第17話
――三智桜歌
慧人さんが日本に来てから半月ほど経ち、私の生活はようやく落ち着きを取り戻してきた。
ここ半月ばかり、慧人さんの転校、停学、そして家庭科部への入部と、あまりにもイベントが多すぎた。
ただ、通過儀礼とも言うべきイベントをこなすと、慧人さんも生活習慣が固まり、私も自分のルーティーンに沿って日々を過ごせるようになった。
慧人さんがキーと朝稽古をするようになったことも大きい。
彼は三度のご飯よりトレーニングと剣の稽古が好きなマモノハンターの鏡のような志向の持ち主なので、今はキーの掛かりを打倒することに夢中だ。
「桜歌先輩、今日は慧人先輩来ないんですか?」
被服室で型紙を作るための採寸をしていると、不意に咲弥さんが慧人さんの行方を尋ねてきた。
「慧人さんは剣道部の稽古に参加しています。剣道部員じゃない生徒が毎朝武道場で朝練をするのはダメだと藤村先生に注意されたので、慧人さんも剣道部に入部しました」
慧人さんが、キーと同じように剣道部と家庭科部を掛け持ちすることを選択したので朝と夕方は慧人さんの世話をキーに任せて、私は服作りや勉強をする時間を確保できるようになった。
ちなみに今やっているのは型紙を作るための採寸だ。
私とアサミンくらいの体格差だと同じサイズの服を帯の締め方で調節して着ることができるけど、キーの様に身長が160センチを超える娘は手足が長く、私と同じサイズだと腕の袖丈が足りなくなってしまうのでサイズの大きな服を作る必要があった。
そんなわけで、家庭科部の女子で一番背が高い咲弥さんの手足の長さを採寸して彼女の体格に基準にウルク服大サイズの型紙を作ることにした。
ちなみに1学期の制作課題は全員がウルクの民族衣装、ウルク服を作ることを選択した。
決め手はやっぱり着付けが簡単なことで、ヘアスタイルのセットまで含めて一人で着付けができる事が魅力的に映ったようだ。
「朝練って、タジ中の剣道部は朝練やってないですよね?」
私の隣で採寸を手伝っていた文香さんがツッコミを入れてくる。
「慧人さんも、きいさんも、剣道部の稽古は休憩が多すぎて退屈なので、朝くらいは自分のペースで稽古したいそうです」
「体力お化け二人が自分のペースって、何やってるんですか?」
「稽古内容は体力作りのためのトレイルランと、試合形式の立ち合い稽古ですね。私と、きいさんと、慧人さんは、小束山交差点経由で通学しているのですが、きいさんと、慧人さんは、交差点から高塚山縦貫道経由で学校に来ています」
「高塚山経由で通学って毎日ですか!?」
二人が学校に来る途中で山に登っていると聞いて、文香さんと、咲弥さんは、驚きのあまり目を白黒させている。
「毎日です。あと、私は下道を走って通学しているのですが、二人ともだいたい5分遅れくらいで学校に到着するんですよ」
「えっ!? 小束山交差点からタジ中って2キロくらいありますよね」
「はい、私の場合は交差点から学校まで走って30分弱ですね」
下道で30分かかる道のりを、遠回りした上に山を経由して5分遅れで踏破する。
二人は考えただけでもゲロ吐きそうなペースで走っていることになる。
「そのあと始業ギリギリまで立ち合い稽古でしょ。私、二人が武道場で稽古してるの見たけど、あれって剣道の稽古じゃないよね?」
昨日、興味本位で二人の稽古を見学したアサミンがゲンナリした顔で感想を言う。
「剣道じゃなくて剣術の稽古ですね」
キーが使っているのは薬丸自顕流の掛かりという技で、慧人さんは掛かりを打ち破るために中学生までは禁止されている突き技を含むあらゆる技を使って迎撃している。
「男女で二人きりなのに、色っぽい展開とは無縁そうですね」
「一度、二人が稽古してるところ見てみたら? きいと慧人君が人の皮を被ったトラかクマにしか見えなくなるから」
アサミンの言うように、キーが重心を落として猛スピードで慧人さんに向かって突っ込む姿はトラとかチーターとかそういう肉食動物が獲物を襲う姿を彷彿させる。
