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第19話

――ケイト


 ザクッ!ザクッ!と、足もとの下草を踏みつぶしながら森の中を歩いているとニビルに居たときのことを思い出す。

 まだ一か月しか経っていないのに、仲間達と未開の森の中に飛び込んでいくことに俺は懐かしさを覚えていた。

 しばらく歩き続けていると進路の傾斜がきつくなり歩く速さが遅くなる。

 視覚と聴覚しかない世界なのでわかりにくいが、おそらくゲームエンジンが上り坂を昇ることに対する加重を計算して、身体にかかる負荷を増大させたのだろう。

 やろうと思えば坂を駆け登ることも可能だが、いまは仲間と足並みをそろえることが重要だ。

 俺ときい、そして奏君は縦一列の隊形で行軍し、跳べる桜歌は細い枝をピョンピョンと跳び移りながら上から周囲を監視している。

 アバター操作を練習するために、難易度の低いハンティングバトルをやろうという話になり、俺達はさっそくパーティーを組んでマモノ狩りに行くことになった。

 ハンティングバトルは、半径5キロくらいの大きさの箱庭上のフィールドに入り、そこで討伐対象のマモノを探し出して狩るというルールで、フィールド内に存在するマモノは討伐対象の1体しか存在しない。

 しかし、ゲームの難易度を調整するためにフィールド内にはデイノニクスやスミロドンなどのプレデターが多数生息しているので、油断しているとマモノ以外の野生動物に攻撃されて想定外のダメージを受ける可能性がある。


「桜歌、上から見て俺達に接近する生物はいるか?」

「近づいてくる大型の動物は居ないから大丈夫だと思う。予定通りケイトさんは丘を登ってください。あと、いまの私は桜歌じゃなくてオッカですよ」


 オッカに注意されて俺は思わず舌を出す。

 忘れていた。

 いまは彼女の名前はオッカ、俺の名前は三智慧人じゃなくてケイトだ。

 実はクエストに行く前に俺のアバターネームに物言いが入った。

 特になにも考えずにアバターネームを本名の三智慧人にしたら『ネット上で本名をさらすのは良くない』と奏君に注意された。

 信じられない話だが、日本ではネット上で本名や住所を他人に知られてしまうとイヤガラセを受ける可能性が高いので、ネット上では本名を隠すのがマナーだと教えてもらった。

 よく見ると、桜歌やきいもアバターネームは本名ではなく、あだ名の『オッカ』と『キー』で設定されている。

 関谷さんの『アサミン』を含めた3人のあだ名はきいが考えたもので、桜歌や関谷さんは他の人が一緒にいる時はあだ名を使わないが、3人で話をするときはあだ名で呼び合っているようだ。

 ちなみに人前であだ名呼びをしない理由を桜歌に聞いたら。


「片方をあだ名で呼んで、別の人をさん付けで呼んだら友人を格付けしているみたいで感じ悪いじゃないですか」


 という答えが返って来た。

 呼び方で友人を格付けとか俺には全く思いつかない発想だが、桜歌と関谷さんは俺や他の生徒にけっこう気を使っているのかもしれない。

 そういう経緯でゲーム内では俺は『ケイト』、桜歌は『オッカ』、きいは『キー』というアバターネームで呼び合うことになった。

 ちなみに奏君のアバターネームは『アクス』で、これは彼の好きなアニメキャラの名前をもじったものらしい。

 丘の頂上にまで登ると、マモノに殺されたパキリノサウルスの死体が転がっていた。

 ただ不思議なことに炎を浴びて焼かれた頭部はススまみれになって黒くなっていたが、全体的にほとんど損傷はなく死体は生きていたままの姿を留めている。


「ケイトさん、どうしたんですか? 鳩が豆鉄砲くらったような顔になっていますよ」

「この竜、マモノに殺されたはずなのに死体に損傷がほとんどないから変だと思って」


 マモノだって動物なので、他の動物を殺すのは肉を食らうためだ。

 それなのに、仕留めた獲物を食わずに放置する理由がわからない。


「ここはゲームなのでリアルな死体を出さないのはワザとです。死体をリアルにしてもゲームの面白くなるわけじゃないので」

「日本人はグロ描写が苦手な人が多いから、その対策ですね」


 アクスとオッカが竜の死体が不自然にキレイな理由を教えてくれる。

 ゲームを遊ぶプレイヤーにリアルな死体を嫌がる人が多いなら、リアルな死体を登場させることにメリットはない。

 特に今遊んでいるVRゲームは目と耳で感じる臨場感が現実と見間違うほどなので尚更だろう。


「これはマモノに殺された竜の死体じゃなくて、プレイヤーがマモノを探すための目印だと考えてください。顔がススだらけになっているのも、この竜が火属性のマモノに殺されたことをプレイヤーに伝えるためです」

