第11話
――三智桜歌
キーに泳ぎ方のコツを聞いた私は、慧人さんにビート版を使ってバタ足と水かきの反復練習をするよう指導した。
いくら慧人さんの身体能力が高くても1日で泳ぎをマスターするのは不可能なので、まずはクロールの基本動作を身体に覚え込ませた方がいいと思った。
慧人さんが自主練をしている間に、私とアサミンも目標としていた1500メートルを泳ぎ切り、今日のプールトレーニングは無事に終えることが出来た。
「しかし、そういうとこ見ると本当にお前等は仲良いんだな」
「必要に迫られてしかたなくやっているんですよ」
私と、キーと、アサミンは髪を乾かすために車座を作って私はキーの髪に、アサミンは私の髪に、キーはアサミンの髪にドライヤーをあてている。
長い髪はただ乾かすだけだとボサボサになってしまうので、乾かしながら櫛を入れて梳いたり、ヘアクリームを馴染ませたりする必要がある。
自分でやろうとすると鏡を見ても後頭部が見えなくて大変なので、車座になって友人にヘアケアをお願いするのが一番効率のいい作戦だ。
付け加えると、プールに入ったあとは肌が極端に乾燥するので、3人とも使い捨てのフェイスパックを顔に貼ったまま、友人のヘアケアをしている。
顔にフェイスパックを貼ったまま友人のヘアケアをしていると、男子には怪しい儀式をしているように見えるらしいので、こういう姿はあまり男子には見られたくないが、この施設はドライヤーが更衣室になくロビーにしか置かれていないので、ときには恥を忍んで実を取る勇気が必要になる。
「きいさんの髪は相変わらず素直でうらやましいです」
キーのヘアスタイルは、髪を背中まで延ばしたロングヘアだがこの髪型が出来るのは彼女の髪質がクセ知らずのストレートだからだ。
櫛を入れてもほとんど引っかかるところがなく梳くことができるので、彼女の髪を触るのはけっこう楽しい。
「あたしは髪質が素直過ぎて他の髪型にできないんだよね。桜歌みたいにフワッとした髪型もかわいいと思うんだけど」
「そんな、隣の芝は青いみたいなこと言わないでください。私はクセッ毛のせいでこれ以上髪伸ばせないんですよ」
「わかるッ! この時期は湿気で髪跳ねるんだよね」
同士であるアサミンが私の意見に同意してくれる。
彼女は私の髪を乾かしたあと、跳ね方がひどいところに携帯式のヘアアイロンを当てて直してくれる。
本当に頼りになる友人だ。
「でも、アサミンの髪もけっこう素直だぞ。今日もクリームで保湿するだけで済みそうだし」
キーは、アサミンの髪を乾かしたあとに彼女の髪にヘアクリームを馴染ませている。
プールに入ると肌だけじゃなく髪も乾燥するので、きれいな髪を守るためにはクリームでの保湿が必須なのだ。
「私は先週ストパー入れてもらったから。この時期は湿気のせいでヘアセットするのが大変だから、毎年、お母さんと、お姉ちゃんの3人で美容院に行くんだよね。大変なら桜歌もストパー入れてもらったら?」
「お金を無駄にするだけなので、やめておきます」
ストパーとはストレートパーマの略称で、美容院でクセッ毛をキーみたいなストレートヘアに直す縮毛矯正のことだ。
かつて私もキーみたいなストレートヘアに憧れて一番高いコースのストパーをかけてもらったことがあるが、私のクセッ毛はすごく頑固だったようで二週間と経たずに髪が跳ねるようになった。
ストレートパーマの効果に個人差があるのは知っていたが、この結果は私の心を折るのに十分な破壊力があった。
そんな感じでプール後のヘアケアをしていると、不意に私のパルスフォンが音楽を奏で始めるる。
曲は数年前に放送された私の好きなアニメのテーマソング。
そして、この曲が流れたということはお母さんから電話がかかってきたことを意味する。
何の話があるのか気になるが、プールからあがったばかりの私はパルスセンサーもイヤホンマイクも身に着けていないので話をすることが出来ない。
「慧人さん、いまお母さんから電話がかかってきたんですが、私は話ができないので、慧人さんが代わりに受けてくれませんか?」
「あいよ。こっちに転送してくれ」
暇を持て余していた慧人さんが、自分のパルスフォンをかざして見せてくれたので、私はタッチパネルを操作してお母さんからの着信を慧人さんに転送する。
「はい、こちら代理応答の三智慧人です。桜歌は現在、話が出来ません。――いえ、プールからあがったばかりだから髪を乾かしてるだけです。特に事故やケガ等のトラブルはありません」
無事、お母さんからの着信を慧人さんのパルスフォンに転送できたらしく、彼がお母さんと話し始める。
「桜理さんから電話か、何かしら?」
「そんな大したことじゃないと思うんですが」
慧人さんはお母さんと二言三言話しをすると、私に向かって手を振った。
「桜理さんから、今仕事終わったから外で晩御飯食べないかって誘われた。友達もいるなら御馳走するから一緒においでだって」
「なんだ、外食の誘いか」
キーは拍子抜けしたようにつぶやくが、アサミンの表情は若干硬くなる。
おそらく私も似たような顔をしているだろう。
「桜歌、どう思う?」
「そんなの行ってみないとわかりません」
慧人さんが聞いているのは単なる晩御飯のお誘いだが、お母さんは弁護士だ。
職務上、絶対に大切なことを電話口で話したりしない。
「とりあえず、私は行こうかな。多分、お姉ちゃんも友達と一緒に晩御飯食べに行くと思うし、桜理さんからのお誘いなら許可はもらえると思う」
「あたしは、パスだな。家で母さんが晩御飯の用意をしているから帰るよ」
アサミンが一緒に来るのも、キーが断るのは予想通りだ。
キーの両親は共働きで忙しく働いているので平日は彼女が家族の夕飯を作っているが、週末はご両親が腕によりをかけて手料理を作ってくれる。
だから鹿島家では、週末は家族そろって夕飯を食べるのが暗黙の了解になっている。
「お母さんに、私と、亜沙美さんと、慧人さんの3人が行くと伝えてください」
私がそう叫ぶと、慧人さんは了解と言わんばかりに手を振ってくれる。
「桜理さんから、まだ店の予約していないから行きたいところがあるならリクエストは聞くって」
どうやらお店の選択権は私にあるようだ。
アサミンと視線を合わせると、彼女は無言でうなずいた。
「お店は小束山交差点の近くにあるピーニャがいいです」
私は自宅の近所にあるお気に入りのお店の名前を慧人さんに告げた。
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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