第15話
――三智桜歌
鹿島きいは、私の幼馴染だ。
最初に会ったのは3歳のとき。
同じ保育園に入所した時に私とキーは出会った。
同い年で、女の子同士。
おまけに私の住んでる家と、キーの住んでるマンションの物理的距離が50メートルも離れていなかったので私達は自然と毎日一緒に遊ぶ幼馴染になった。
大きな変化があったのは小学三年生のとき。
そのころには映像記憶能力を持っていた私は頭がよくて理知的な子供に、発育が良くて運動神経のいいキーは活発な子供になっていたが、相変わらず仲は良かったし、まだ普通の子供の枠を超えるほどの能力は持っていなかったと。
きっかけは、ただの興味本位だったと思う。
「オッカのおじさんがマモノハンターだって聞いたけど本当なの?」
「本当だよ、怜央おじさんはマモノハンターだし、この前テレビにも取材されたよ」
私は自分の言葉が本当だと証明するために、母さんが録画していた怜央おじさんを取材したバラエティ番組をキーに見せた。
番組では怜央おじさんが魔法を使ってマモノと戦う姿が撮影されていた。
日本刀型の魔動兵器を使って、自分より圧倒的に巨大な恐竜型のマモノと戦い、仲間と協力して討ち倒す。
そんな、アニメや映画でしか見たことのない迫力のある戦闘シーンを見て私はただカッコいいと思うだけだったが、キーは私とは比べものにならないほどの衝撃を受けていた。
「オッカ!! すごい、すごいよッ! 怜央おじさんって、本当にスゴイ人なんだね」
「そうでしょ。お母さんなんておじさんの活躍が気に入ったみたいで、仕事から帰ったら毎日この番組再生してるもん」
「オッカ! あたし、将来マモノハンターになりたいッ!!」
怜央おじさんの活躍する姿は、私が漠然と感じたカッコいいなんて感覚を遥かに超えて、将来の夢を明確に決定するほどキーの心を焼いていた。
「マモノハンターになるなんてキー本気なの?」
「本気だよ。ねえ、どうやったらマモノハンターになれるかな? オッカなら頭いいからわかるでしょ」
「どうやったらマモノハンターに……やっぱり身体を鍛える事かな?」
「身体を鍛える?」
「マモノハンターは、とっても足が速くて、とても力が強い人じゃなきゃなれないから。栄養のあるものをたくさん食べて、いっぱい運動して、身体を鍛えないといけないんだよ」
「たくさん食べて、たくさん運動するんだね。オッカ、ありがとう」
「待て、待て。キー、いまから図書館に行くよ」
「図書館。なんで?」
「たくさん食べると言っても、お菓子たくさん食べても意味無いの。だから図書館でどんなものを食べて、どんな運動が必要なのか調べよう」
小学校三年生のころの私が図書館の本を参考に作った、強くなるための食事&トレーニングメニューが全ての始まりだった。
実のところ私は、キーは一週間でトレーニングを投げ出すと思っていた。
食事管理と筋トレや有酸素運動を休むことなく毎日続けて身体を鍛えるなんて、普通の小学生がやり遂げられることじゃない。
私は甘く見ていたのだ、鹿島きいという女の子の根性と覚悟を。
――三智慧人
部会の翌日。
俺は、桜歌ときいの登校に付き添って学校に向かっていた。
時間は午前6時。
同級生の大半はまだ寝ている時間だが、桜歌は学校に早出して自習を、きいは武道場に行って朝練をするのが普段の生活習慣だと聞かされた。
付け加えると二人はトレーニングメニューを効率的に消化するため自宅のある小束山から走って登校している。
「しかし、桜歌がランニングするなんて意外だな。お前は頭脳担当だから運動なんてしないと思ってた」
「太って着物が着られなくなるのはイヤだからボディメイクには気を使っているんです。
家から学校まで3.2キロ。この程度の距離走るだけで、適正体重を維持できるなら安いものですよ。
あと、私に対する認識に誤解があるみたいだから言っておきますが、美容に無関心な女の子なんて、この世界に存在しません」
「いや、それは知っているから」
無関心どころか桜歌の美容に対するこだわりは、他のクラスメートに比べてかなり高い。
特に確実に効果が見込めるボディメイクとスキンケアには並々ならぬ情熱を注いでいるのを、一緒に生活していて思い知らされた。
「じゃオッカ、また学校で」
「また学校で。きいさん、くれぐれもケガしないように気を付けてください」
15分ほど走り続けて高塚山のふもとに来たところで二人は別の道を進もうとする。
「あれ、目的地は同じなのに別れるのか?」
不思議に思って聞いてみると、きいから衝撃的な発言が飛び出した。
「オッカはこのまま公道を走って学校を目指すけど、あたしは下道走るだけじゃ物足りないから、この階段から高塚山に経由で学校に行くの」
えっ、学校に行くついでに山に登るってどういうことだ?