「今回の討伐対象はノヤキだからな」


 マモノハンター2はゲームなので、俺達はここに来る前に討伐対象のマモノが何者のか情報をもらっている。

 今回の討伐対象は虫・火属性のノヤキ。

 原種は体長50センチほどのオオムカデだが、突然変異で魔力器官を持った個体は種の限界を超えて成長していくので全長5メートルを超える巨大ムカデに成長することも珍しくない。

 俺は焼け死んだパキリノサウルスの死体を触ってみる。

 ゲームだから仕方ないが、焼けた匂いはしないし、触れている感触も無い。

 見ているだけで触っているかどうかを確かめるのが難しいので死体を軽く叩いてみる。

 そうすると、肉を叩いたときに鳴るパンパンという音が聞こえてきた。

 死肉にしては肉質が良すぎるが、このゲームは損傷した死体や腐敗した死体をプレイヤーに見せない方針なので、この死体はスーパーで売っているブロック肉と似たようなものなのだろう。


「ケイト、なにしてるの?」


 俺がやっていることに興味を覚えて、キーが側に来て何をやっているのか聞いてくる。


「ヒット確認だ。ゲーム内だと見た目と音でしか情報取れないけど、見ただけじゃ自分が他の物体に触っているかどうかわかりにくい。だから、叩いた音でヒット確認が出来ないか試した」

「なるほど。確かにこうやって音で確認すれば瞬間的に触れているか触れていないか判るね」


 キーも竜の死体をパンパンと叩いて接触音を確認する。

 やはり音で確認すれば、触れていることが瞬時に理解できる。

 俺とキーは、竜の死体だけでなく、側にある木の幹を叩いたり、その辺に転がっている石を投たりして接触時にどんな音が鳴るのか確認する。


「このゲームはエネミーに攻撃がヒットしたらダメージエフェクトが出るから、そんなことする必要ないですよ」

「そうなの?」

「でも、エネミーじゃない物体に触れたときはエフェクト出ないから、やっぱり音の確認は必要だと思うな」


 俺の知るマモノとの戦いは、とにかくルールのない殺し合いだ。

 ただ魔法をぶつけるだけじゃなく、地形を利用することも重要で、木に登ったり、障害物を蹴って跳んだり、石を投げて気を逸らす、といった戦術を使うことも少なくない。


「しかし、これからどうするんだ? マモノを探すなら二手に分かれて捜索するのが基本だけど」

「ここで待っていた方がいいですよ。このゲームのマモノはハンター見たら問答無用で襲いかかってくるので」

「ゲームだからなあ……」


 本物のマモノは知恵を付けて人間を警戒している個体が多いので、基本は隠れ潜み自分が勝てると思ったタイミングに奇襲を仕掛けてくる個体が多い。

 だからマモノ狩りの実戦は広大な森の中で隠れ潜むマモノを延々探し回るケースが大半だが、ゲームの世界で地味な探索をメインに据えてもプレイヤーが楽しめないのですぐにマモノと出会って戦えるようデザインされているようだ。


「みんな気を付けてッ! 背後の藪の中から赤い光が漏れ出している。これってマモノが魔法使うんだよね」

「その通りです。赤ということは火属性の魔法が来ます」


 このゲーム内で現実と一番違うところは魔力が目で見えることだ。

 魔力は目や耳では感じることのできないエネルギーの流れだが、プレイヤー全員に天眼の魔法を習得させるのは不可能なので、このゲームの中ではプレイヤーもマモノも魔法を使う直前に属性に応じた色の半透明の光が身体に集まる仕様になっている。

