第5話
――三智慧人
俺の目の前で3人の男が横たわっている。
1人目は、後頭部を蹴っ飛ばして意識を刈り取った。
2人目は、張り手打ちで三半規管を揺らして平衡感覚を奪い、フラフラと千鳥足になったところで金的蹴りを叩き込んだら動かなくなった。
3人目は、タックルで強引に押し倒し、馬乗りになって顔面に鉄槌を振り下ろしたら5発殴ったところで意識を失った。
「なんなんだ、お前ッ! 何者なんだ!?」
俺に金を寄越せと言ってきたリーダー格のボスゴミが意味の分からない質問をしてくる。
「何者って、俺は三智慧人。今日この学校の生徒になった転校生だ」
だいたい質問したいのはこっちの方だ。
俺が無抵抗で殴られていた時はゲラゲラ笑っていたくせに、ひとたび反撃に転じたら、俺に攻撃することも、仲間を守ることもせず、仲間が戦闘不能になった後にピーチクパーチク文句だけ言ってくる。
「無意味に口だけ出すのもゴミの習性か? いい機会だ。俺がお前らを人の痛みがわかる真人間に矯正してやる」
俺が腰を落として攻撃体勢を取ると残る二人は対照的な反応を見せた。
一人は俺の背を向けて脱兎のごとくこの場を逃げ去る。
そして最後の一人、ボスゴミは……。
「うおおおおおッ!」
と、雄叫びを上げながら殴りかかってきた。
逃げる方が状況判断としては正しい。
しかし、絶対に勝てないと判ってる相手に戦いを挑むこいつの方が矯正のしがいがありそうだ。
「お前、戦闘訓練受けてないだろ。そうやって振りかぶって殴ったらタイミングが丸わかりだし、スピードも遅くなる」
俺は顔面目がけて飛んで来るボスゴミの拳を回し受けで払いのけ、ほぼ同時に学ランの中に着込んでいたパーカーの首元を右手でつかむ。
左手で学ランの袖をつかんでボスゴミの動きを拘束し、ご丁寧にガニ股に開いていた両足の隙間に右足を差し込んだ。
柔道で袖つり込み腰と呼ばれる投げ技で俺はボスゴミを投げ飛ばす。
ボスゴミの身体はまるでバネ仕掛けの人形のように宙に跳ね上がり、それから重力に従って地面に叩きつけられる。
「ぐえぇぇぇッ!!」
ボスゴミを投げ飛ばすと同時に自分も飛んで、投げ飛ばしたボスゴミ上にのしかかると、肺と胃を強く圧迫されたボスゴミは潰れたカエルみたいな悲鳴を上げた。
「まだまだ行くぞッ!」
せっかく腕を取ったんだ。
放してやる義理はない。
俺は左手でガッチリつかんだパーカーの袖を引っ張ってボスゴミの左腕を固定して、両足を伸びきったボスゴミの左腕に絡ませる。
「おいッ! 何する気だ、テメ――ぐはあっ!!」
俺が仕掛けたのは柔道で腕十字と呼ばれている関節技だ。
関節を極めるために背筋のパワーを全て使えるので、完璧に決まれば短時間で敵の腕をへし折ることが出来る。
「今回は腕一本で勘弁してやるよ」
「あっ、あががががッ!」
肘関節に逆方向の負荷をかけられた痛みでボスゴミが悲鳴をあげる。
これが5人で俺を袋叩きにしようとした代償だ。
腕をへし折られたら自分の無力さを痛感し、少しは人の痛みがわかるようになるだろう。
「慧人さん、ダメェ!!」
俺がボスゴミの腕をへし折ろうとした直前、聞き慣れた少女の声が響き渡った。
桜歌は小動物のような見た目とは不釣り合いな力強い足取りで、俺のもとに駆け込んでくる。
「慧人さん、これ以上暴力を振るうのはやめてくださいッ!」
桜歌に暴力を止めるように言われたが無視する。
こいつは俺が捕らえた獲物だ。
獲物を捕らえたあと、トドメを刺さず逃がすなんてハンターとしてあり得ない。
「慧人さん、気持ちはわかりますがどう考えても過剰防衛です。お願いだからやめてください」
俺は何を言われようと、腕をへし折るためにギチギチと関節に負荷をかける。
桜歌にも何か言い分があるみたいだが、文句はボスゴミの腕を折っあとでいくらでも聞いてやる。
「いた、痛いッ! まいった! ゴメン! たすけて……」
ボスゴミは何の意図があるかわからないが、パンパンと地面をたたく。
さらに、桜歌が俺の頭をつかんで、ボスゴミと俺を引きはがそうとしてくる。
「お願いだから、板場さんを放してくださいッ!」
ボスゴミを助けるために桜歌は必死になっているみたいだが無駄だ。
俺を止めたいなら後頭部に蹴りを入れるべきだ。
後頭部を蹴られたら小柄な桜歌が相手でもダメージは避けられない。
しかし、人を傷つけることを恐れて頭を引っ張るなんてヌルイやり方で対処したら、俺の体勢は崩せない。
桜歌と力比べをすること数秒。
ボスゴミの腕がいまにも折れそうになった、その時――。
「オッカ! どいてッ!!」
俺の知らない少女の声が聞こえてくる。
横隔膜を震わせて、腹から出された掛け声は桜歌とは比べものにならない声量で周囲に響き渡る。
少女の掛け声を聞いて桜歌がその場を跳び退く。
ゾクン!!!