そんなキーを真っ向から迎え撃つ慧人さんは強力な前足で獲物を襲うクマみたいだった。
「あの二人、大丈夫なの? 剣道部でケガ人出したりしないよね」
「すごく、すごく、不安です」
人の皮を被ったトラとクマが、いたいけな中学生にケガをさせないことを私は本気で神様にお願いした。
――三智慧人
午後5時半。
5月末になると日の出ている時間もだいぶ長くなり、部活の練習が終わったあとなのに日が落ちるまで一刻の猶予を残していた。
俺ときいは、家庭科部の活動を終えた桜歌と落ち合って帰宅の途につく。
最初は関谷さんも一緒に帰ると思っていたのだが、彼女は家が正反対の学園都市方面なので校門でお別れとなる。
登校するときはトレーニングのために高塚山縦貫道を走っているが、帰りはゆっくり歩いて帰る。
桜歌だけでなくきいも、小束山交差点の手前にあるスーパーに寄って夕飯の材料を買って帰るのが日課になっている。
「しかし、きいが夕飯担当なんてなんか意外だな」
きいは中学生離れした運動能力を持つタジ中最強の存在だが、家では弟さんや両親の分を含めて家族全員の夕飯を毎日作る家庭的な一面を持っていた。
「たいしたことないよ。献立とレシピは桜歌に用意してもらってるからね。あたしは、材料買って説明書通りに作るだけ。それに食事作りはトレーニングの一環だから」
身体を鍛えるにあたって、食事の内容は運動と同じくらい大切だ。
そのためきいは小学生3年生のときからずっと筋力を鍛えるための、タンパク質たっぷり、炭水化物と脂質控えめの食事を桜歌に指示通りに食べ続けているらしい。
「それに、きいさんのご両親は共働きですから、家事くらいはシッカリやらないとダメですよ」
「桜歌もひとり親だしお互い苦労するよね。ちなみに慧人は、家事手伝ってくれるの?」
「慧人さんは働き者ですよ。いまは私が料理と洗濯、慧人さんが食後の後片付けと掃除で、家事を分担しています」
「慧人は働き者か、うらやましいなあ。うちの弟は怒鳴ってもゲームばっかりで全然手伝ってくれないんだよね。最近は、俺はプロゲーマーになるからゲームは就職活動なんだって言い始めてるし」
弟が家事を手伝ってくれないことを愚痴り、きいが珍しくため息をついた。
「奏さんは、家事をさぼってもお姉ちゃんが代わりに働いてくれるから甘えてるんですよ。しかし、プロゲーマーになるとはまた大きく出ましたね。ご両親はなんて言ってるんですか?」
「親はテストで50位以内の成績を維持できるなら、プロゲーマーを目指してもいいって言ってる」
「巧いですね。奏さんの性格を見抜いて上手く飴と鞭を使い分けています」
桜歌の言う通り、ちゃんと勉強する習慣を身に着けさせれば、プロゲーマーになれなくても将来普通に就職して人並みの生活ができるときいの両親は考えているのだろう。
「しかし、ゲームにプロ選手がいるなんて意外だな?」
俺もPHCアマハラに居たころ仲間とゲームで遊んだことがあるが、それで食っていけるほど金がもらえるなんて想像もつかなかった。
「大手のゲーム会社が連名で作った国際eスポーツ連盟というものがあって、認定タイトルは世界規模でリーグ戦が開催されていますよ」
桜歌がパルスフォンを取り出して動画サイトに掲示されたいろんなゲームの公式戦の配信告知を見せてくれる。
地球ではプロゲーマーがゲーム中で繰り出すスーパープレイを見て楽しむという文化が定着していて、eスポーツ公式戦の配信は有料動画サイトの有力な集客コンテンツになっているらしい。
「特に人気があるのは一般のプレイヤーでは再現不可能な迫力のある戦いが見られるVRアクションゲームですね。去年賞金額が一番高かったマモノハンター2は優勝賞金が日本円で30億だったそうです」
「30億!?」
「なるほど、奏の奴が一攫千金の夢を見るのもわかるわ」
たかがゲームだと思っていたものに想像以上のお金が動いているのを見て、俺ときいは驚きを隠せない。
