第6話
――三智慧人
時は2週間ほどさかのぼる。
オヤジが死んだあの日は、思い返してみると日が暮れる前から不穏な空気が漂っていた。
夜の帳が落ち、星一つない暗い夜の中、森を切り開いて作られた街道を3台の竜車が時速10キロくらいのゆったりとしたスピードで走っていた。
編成はパキリノサウルスが牽引する中型の貨物車が2台と、巨大なトリケラトプスが牽引する大型の旅客車が1台。
この車列は定期便と呼ばれていて、日本とウルクとの旅客貨物運送の大動脈として1日2回、365日休み無しで運行されている。
特に大型の旅客用竜車はオントネーゲートからウルクへ行く観光客が年々増えていくことに対応して日本の旅行会社とウルクの鍛冶師が共同開発した代物で。
ボディやフレームに軽量で強度の高いチタン合金を使い、内装も軽量化を徹底して、全長25メートル、全幅4メートルに達する大型車両でありながらトリケラトプス一頭で牽引することを可能にしたすごい代物だ。
車両の形状は地球の大型バスとよく似た箱型で、長方形の大型車両を巨大なトリケラトプスが牽引する姿は観光客にとても好評だ。
車を引くトリケラトプスの角先に取り付けたヘッドライトの明かりを頼りに、闇夜を切り裂くように走る旅客車の屋上に俺は立っていた。
やっているのは周辺監視。
ヘッドバンドに取り付けた暗視装置越しに、周囲の森にマモノの影が無いか監視するのが俺の任務だ。
車の大小を問わず竜車の屋上は、護衛のマモノハンターが周辺監視をするための見張り台として機能するように設計されることが多い。
さらに俺が乗っている旅客用竜車の場合は転落防止用の安全柵を備えていて、昼間は展望台として乗客にも開放している。
しかし、日が落ちた後にこの場に残っているのは護衛のマモノハンターである俺と牙門時子だけだった。
周辺監視任務は、基本的に何もない森をずっと眺め続けるだけなのでとても退屈だが油断するわけにはいかない。
もし、この竜車がマモノに襲われたら、下に居る乗客30人とスタッフ7人の命を守れるのは俺達しかいないのだ。
それに、先ほどから気になることがある。
「時子、ビーコンの位置情報ひろえたか?」
俺はバディを組んでいる時子に、街道沿いに設置したビーコンから位置情報が受信できたか聞いてみる。
ニビルには宇宙にあげた衛星から情報をもらうGPSなんて便利なものは無い。
しかし、定期便を運航する以上、運行スタッフや護衛のマモノハンターは自分の現在地がどこなのか確認する必要があるので、街道沿いに埋め込んだビーコンが発信する位置情報データを受信して自分の現在地を確認する。
風の噂に聞いた話だと、最初は巨大な電波塔を建ててニビルでも地球と同じような無線通信網を作ろうと企んでようだが、電波塔を建てたら翌日にはマモノに破壊されてしまう事態が続いて計画は早々に頓挫。
けっきょく街道沿いを測量して作った地図アプリに、目立たないように地面に埋めたビーコンが発信する位置情報を読み込ませて現在地を確認するシステムに落ち着いた。
ビーコンはピンポン玉くらいのサイズで値段も安価。
壊れてもスコップ一つで新しいものに交換できる。
インフラなんてどれだけ豪華なものを作ってもサービスを継続できないと意味がないので、ビーコンを使ったシステムはニビルの事情に見合った通信システムだと思う。
しかし……現状、そのビーコンを使った通信システムが機能していない。
「ダメみたい。もう、1時間以上ビーコンから情報を拾えていない。現在地の確認はずっとラス君頼りだよ」
時子はゲンナリした口調でそう答えた。
狙撃手を勤める彼女は、頭からスッポリフードを被り両目を覆うタイプの暗視装置を身につけているのでどんな顔をしているか判らないが、おそらく不穏な雰囲気を感じ取って眉をひそめているだろう。
「ラス。ウバイドマップ起動。現在地表示」
俺は右手で喉元を抑えながら小声を発する。
呼びかけに答えて左腕のアームカバーに入れているパルスフォンが街道沿いの地図アプリを立ち上げ現在地を表示する。
俺が呼びかけたラスは、パルスフォンにプリインストールされているAIで、使用者はラスに命じることでパルスフォンにインストールされたあらゆる機能を自由に呼び出すことが出来る。
「確かに、ビーコンからの通信が一時間前から途切れてるな」
地図アプリには一応俺達の現在地が表示されているが、この表示はラスが最後に受診した位置情報のデータをもとに予測演算したものだ。