みぞおちをナイフで刺されるような激しい危機感を感じた俺は、腕十字を解いて反射的にその場を飛び退いた。
ダンッ!
地面を激しく踏み込ぬく鈍い音と共に、俺が直前まで居た空間を竹刀が一閃した。
あぶねえ……逃げていなかったら竹刀を脳天にぶち込まれていた。
「やるじゃない。私の姿は見えていなかったはずなのに。貴方がマモノハンターっていうのは嘘じゃ無さそうね」
そうつぶやいたのは、当たり前のことだが初対面の少女だった。
身長は同年代の少女に比べると長身で、背中まで伸ばしたロングヘアをポニーテールにしている。
身に着けているのは白地の剣道着。
稽古途中に駆け付けたせいなのか、胴着は汗で軽く肌に張りついている。
年齢は桜歌や関谷さんと同じはずだが、長身と高い頭身のせいで、美少女ではなく美人と呼んだ方がシックリくる大人びた雰囲気をまとっていた。
「きいさん助かりました。悔しいですが、私じゃ慧人さんは止められなかったです」
「気にしないでオッカはあくまで頭脳担当。そして、暴力担当はあたしだ」
きいと呼ばれた少女は、親指で自分を指さし高々と自分は暴力担当だと宣言する。
大人びた美人に見える容姿とは対照的に、かなり男勝りな性格をしているようだ。
「三智慧人君だっけ、今日はこのくらいにしない? 野球部の連中は救いようのないアホだけど、もう十分痛めつけたでしょ」
「そうだな……」
ちらりとゴミ共に視線を向ける。
俺が殴り倒した3人は意識を失って地面に転がり、板場と呼ばれたボスゴミは骨折こそ免れたものの関節技のダメージでうめき声をあげながらその場にうずくまっている。
もう十分痛めつけかと聞かれたら……。
「不十分だ。俺はまだ板場の野郎にトドメを刺していない」
板場の右腕はまだつながっている。奴の腕をへし折らないとトドメを刺したとは言い難い……が、そんなことはただの建前だ。
もう、ゴミ達のことはどうでもいい。
雰囲気だけでわかる。
きいは、板場とは比べ物にならないくらい実力を有するツワモノだ。
彼女の剣が見たい。
俺は、その欲望に抗えない。
「仕方ないなあ――なら勝負だッ! マモノハンター」
瞬時にきいの顔から表情が消え失せ、彼女は後退して5メートルほど間合いをとると、両足と腰を落として前傾姿勢となり、竹刀を右肩で担ぐような構えを取る。
明らかに剣道の構えではない、走りながら敵を切り捨てることを想定した剣術の構えだ。
対して俺は全身に筋肉の緊張を解き自然体となる。
こうやって全身の筋肉から緊張を解き脱力しておけば、敵がどんな攻撃をしてきたとしても瞬時に対応することができる。
「ちぇええええええい!!!!」
きいは叫声をあげながら弾丸のような勢いで突っ込んでくる。
脚力を生かして高速で突撃し、担いだ竹刀を最速で振り下ろす。
原理は単純だが強力な技だ。
受けたら突撃の運動エネルギーが乗ったきいの剣に押し込まれてしまうし、逃げようとすればスピードが乗ったきいに追いつかれて背中を切られることになる。
弱点があるとすれば……。
「その技は突きに弱いッ!」
正確には振り下ろす剣よりも間合いの長い攻撃に弱いだ。
まっすぐ突っ込んでくる技の性質上、自分よりも間合いの長い武器で迎撃されたら避けようがない。
ただし、剣を持っていない俺は別の技で対抗する。
俺はその場で身をひるがえし胴回し回転蹴りを繰り出した。
拳より間合いの長い蹴り使い、上半身を最大限かがめることでコンマ1秒だけ彼女の竹刀より、俺の蹴りが先に相手に到達する。
「そんなことは百も承知だッ!」
俺の考えを見透かしたかのように、きいは担いだ竹刀から右手を手放した。
胴回し回転蹴りは、彼女が両手で竹刀を振ることを前提に繰り出した返し技だ。
しかし、彼女が竹刀から右手を放し左片手で繰り出したことにより、俺の蹴りの届かない位置からきいの竹刀が飛んで来る。
ガツンッ!!
脳天を竹刀で強打された衝撃で、俺の視界は真っ白に染まった。
気が付いた時には俺は脳震盪を起こし、その場に崩れ落ちていた。
「慧人さんッ! 生きてますか? 大丈夫ですか?」
俺がぶっ倒れたのを見て、桜歌が泣きそうな顔で助け起こしてくれる。
悪い桜歌、脳を激しくシェイクされたダメージで意識を保てそうにない。
だけど、これだけは言わせてくれ。
「すごい剣だった」
自分を打ちのめした勝者に賛辞を贈った直後、俺は最高にいい気分のまま意識が落ちた。
本作を読んでいただきありがとうございます。
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