性のトマホーク『ノガラシ』。

 虫魔法≪クモノイト≫を巻き付けたトマホークを木の幹や建物の壁に突き刺して空中を高速移動するのが二人の得意技で、上空から繰り出される連携攻撃は対処がとても難しい。


「慧人、一人でよく持たせた。腕を上げたな」


 イヤホンマイクから少しクセのある機械音声が聞こえてくる。

 これはカ・キリの、正確にはカ・キリのパルスフォンにインストールされたボイスロイドの音声だ。

 技術の進歩とは便利なもので、最新技術によって発声器官が異なるクサリクとウルディンは言葉を交わして意思疎通が出来るようになった。


「うるせー、お前らが遅いんだよ」


 軽口を叩きつつジリュウを構えて突撃する。

 俺の役目はあくまで陽動。

 正面にいる俺に注意を引き付け、木の幹に張り付いている二人が攻撃するスキを作るのだ。

 しかし、デンコは突撃する俺を魔法で迎撃しない。


「魔法は打ち止めか? なら死ね!!」


 俺が顔面目掛けて放った突きをデンコは口で受け止めた。

 しかし、突きを口で受け止めるのは愚策だ。

 俺は満身の力で剣を押し込み、デンコの口の中と喉の奥を刺し貫く。

 加えて上空で魔力が収束していくのを感じる。

 カ・キリと、カ・マリがトップアタックを仕掛けるつもりだ。

 俺は二人を援護するためにデンコをこの場にクギ付けにしようと試みるが、デンコが上半身をブンブンと振り回して抵抗すると力負けしてジリュウごと放り投げられてしまう。

 だが、十分時間は稼いだ。

 あとは二人がデンコの首を落とせば決まりだ。

 と――思った直後、デンコは上空を向いて口の中にたまった大量の血を噴水のように吐き出した。

 上空で舞い広がった血が拡散し薄い血の霧を作りだす。

 トップアタックを仕掛けたカ・キリとカ・マリが血の霧の中に飛び込んでいく。


「ヤバイッ! 逃げろッ!!」


 空気は電気抵抗が大きい絶縁体。

 だから空気中の広範囲に電撃を撒き散らすのは難しい。

 でも、空気中に血液が散布されていたら話は別だ。


 雷魔法≪ケツライ≫


 血を介して作り出された電撃の結界に突撃したカ・キリとカ・マリは、飛んで火に入る夏の虫同然だった。

 全身を高圧電流にさらされて感電した二人は動く力を失って地面に墜落する。


「クソがあッ!」


 二人を守るためにデンコに突撃を敢行するが、デンコは即座にライコウで牽制してくる。

 ライコウを撃たれたらカッショクノヤリで防御せざる得ないので、俺はデンコに近づけない。

 デンコの野郎、俺を近づけないように牽制しながら二人にトドメを刺すつもりだ。


「慧人、続けろ。お前が注意を引き付けて奴にライコウを撃たせ続けるんだ」


 イヤホンマイクから聞き慣れたオヤジの声が聞こえてくる。

 オヤジが奇襲するスキをうかがっているなら希望はある。

 俺はオヤジの指示通りに愚直な突撃を敢行する。


 雷魔法≪ライコウ≫

 土魔法≪カッショクノヤリ≫


 俺が、デンコのライコウをカッショクノヤリで防御した直後。


 ゴオオオオオオッ!!


 風切り音が、森の中に木霊する。


 風魔法≪コノハオトシ≫


 全身に風をまとったオヤジの飛び蹴りがデンコの脇腹に直撃した。

 大質量攻撃を食らったデンコは数十メートルにわたって吹き飛ばされ、折れた木の幹の下敷きになる。


「やったか?」

「この程度で死ぬわけないだろッ! 時子、カ・キリとカ・マリを回収しろ。奴の相手は俺と慧人の二人でやる」


 オヤジの指示を受けて、時子が感電して動けなくなったカ・キリとカ・マリを抱えて安全な場所に避難させる。


「グオォォォォッ!!」


 オヤジの言う通りデンコはあの程度では殺せるマモノではなく、のしかかった木の幹を押しのけて地獄の底から聞こえてくるような咆哮と共に突撃してくる。


「今度は俺が引き付ける。慧人、お前がトドメを刺せ」

「引き付けるって、オヤジは……」


 竜魔法≪リュウノイブキ≫


 俺の忠告を聞かずにオヤジは、腰に差した日本刀を抜いてものすごいスピードでデンコに突撃を敢行する。

 デンコは当然ライコウで迎撃してくるが、オヤジはライコウが発射される直前に左に転がって光速のライコウを回避する。

 リュウノイブキを使っていたとしても信じられない芸当だ。

 オヤジが握っている日本刀も魔動兵器で、名は『レンゲオウ』、属性は竜と風だ。

 リュウノイブキは竜属性の基本的な魔法で、使用すると全身の細胞が竜の呼吸器官気嚢に変化する。

 気嚢は竜に連なる生き物だけが持つ特殊な呼吸器官で、体内に酸素が消費されていない新鮮な空気をストックしておく袋を用意しておくことで、肺に運動するために必要な酸素を常に供給し続けることができる。