俺はきいの言っている言葉の意味が理解できなくて、彼女の言葉が右から左に抜けていく。
「ここの看板に高塚山縦貫道入口って書いてありますよね。
この階段の先に、背後にある高塚山の山頂を経由して山の反対側に回れる登山道が整備されているんです。
そして、この高塚山縦貫道の出口は、私達の通う泰光寺中学校から1キロくらい離れた場所にあります」
桜歌が掲示板に描かれている周辺図を指さして、山と学校の位置関係を説明してくれる。
「つまり山を越えるルートを使っても、ちゃんと学校に続く道が繋がってるのか」
「そういうこと。山を走るっていうのが足腰を鍛えるのに、これ以上ないトレーニングになるんだよね」
「なるほ……じゃないッ! お前、学校に行く前に毎日トレイルランしてるのか!?」
平坦な道路を走るのと違い、山を走ると足腰の筋肉に体重を持ち上げるための大きな負荷がかかる。
筋力は強い負荷をかけ続ければ負荷に適応して強くなるので、足腰を鍛えるためにきいは山を走っているらしい。
「私はバカなことをやっていると思うのですが、トレーニングにトレイルラン取り入れてから1500メートル走のタイムが2分近く縮まったのも事実なんですよね」
なるほど、トレイルランをトレーニングに取り入れるのは理論的に正しいし、実際に効果も出ているようだ。
「桜歌、俺も山の方に行っていいか?」
「えッ! 慧人さんもトレイルランやるんですか!? 高塚山は低い山だけど、私は歩いて登ってもヘトヘトで10分以上動けなくなりましたよ」
「問題ない。起伏の激しい地形で行動するのは慣れている」
ウルク囲む森林地帯は平坦な原野に木が沢山生えているわけではなく、日本と同じで標高1000メートル以下の低い山が延々と連なる丘陵地帯だ。
俺は3年間、そんなところでマモノと鬼ごっこをやっていた。
「いいねえ。それでこそマモノハンターだッ!」
俺が一緒に山から行くと聞いて、きいはにんまり笑って白い歯を見せる。
「もう好きにしてください。慧人さんも怪我しないように気を付けてくださいね」
「わかってる。もし道に迷ったらGPSで位置確認するから」
俺は桜歌を安心させるために左腕のアームカバーに入れたパルスフォンを指でトントンとつついた。
「それじゃ、いくよ」
「あいよ」
ため息まじりに手を振る桜歌に背を向けて、俺ときいはバタバタと丸木の階段を駆け上がった。
階段で50メートルくらい一気に高さを稼いだあと、道はなだらかな傾斜のついた登山道に移行する。
季節は5月後半。
萌えるような新緑の葉に覆われた木々の合間にある少し湿った地面を蹴って、俺ときいは山の頂上目指して走り続ける。
(ヤバイ――きい、メチャクチャ速い)
初めて走る道なのできいを先行させてついていこうと思っていたが、走り始めて5分と経たないうちに、その考えが甘かったことを思い知らされた。
彼女のペースが速すぎて全力で走っても追いつけそうにない。
あまり知られていないが登山は平坦な道を歩くのに比べて5倍近い運動負荷がある。
重力に逆らって自分の体重を上に持ち上げるのは、とても大変なことなのだ。
しかし、きいはまるでシカやウサギが跳ねるように傾斜した道を駆け上がっていく。
俺は先行する彼女の背中を見失わないよう必死に追いかけた。
「はあ、はあ、はあ……やっと頂上か」
急斜面を駆け上がり『高塚山頂上』の標識を確認すると同時に、俺は緊張の糸が切れてその場に膝をついた。
情けない……訓練中に息が切れて膝をつくなんて3年ぶりだ。
「おおッ! よくついて来たね。さすがマモノハンター」
頂上で俺のことを待っていてくれたきいが、パチパチと拍手で迎えてくれる。
圧倒的な走力の差を見せつけられた状況での全くうれしくない拍手だ。
「いや、情けない。現役のマモノハンターが素人に負けるなんてダメだろ」
俺が全力疾走のあと、荒い息で空気をむさぼっているのに対して。
きいの走りはあくまで息が切れないようにペースを守ったものだったらしく、頂上まで一気に駆け上がったあとも涼しい顔をしている。
「でも仕方ないんじゃない? 体つき見る限り慧人の鍛え方は山を走るのに最適化されてないでしょ。あと、体重差もあるし。慧人って体重いくつ?」
「68キロくらいだと思う。最近は計ってない」
「その身長で68キロはすごく鍛えてるね。ちなみに私は今朝計ったら57.8キロだった。上り坂だと10キロ差は大きいよ」
体重が重い分、筋肉量は俺がきいを上回っていると思うが、山を走ることに限定すると上半身の筋肉がデットウエイトになってしまう。
彼女の言葉が正しければ、俺がきいより速く走るのは不可能なのだ。
「そんなに気落ちしないで。あたしは中学1年のころからこの道を走ってるけど最初はもっと遅かったし。慧人だって、毎日走れば身体が慣れるよ」
「そうなるといいんだけどな……」
俺が息を整えたのを見計って、俺ときいはトレイルランを再開する。
今度は下り坂。
登りほどじゃないが、下り道でも体重が軽い方が有利だ。
「下手したら走りでは一生追いつけないな」
まるで滑り落ちるような勢いで坂を下るきいの背中を必死に追いかけながら、俺はあまりにも楽しくて思わず笑ってしまった。
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