地図アプリには位置情報の最終確認時刻17:42と表示されているが、現在の時刻は18:50なので、68分間もビーコンから位置情報が拾えていないことになる。
定期便が走る街道ではおよそ15分ごとに位置情報を受信できるようビーコンが敷設されている。
ビーコンが壊れて位置情報を送ってこなくなることは珍しくないが、特定の場所で複数のビーコンから情報が取れなくなっているなら、これは明らかな異常事態だ。
「ラス。通話アプリ起動、三智玲央につないでくれ」
俺はいま起こっている異常事態について報告するため、オヤジのパルスフォンに通信を入れる。
「こちら玲央。慧人、なにか変なものでも見つけたか?」
ビーコンとは違い、パルスフォン同士の通信は良好で、聞きなれた野太い声が耳の奥から聞こえてくる。
「オヤジ、何か見つけたわけじゃないが異常事態だ。さっきウバイドマップで現在地を確認したらビーコンとの通信が68分前から途切れている。理由はわからないが現状ビーコンから情報を拾えなくなってる」
「通信異常か――時子の端末でも確認したか? お前のパルスフォンが壊れただけじゃないのか」
「時子の端末でも同じだ。ウバイドマップの位置情報最終確認時刻が17時42分で止まってる」
その報告を聞くと、オヤジはしばらく黙り込む。
「今の話は、俺からカ・キリとカ・マリに伝えておく。慧人と時子もマモノの襲撃に備えて天眼を使って周辺監視に当たれ」
オヤジも事態の異常性を察したようで、天眼を使ってマモノの魔力反応を探るように指示が飛んで来る。
天眼は、全ての魔法の基礎となる肉体強化魔法の一つだ。
強化されるのは魔力の流れを感じ取る第六感。
第六感は身体の中の魔力の流れを感じる内向きの感覚器官だが、天眼を使うとその知覚範囲が拡大して自分の周囲で発生した魔力の動きも感じ取れるようになる。
「了解だ。オヤジの方も気を付けろよ」
「当たり前だ。あと慧人、作戦中は隊長と呼べ。たとえ親子でも作戦中は上司と部下だ」
「わかりましたよ、隊長殿」
俺は捨て台詞を言ってオヤジとの通信を切る。
俺達はマモノハンターだが、フリーランスではなくとある企業に所属している。
会社の名前はPHCアマハラ。
設立から20年近いの歴史を持つ、世界で最初に誕生したプライベートハンターカンパニーだ。
マモノハンターが会社を作るメリットは、体系的なマモノハンターの教育プログラムを作れることと、国から大きな仕事を受注できることだ。
PHCアマハラが設立される前は、マモノハンターは全員フリーランスで、教育も師匠が弟子を鍛える一子相伝という形で行われていた。
そういう状態では、マモノハンターになれるかどうかは本人の意思や才能より、運よく優秀な師匠に出会えるかどうかが重要になってしまう。
国からの仕事だってそうだ。
大事な仕事を任せるならいつでも逃げ出せるフリーランスのマモノハンターではなく、多数のマモノハンターを社員として雇用する企業に任せたいと思うのが普通だ。
定期便の護衛なんてその最もたるもので、日本とウルクの交易の大動脈である定期便の護衛任務を独占的に受注することと引き換えに、PHCアマハラは日本政府とウルク政府の両方に株式の一部売却を求められたという話だ。
PHCアマハラは現在、92名のマモノハンターが所属し、18の分隊が編成されているが、各分隊に序列はなく、隊長の名前が隊の名称として採用される。
俺の隊は、隊長がオヤジの三智怜央なので三智隊だ。
隊員は5名で、俺とオヤジのほかに、俺のバディを勤めるクサリクの牙門時子、あとウルディンのカ・キリとカ・マリの兄妹が前方の輸送車の見張り台で周辺監視の任務に就いている。
「それじゃ、いっちょ気合い入れて周囲の様子を探りますか」
獣魔法≪天眼≫
肉体強化魔法の発動は、電化製品のスイッチを入れるのに似ている。
強化したい身体の機能を制御する脳の部位に魔力を流し込み、肉体の機能を強化する。
「おわッ! なんだ、これ?」
天眼を発動しただけで、自分の周囲に奇妙な魔力の流れがあることに気づいた。
人体に影響を与えないレベルの弱い魔法の波が、自分の元に押し寄せたり、森の奥に引いたりを繰り返している。
「慧人、この魔法ヤバイよ。この波、雷属性だ」
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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