 つまり、気嚢があれば全力疾走を長時間連続して続けることが可能になるのだ。

 哺乳類であるオヤジがリュウノイブキを使えば運動能力が爆発的に向上するが、それでも光速の攻撃を回避する方法なんて想像もつかない。

 オヤジはあっという間に刀の間合いに距離を詰めると、手始めにデンコの脇腹を袈裟懸けに切り裂いた。


「ガオォォォッ!」


 パッ!と鮮血が飛び散り、デンコが怒りの咆哮を上げるが、デンコが振り向いたときにはオヤジは背後に回り込んでいた。

 ヒュンと刀を一閃し、こんどはデンコの後ろ足の腱を切った。

 大丈夫、オヤジは冷静だ。

 刀を肉や骨に絡めとられないよう深く切り込まず、浅く広く肉を削いでデンコが反撃してもすぐに退避行動が取れる安全マージンを残している。

 俺はオヤジの言葉を頭の中で反芻しながらジリュウを右肩に担ぐ。


『今度は俺が引き付ける。慧人、お前がトドメを刺せ』


 トドメを刺すには安全マージンを捨てて全力で斬り込まなくてならない。

 そのためにはスキがいる。

 しかも、小さなスキじゃダメだ。

 デンコが全力で魔法使ったあとの大きなスキが必要だ。

 蝶のように舞い蜂のように刺すオヤジの戦いぶりを見ながら、俺は脳みそをフル回転させる。

 思い出せ、今までの奴の行動を、デンコが状況に応じてどんな魔法を使うのかを。

 俺の目の前で接近戦に苦戦していたデンコが空中に口の中にためた血をぶちまけた。

 あれは、カ・キリとカ・マリがやられた雷の結界。

 二人は初見殺しを食らったが、何が起こったのか察したオヤジはデンコの脇腹を蹴って危険地帯から退避する。


 雷魔法≪ケツライ≫


 デンコがぶちまけた大量の血を触媒にして奴の周囲が緋色の雷光に包まれる。

 しかし、間一髪の差でオヤジは範囲攻撃の間合いから離脱に成功していた。


「いまだああああッ!!!」


 獣魔法≪ケモノノハドウ≫


 接近戦を仕掛けた敵を迎撃するために範囲攻撃をしかけた直後、それがデンコという恐ろしいマモノが最も大きなスキを見せる瞬間だ。

 俺は範囲攻撃が終息する瞬間を狙ってデンコの懐に飛び込み、右肩に担いでいたジリュウを全力で振り下ろす。

 一撃だ。

 一撃で奴の首を両断する。

 そのために必要なのは力も技でもない、魔法だッ!

 俺はジリュウの鞘越しに木の幹を押し返した瞬間を思い返す。

 あの時は何も考えずに木の幹に運動エネルギーを叩きつけたが、あれではダメだ。

 研ぎすませ。

 鋭く、鋭く、鋭く――俺が握るジリュウの刃よりも鋭く力を放て。


 獣魔法≪ケモノノヤイバ≫


 俺の斬撃はプリンにスプーン突き刺すような勢いでデンコの頸椎に突き刺さり、脊椎骨を切り裂き、頸動脈を両断した。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 息が苦しい、心臓がバクバクと早鐘を撃っている。

 俺は目の前にあるデンコに視線を向ける。

 本当に俺がやったのか?

 体長4メートル以上、体重は俺の十倍はありそうな巨大なマモノが首を落とされ力なく崩れ落ちていた。


「やったあッ! スゴイッ! 慧人すごいよ」

「時子も援護ありがとう。助かったよ」


 駆け寄って来た時子がギュッと俺に抱きついてくる。

 少し遅れてオヤジも笑みを浮かべながら近づいてきた。

 こうして、定期便を襲撃したデンコとの戦いは―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――まだ終わっていなかった。

 魔力が集束するのを感じて振り向くと、切断したデンコの頭部が憎悪に燃えた瞳で俺をにらみつけていた。


 雷魔法≪リュウシホウ≫


 身体から切り離され頭だけになったデンコは消えかかけた命の残り火を使って復讐の一撃を放つ。

 ダンッ!

 直後、俺と時子は何者かに突き飛ばされた。

 いや、誰なのかは考えるまでもない。


「オヤジッ!」


 慌ててオヤジの方に振り返ると、さっきまで俺が立っていた場所にオヤジが居た。

 オヤジは俺と時子が立ち上がるのを見ると、笑顔を浮かべたままその場に崩れ落ちた。


「隊長、すぐ手当てしますッ!」


 時子はそう叫ぶが、オヤジの身体は右肩から心臓にかけてリュウシホウの直撃を受けてごっそりと削り取られていた。

 悔しいがどう考えても致命傷だ。

 俺が膝をついて顔を近づけると、オヤジは絞り出すように言葉をつむぐ。


「強くなったな、慧人」


 それが俺の父親、三智怜央の最後の言葉だった。


挿絵(By みてみん)

本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

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