第14話
――三智桜歌
「ところで桜歌先輩。今日は弟さんが来るって聞いていますが、もしかして家庭科部に入部するんですか」
制作課題についての話が落ち着いたところで、文香さんが慧人さんのことについて尋ねてくる。
「文香さんがイヤじゃないなら入部してもらいます。慧人さん、日本に来たばかりで友達居ないので」
「転校初日で停学になったら男子の友達も居ないですよね……えっと、会ってみてから決めてもいいですか?」
「そうしてください」
私は、慧人さんを家庭科部で受け入れるか否かの決定を文香さんに委ねることした。
彼女は、そう遠くない未来に副が取れて正式な部長になるので、下級生を代表して物事の是非を決めるのはいい経験になるはずだ。
「ラス、三智慧人にメッセージ『慧人さん、被服室に入室してください』」
私のメッセージを見て被服室に入って来た慧人さんを見て、私とアサミン以外の全員が息を呑んだ。
無理もない。
慧人さんが着ていたのは学校の制服ではなくマモノハンターの戦闘服だった。
戦闘服は日本人に馴染み深い忍装束によく似ている。
剣道着と同じ二部式着物の上着と、ほぼズボンに近い形状の山袴がセットになっていて下草が袴のスソが引っかからないようにジャングルブーツ中に仕舞い込んでいる。
忍装束と違うのは、顔を隠すための覆面の代わりに襟元に頭を守るためのフードが縫い付けられていること、そして上下に自衛隊の戦闘服と同じ迷彩色がプリントされていることだ。
さらに慧人さんは、左腕にパルスフォンを収納するためのアームカバーを装着して、頭に巻き付けたヘッドバンドにモノクル型の暗視装置を取り付けていた。
「言われたとおり夜戦装備に着替えたけどこれでいいのか?」
「とても良いですッ! 慧人さん、カッコいいですよ」
慧人さんがどんな人かみんなに知ってもらうには、マモノハンターになってもらうのが一番手っ取り早いと思ったが、どうやら私のカンは正しかったみたいだ。
「じっ、JINROUだッ! 桜歌先輩、本物のJINROUがいます」
慧人さんの姿に真っ先に反応したのは予想通り文香さんだった。
彼女が語ったJINROUとは最近アニメ化もされた人気の少年漫画で、日本とは違う架空の異世界で超能力を使う忍者がドラゴンやグリフィン等のモンスターと戦うバトル漫画だ。
作者は明らかに実在するマモノハンターに影響を受けていて、主人公をはじめとする作中の登場人物が着ている服のデザインがマモノハンターの戦闘服によく似ている。
「実際にその格好でマモノと戦うのか?」
次に言葉を発したのはキーだった。
彼女は身を乗り出して、慧人さんが身に着けている暗視装置やパルスフォンを注意深く観察している。
「そうだ。もっとも、暗視装置使うのは夜だけだな」
「JINROUでも夜の戦いで使っていました。そのモノクルは生物の発する熱を画像に変換してくれるんですよね」
オタク女子である文香さんは、慧人さんがアニメに登場した小道具を身に着けているのを見て素直に感動している。
「そうそう良く知ってるな。最近は複合センサー式の暗視装置も安くなったからPHCアマハラでも自衛隊と同じ機種を使ってるんだ」
慧人さんは左目に被せていた暗視装置をカシャンと摘まみ上げて裸眼で周囲を見渡す。
「あと、アームカバーに入れてるパルスフォンは店で売ってる機種みたいだけど、実戦でも同じものを使うのか?」
「その通りだ。このパルスフォンは俺がニビルで使ってた私物だ」
「マジか!? あたしが聞いた話だとニビルではパルスフォンをネットに接続できないんだろ」
キーは、マモノハンターが通信に市販のパルスフォンを使っていると聞いて驚きを隠せない。
おそらく専用の軍用無線機を使ってると思っていたのだろう。
もっとも、最近は自衛隊も専用の軍用無線機を使っていないはずだ。
「ニビルでネットが使えないなんて、よく知ってるな。でも、パルスフォンは通信サービスが無いところでも、ペアリングした端末同士なら通話やメッセージ送信ができるから、こいつは仲間と連絡を取り合うために必須の装備なんだ」
「慧人さんが使ってるのは自衛隊でも採用されてる機種ですよ。これです、CASIOから発売されてるZショック三型」
私はカバンから自分のパルスフォンを取り出して、通販サイトの商品紹介ページをキーに見せた。
「ほんとだ、自衛隊、米軍でも採用って書いてある」
「CASIOって腕時計作っているイメージしかないから、なんか以外ね」