「しかも、ゲームタイトルがマモノハンター2って、もしかしてマモノハンターなりきりゲームか?」
ゲームのタイトルに耳慣れた名前がついているのでつい質問してしまう。
「慧人さんの言う通りマモノハンター2は、VRステーションで遊べるマモノハンターなりきりゲームです。プレイヤー最大4人で協力してマモノを狩猟するハンティングバトルと、プレイヤー同士が最大3対3で対戦するハンターバトルの2つの遊び方があります。ちなみにプロリーグでは3対3のハンターバトルが採用されていますね」
桜歌にうながされてゲームの紹介ページを見てみると、ハンティングバトルでマモノを狩って、
魔力器官を蒐集して、好きな属性の魔法兵器を作ってアバターを強化しようと書かれている。
登場するマモノは環境省で情報公開されている実在するマモノが採用されており、全く同じではないが様々な部分に俺の知るマモノハンターのエッセンスが散りばめられている。
「奏がプロゲーマーになるって言ってるゲームこれだわ」
ゲームの紹介画面を見て、きいは弟が熱心に遊んでいるゲームがこのマモノハンター2であることに気づいたようだ。
「奏さんがハマってるゲームはこれか……慧人さん、きいさん、今日は金曜日だし良かったら、このマモノハンター2で遊びませんか? よかったら、奏さんも誘って」
「ゲーム? 私、普段はゲームなんて全くやらないんだけど」
「俺は、携帯ゲーム機は持ってるけどVRゲームはやったことないな」
VRゲームというのは、ヴァーチャルリアリティゲームの略称で、技術の進歩、特にパルスフォンの登場に伴って近年著しい発展を遂げている。
今までのゲームは手でコマンド入力してアバターを操作していたが、脊椎から神経パルスを読み取るパルスセンサーが発明されたことで、パルスフォンと同じようにアバターをコントローラーではなく思考で操作することが可能になった。
これは画期的なことで、ヘッドマウントディスプレイに投映されたゲーム世界にいる自分の分身たるアバターを思考で操作できるようになったことで、バーチャルリアリティの名に恥じないゲーム世界の中に入り込んだようなゲーム体験が可能となった。
ネット環境が無ければ遊べないのでニビルで暮らしていた俺には縁のない代物だったが、地球では近年の大金をかけて作られる大作ゲームは全てVRゲームになっているらしい。
「確か――きいさんの家はVRステーション2台ありますよね?」
「オッカが家のゲーム機事情を知ってるのがなんか怖いんだけど、確かに家には奏用と、家族用で2台VRステーションがあるから、私は参加できると思う。
だけど、オッカの家はゲーム機あるの? 特に慧人の分、VRステーションって去年値下げされたけど、それでも12万くらいするわよ」
桜歌にマモノハンター2で遊ぼうと提案されたきいはゲーム機の有無を心配する。
確かに税抜き価格で12万円は、普通の中学生が普通に出せる金額ではない。
「それもそうですね……慧人さん、お金は持っていますか?」
「12万くらいなら全く問題ないな」
「お金持ってるんだ。やっぱり、遺産とか?」
「怜央オジサンの遺産はあるけど使えないです。主な遺産はPHCアマハラから支払われた戦死者功労金と遺族年金ですが、お母さんが『兄さんの遺産は慧人さんが高校を卒業するまでは誰も手を付けられないようにする』と言って全額個人向け国債に変えちゃいました」
金に関わるトラブルを散々目にしてきたせいか桜理さんは、お金の管理にとても厳格だ。
もっとも中学生が何千万もの金を手にしても、ろくな使い道がないので桜理さんの判断は正しいと思う。
「じゃあ、慧人が持ってるお金って……」
「俺が自分で稼いだ金。当たり前だけど、マモノハンターがマモノを狩ったら報酬は親じゃなくて本人に支払われるんだ」
ご拝読ありがとうございました。 私の作品が、皆様の日常のちょっとした楽しみになれば幸いです。
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