第10話
――三智慧人
「私が両手を持っているので、身体を伸ばした体勢で足をバタバタと動かしてください」
俺は桜歌に両手を持って支えてもらった状態でバタバタと水を蹴るように足を動かす。
バタ足に合わせて桜歌が両手を引っ張ると、俺の身体は水の中で少しずつ前に進み始める。
「泳げない」という俺の告白に対して、桜歌は「なら、泳ぎ方を覚えればいいんですよ」とあっさりと答えてくれた。
そんなわけで、俺は桜歌先生に泳ぎ方を教えてもらうことになった。
さすがに顔を水につけるのは平気だったので、水泳の最も基礎的な動きであるバタ足から教えてもらうことになったのだが……。
「頑張って水を蹴るように太ももから足を動かしてください。そうすれば水中で前に動く推進力を作るのと同時に足先に浮力が発生する……はずなんですが」
俺がどんなに足をバタバタさせても、下半身は腹の方から水の底に沈みこんでしまった。
「俺の動きが悪いのか?」
「いや、私が小学校1年のときにスイミングスクールに通った時も、泳ぎの練習はバタ足から始めましたよ。フォームが悪くて前に進まないことはあっても、浮力は発生すると思うのですが」
桜歌に両手を支えてもらって何度がチャレンジしてみたが、いずれも10メートルも進むと俺は足がプールの底についてしまった。
隣のレーンに目を向けると、鹿島さんはまるで水の中で跳ねるようなスピードでプールの両端を往復している。
関谷さんは、鹿島さんのような猛スピードではないが、両手両足の動きを上手く連動させてスイスイと25メートルプールを往復している。
「二人とも泳ぐの上手いな」
「二人とも小学校の頃にスイミングスクールに通っていたので、競泳歴はけっこう長いんですよ」
二人は両足で水を蹴るようにバタ足を続けながら、手のひらで水をつかむように両腕で水をかき分けていた。
「水を後方に押し出せば、反動で前へ進む推力が作れる。理屈はわかるんだけどなあ」
「慧人さんの場合、前へ進む前に下に沈んでしまいますね」
理由はわからないが、俺はバタ足をしていると下半身が沈んで泳ぐどころではなくなってしまう。
「なんか上手くいってないみたいね」
「何故か慧人さんはバタ足だけだと沈んでいくんですよ」
関谷さんに俺がバタ足をしながら沈んでいく姿を実演で見せると、彼女もケラケラと笑い始めた。
「ほんとに沈んでくッ! 慧人君にこんな弱点があったなんて、なんか意外ね」
「仕方ないだろウルクだと泳ぐ機会なんてなかったんだ」
「でも、ウルクって川沿いに作られた国だって聞いたことあるけど、近くの川で泳いだりしないの?」
「あの川で泳ぐなんて無理、無理」
俺はウルクの中心を貫く大河を思い出して、手をパタパタと振って泳ぐのは無理だと主張する。
「ウルクの近郊にある川は、対岸までの距離が2キロ近くある大河なんです。流れも速いしあの川で泳ぐのは自殺行為ですね」
「対岸までの距離が2キロかあ。そんなところじゃ泳ぐなんて無理ね」
あそこで泳いでいるのは川魚を獲る漁師だけだ。付け加えると漁師達も流されていかないよう必ず命綱を付ける。
「しかし、不思議ね。人間の身体って水に浮くようにできてると思うんだけど。泳ぐのは無理でも全身の力を抜いたら自然に浮かばない?」
関谷さんが全身の力を抜いて水面にその身を投げ出すと、彼女の身体はプカリと水面に浮かぶ。
彼女の言う通り、何もしなくても人の身体は水に浮かぶように出来ているようだ。
俺は関谷さんの真似をして脱力して水面に身を投げ出してみる。
「あっ!?」
「沈んだッ!」
俺が水面に身を投げ出すと、俺の身体は水底に沈んでしまった。
「もがっ! なんで沈むんだよ」
同じことをやって正反対の結果になるなんて意味が分からない。
「これは……体脂肪率が低すぎるせいですね。ご存じだと思いますが、筋肉の比重は脂肪の3倍。脂肪は水に浮かびますが、筋肉は水に沈むんです。そして、慧人さんの体脂肪率は驚異の10%以下です」
「つまり、筋肉量が多すぎて身体が水に浮かばないのか」
「どうしろっていうんだよ!?」
なんか俺が泳ぎを覚えるのは不可能な気がしてきた。
「でも変じゃない? 慧人君が水に沈む体質なら、きいだって同じのはずよ」
「そういえば、そうですね」
鹿島さんの体脂肪率も俺と同じく10パーセント以下。
体質的な条件は俺と同じく沈む身体の持ち主だ。
泳ぎのコツを聞くために鹿島さんを連れてくると意外な答えが返って来た。
「息を大きく吸って肺に空気をためるの、あたしは肺を浮袋にしないと沈んじゃうから」
肺に空気を貯めて浮袋にする。
どうやら俺は泳ぐために魚の真似をしないといけないようだ。
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