第1話
――三智慧人
パンッ! パンッ! ドンッ!!
竹刀がぶつかり合う音がする。
板間の床を強く踏み込む音がする。
体当たりで胴丸がぶつかり合う音がする。
ここは体育館の2階にある武道場。
そこで俺は剣道の稽古に汗を流していた。
今やっているのは試合形式の立ち合い稽古。互いに防具で身を固め竹刀で公式戦と同じルールで剣の腕を競い合う。
対戦相手は剣道部部長の上坂一也。
剣の腕は鹿島さんに劣るが、泰光寺中学校剣道部の男子の中で一番の実力者だ。
上坂の構えはオーソドックスな正眼の構え、対して俺は上段の構えを取る。
真剣を使うなら最速で袈裟懸けを繰り出せる八相に構えるところだが、剣道では肩を打ってもポイントにならないので、勝ちたいならポイントの取れる正中線を最速で打てる場所に竹刀を置かなくてはならない。
「いっやぁぁ!」
「おらぁぁ!」
互いに掛け声をあげながら俺と上坂は試合を始める。
先に動いたのは俺。
先手必勝とばかりに開始位置から跳んで、飛び込み面を狙いに行く。
しかし、上坂は俺の飛び込み面を、わかっていたと言わんばかりに竹刀を叩きつけて受け止める。
いい反応だ。
一年生相手なら、反応が間に合わず飛び込み面で楽にポイントが取れたが、やはり剣道部部長が相手だと簡単にはいかない。
だが、俺はこの程度で諦めたりしない。
「いあああ!」
俺は手首の返しで細かい打突を上段から連続で放ち押し込む。
自分から攻め続けて主導権を握り、敵を押しつぶす。
それが俺の基本戦術だ、
連撃で押し込まれていること業を煮やした上坂が押し返してきたので、俺と上坂の勝負は鍔迫り合いに移行する。
鍔迫り合いに移行すると同時に俺は満身の力で上坂を押し込みながら、彼の呼吸音を聞くことに意識を向ける。
人間は身体の構造上、どんなに集中していても必ず力が緩む瞬間がある。
「すうッ――」
上坂が息を吸った瞬間。
俺は手首を返して上坂の竹刀を払い落とした。
上坂の手から竹刀がカラン音を立てて板間の床に転がった。
「これで反則イチだな」
剣道のルールでは竹刀を落としたり、相手に場外に押し出されたりすると反則を取られる。
反則二回で一本となるので、竹刀落としを多用して反則勝ちを狙うのも立派な戦術だ。
「わかってる。まだ反則イチだ。一本じゃない」
上坂は床に落ちた竹刀を拾って開始位置に立つと、燃えるような瞳で俺をにらみつけてくる。
いいねえ闘志メラメラだ。
全力で向かってくる相手をどうやって倒すか、考えるだけでワクワクする。
仕切り直して勝負を再開すると、今度は上坂の方から仕掛けてきた。
俺がやったのと同じように開始位置から飛び込み面を狙ってくる。
「読めてたッ!」
ドカンッ!!
俺は飛び込み面を仕掛けてくる上坂に向かって突撃して全体重を叩きつけた。
普通の体当たりではなく、相撲のぶちかましに近い一撃を食らって体勢が不安定になっていた上坂は床に倒れ込む。
すかさず俺は倒れた上坂の小手を打った。
「小手あり一本ッ!」
稽古を横で見ていたコーチが俺の勝利を称えるように宣言をしてくれた。
俺が日本の泰光時中学校に通うようになってから一か月が過ぎた。
暦は6月。
日本の6月は梅雨と呼ばれる雨がたくさん降る季節で、今日も窓の外ではシトシトと天から落ちた雨粒が地面を濡らしている。
入学から1か月。
俺は学校生活を送るにあたって、家庭科部と剣道部を兼部することになった。
家庭科部に入ったのは、日本に来て以降、お世話されっぱなしで頭が上がらなくなってしまった姉、桜歌に誘われたから。
剣道部に入部したのは、毎朝鹿島さんと朝稽古をしていたら、藤村先生に『剣道部員じゃない生徒が毎朝武道場を利用しているのは良くない』と注意されたからだ。
結果、予想以上に忙しい日々を過ごすことになってしまったが、いまのところ2つの部活動を両立し楽しい毎日を送っている。
「慧人、お前強すぎ」
「俺もそれ思いました」
「慧人先輩がマモノハンターだってウワサ、マジだったんですね」
部活の稽古が終わって制服に着替えてる途中、上坂がポツリとつぶやくと後輩達が次々とその意見に賛同する。
「俺は強いか……」
強いと褒められるとなんだかモヤモヤした気分になる。
自分の力を自慢して他人を見下すようなゴミが大嫌いなのが主な理由だが、かといって剣道部で部長を勤める上坂に勝ち越している以上、自分は弱いと謙遜するのも傲慢な気がする。
「俺が勝ってる点は、フィジカルと、使える技のバリエーションと、実戦経験の有無だな」
仕方ないので俺は自分が勝てる理由を指折り数えて分析してみる。
「それって全ての面で、慧人先輩が俺達を上回ってるってことですよね」
「慧人先輩はデカイ野太刀振り回して、魔法使うバケモノと殺し合いしてたんだから俺達が勝てるわけないだろ」
部活動で親しくなった友人達にマモノと戦った時の話を聞かせたのだが、当たり前のように口から炎やビームを吐くマモノと血で血を洗う殺し合いをしたエピソードはちょっと刺激が強かったかもしれない。
「逆だよ。俺はずっと四尺野太刀を振り回してたから竹刀の扱いは不慣れなんだ。絶対スキはあるハズなんだ。事実、鹿島さんからは一本も取れていないし」
「鹿島さんは……まあ……」
鹿島さんの話になると、男子部員全員が口ごもる。
彼女に勝てないのは俺以外の男子部員も同じだ。
剣道の試合だと開始位置の問題で『掛かり』が使えないが、鹿島さんは身体能力を生かした体当たりや、上段からの打ち込みで男子部員を圧倒している。
彼女は踏み込みと打突が俺と比べても圧倒的に速いので、試合が始まって気が付いたら一本取られていることも珍しくない。
「慧人、今日の立ち合い稽古で鍔迫り合いの状態から竹刀落とし決めたけど、あれどうやったんだ? 鍔迫り合いの真っ最中に手の内を緩めるようなヘマはしてないと思うんだけど」
上坂が今日の稽古で俺が竹刀落としを決めたことについて質問してくる。
通常竹刀落としは、対戦相手が気を抜いて手の内を緩めたスキを突いて仕掛ける技なので、鍔迫り合いの最中に落とされるなんて滅多にないだろう。
「あれは呼吸のスキを突いたんだ。人間は身体の構造上、息を吸うときは全身の筋肉が緩むから、呼吸音に注意を払って息を吸う瞬間に竹刀落としを仕掛けたってわけ」
剣術をはじめとする古武術には『努力呼吸』という概念があり、鍔迫り合いの最中等の絶対に力を緩めてはいけない時には息を止め、相手から距離取って息を吸っても安全なタイミングだけ息を吸う呼吸法を俺は幼いころから叩き込まれている。
「お前、鍔迫り合いの最中に俺の呼吸聞いてたのか?」
「聞いてたぞ。呼吸音から相手のスキを探るのは接近戦の基本だからな。意外かもしれないけど獣属性のマモノは息を吸うときには筋肉が弛緩してスキが出来るんだ」
俺が努力呼吸の重要性について説明すると上坂は深々とタメ息を吐いた。
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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