 集束する魔力の色を見れば使う魔法の属性がわかるので、実戦訓練をしていないプレイヤーでも対処がしやすい。


 火魔法≪カエングルマ≫


 ノヤキが繰り出してきたのは全身に炎をまとって突撃するカエングルマだった。

 敵の突撃技に正面からぶつかって押し返すのは難しいので俺は側転で回避することを選択する。

 ここで予想外のことが起きた。

 大きく右に飛んでカエングルマをやり過ごし立ち上がろうとしたその時、俺の右足が俺の意志に反して勝手に動いた。


「ふげっ!」


 右足が意図しない動きをしたことでバランスを崩し、俺はその場で転んでしまう。


「なんだ、これ?」


 理由はよくわからないが、身体が勝手に動くことがあるみたいだ。

 困ったことになった。

 どんな条件で動きの自由が奪われるかわからないので非常に戦いにくい。

 周りを見渡すと、キーも俺と同じように転んでいた。

 おそらく理由は俺と同じだろう。

 転倒している俺にノヤキが顔を向ける。

 マズイ、ターゲットにされた。


 火魔法≪オニビ≫

 獣魔法≪ケモノノハドウ≫


 俺は倒れたまま足から運動エネルギーを噴射して、ノヤキが放った大火球を回避すると同時に距離をつめる。

 地面にガリガリと身体をこすりつけることになったが、幸いここは視覚と聴覚しか感じられないゲームの中なので痛みはない。

 ノヤキの懐に飛び込んだ俺は手持ちの武器をノヤキの胴体に当ててブレーキをかけ、そのまま武器を杖代わりにして立ち上がる。

 俺が使う武器はニビルで使っていた四尺野太刀。

 ゲームを始めたばかりなので四尺野太刀には初期配布された低レベルの『エンマ』の魔力器官を装備している。

 そのため、属性は獣属性のみで、使える魔法はケモノノハドウだけだ。

 立ち上がった俺は四尺野太刀を鞘から抜かずにノヤキの胴体に叩きつけ、仲間が接近するためのスキを作ろうと考えた途端――俺は再び身体の自由を奪われた。


「おい!? なんだ、これ?」


 俺のアバターはノヤキが頭上から攻撃仕掛けようとしている状況で、悠長に四尺野太刀を鞘から抜き始める。

 そんな隙だらけの敵をノヤキが見逃すはずもなく、俺はノヤキに首筋を噛まれてその場にバタンと倒れ込んだ。


「オッカッ! 僕たちがノヤキを引き離すので、オッカはタイミングを見てケイトを蘇生させてください」

「了解。瀕死状態の仲間を復活させるアイテムは秘薬ですね」


 ノヤキは牙から猛毒を注入するので現実なら首筋を噛まれたら即死する。

 しかし、このゲームではどれだけダメージを受けても死亡することはなく、瀕死という状態になってその場で動けなくなるだけで、しかも特定のアイテムを使えば瀕死状態から回復することも可能だ。 

 ノヤキを俺から引き離すためにアクスが抜刀して突撃を仕掛ける。

 アクスの魔法兵器は獣・氷属性のエストック『ビャッコ』。

 エストックはムシュフのマモノハンターが好んで使う武器だ。

 ムシュフはクサリクと同様前足を手に進化させた知的生命体だが、肩の可動域がクサリクより狭いので槍のような両手で扱う武器を使えないという制限がある。

 エストックは突くことしかできないが片手扱える武器の中では最も打撃力が高い。

 突撃してくるアクスをノヤキが噛みつこうと首を伸ばすが、彼はノヤキの攻撃を前転運動で掻い潜り、右手のエストックの切先に白い光が集束する。


 氷魔法≪シロノヤイバ≫


 氷魔法の効果でアクスの攻撃で作られた傷口が凍りつく。

 ノヤキはアクスに噛み付くために頭を振り下ろすが、彼は側転運動でノヤキの攻撃を回避する。


「アクス、やるじゃん」


 続いてキーが剣を構えながら突撃する。

 キーの武器は普段振り回している竹刀と使用感が似ている刀身二尺四寸の日本刀だ。

 それに初期配布される竜属性マモノ『ゴウリュウ』の魔力器官を装備している。

 魔力器官のレベルが低いので、使える魔法は刀や爪に竜属性の魔力をまとわせて斬撃威力を向上させるリュウノヤイバだけだが、キーの実力ならそれでも十分な戦力になるはずだ。


 竜魔法≪リュウノヤイバ≫


 キーは刀に竜属性の魔力をまとわせて斬りながら走り抜けようとするが、ノヤキの目前まで来て不意に彼女は足を止めた。


「あれ? なんで勝手に動くの?」


 足を止めたキーは剣術の達人が演武で見せるようなキレイな上段斬りを決める。

 しかし、あれはキーの剣じゃない。

 キーの攻撃はノヤキの胴体に深く食い込み大ダメージを与えることに成功したが、その代償として刀が抜けなくなり彼女は動けなくなってしまった。


 火魔法≪シャクネツノチ≫


 動けなくなったキーをノヤキが魔法で攻撃する。

 シャクネツノチは数千度に熱した体液を敵に吹き付ける魔法で、大量の体液で上半身を焼かれたキーは一瞬で瀕死の状態になってしまう。


「仕方ないですね。僕が引き付けるのでオッカは、ケイトとキーを蘇生させてください」


 氷魔法≪シロノヤイバ≫


 アクスはニヤリと口元で笑みを見せると、キーが切りつけた大きな傷跡にシロノヤイバを叩きつける。

 シャクネツノチの余熱で熱くなっていたノヤキの外殻と筋肉は、急速冷凍されたせいモロクなりボキリと音を立てて千切れてしまった。

 こうなってしまえば倒すのは簡単だ。

 ノヤキは節足動物なので生命力が強く、身体が半分千切れても生きていけるが、胴体が千切れてしまったら頭上から噛み付くことが出来なくなるし、何より弱点である頭を守れなくなる。

 ノヤキは接近されることを嫌ってオニビで牽制してくるが、アクスはオニビにシロノヤイバを突き刺して打ち消してしまう。

 モノを熱する火属性の魔法と、モノを冷やす氷属性の魔法は互いに打ち消し合う特性がある。


 氷魔法≪シロノヤイバ≫


 牽制攻撃を潰したアクスは悠々とノヤキに接近して、弱点である頭部にシロノヤイバを叩き込む。

 俺とキーがオッカに蘇生されたころには、ノヤキは頭部をハチの巣にされ完全に動かなくなっていた。


挿絵(By みてみん)

ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。


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