「今も昔も、軍隊は装備品のコストカットに熱心だからな。市販品で使えるものがあれば積極的に取り入れていくんだ」
マモノハンターや歩兵に支給する装備品は貸与する人数も多いし、戦闘で何かあればすぐ壊れてしまうので軍隊は個人用の装備品を大量に購入しなくてはならない。
だから最近は、どこの国の軍隊でも、少数生産で価格も高い専用品ではなく、作戦行動で使用して問題ない市販品を採用するのが装備調達のトレンドになっている。
慧人さんが所属していたPHCアマハラは軍隊ではないが、装備品の調達事情は軍隊と変わらないはずだ。
「慧人先輩お願いがあります。暗視装置装着した姿を写真に撮りたいんですが」
「あいよ」
文香さんのリクエストに答えて、慧人さんが再び暗視装置をカシャンと動かしてモノクルを左目の前にセットする。
やっていることはヒンジを使って暗視装置を動かしているだけだが、普段目にすることがない機械を操作している姿は意味が分からなくてもカッコいい。
「すてきッ! 慧人先輩、カッコいいですッ!」
文香さんはニコニコ顔で暗視装置を装備した慧人さんを撮影している。
少なくとも文香さんには、慧人さんの存在を受け入れてもらえたようだ。
「ところで文香さん。副部長として、慧人さんを家庭科部に入部させてもいいと思いますか?」
「あっ!? それは……」
私が質問すると、慧人さんのJINROUコスに興奮していた文香さんが真顔になる。
「副部長としてではなく、私個人としては良いかなと思うのですが……」
「文ちゃんいいよ、私はオーケーだし。外の2年も、1年の娘達もオーケーだって」
助け舟を出してくれたのは2年生で文香さんの親友の倉光咲弥さんだった。
快活で声の大きい文香さんとは対象的におっとりとした性格の女の子で、暴走しがちな文香さんのフォローやブレーキ役を買って出てくれるありがたい存在だ。
「さーちゃんいいの?」
「うん。慧人先輩って、クラスの男子と違って話し方とか落ち着いていて大人っぽいし、話に聞いていたような怖い人じゃないと思う」
「それならッ! 冬市文香は副部長として三智慧人先輩の家庭科部入部に賛成します」
JINROUのコスプレに脳を焼かれた文香さんが慧人さんの入部に賛成すると、下級生のみんなもパチパチ拍手で賛成の意を示す。
「えっ!? なにが起こってるんだ」
ただ一人状況を理解していない慧人さんが、女の子に囲まれて拍手されていることに困惑していた。
「慧人さんを家庭科部に入部させてもいいか、後輩達に見定めてもらったんです。
慧人さん、よかったら家庭科部に入りませんか?
慧人さん日本に来たばかりで私以外に友達居ないし、家庭科部なら、きいさんと、亜沙美さんもいるので学校内での居場所になると思うのですが」
「家庭科部ですか……」
私がそう伝ええると、慧人さんは真剣な表情になって周囲をぐるりと観察する。
「やっぱり、女の子ばっかりの中に男子一人はいやですか?」
「いや、そういうのは全く気にしないんだが、家庭科部って何する集まりなんだ」
「メインの活動は月2回の調理実習と、学期毎に服を1着作っています。今日は1学期に作る服を何にするか決めていました」
「料理と裁縫か――わかった入部するよ」
慧人さんがそう言うと、文香さん達はキャーキャーと騒ぎ始める。
女の園に男の子がやって来たのだ、気にならないはずがない。
「私、家庭科部の副部長をやってる冬市文香です。慧人先輩、よろしくお願いします」
「了解しました。冬市副部長、まだ転校したばかりで何もわかりませんが、上司の命令に逆らうことはないのでバンバン命令出してください」
「いやいや!? 先輩相手に命令なんてできませんよ」
慧人さんが副部長を軍隊における副隊長だと勘違いするお約束のボケを発動して、文香さんが困惑している。
は――ハリセンが欲しい。
私が生まれるはるか昔に、ヒロインが主人公をハリセンで殴りまくる作品があったと聞いたことがあるが、私、そのヒロインの気持ちを理解しかけている。
「慧人さん、部活動は軍隊でもPHCでもないので、部長や副部長は命令なんてしませんよ」
「じゃあ、部長や副部長って何をするんだ?」
「みんなの意見の取りまとめをするだけです。家庭科部は、料理や裁縫が好きな人達が集まって仲間内で料理や裁縫をやるんですが、どんな料理を作るか、どんな服を作るか、そういうのをみんなの意見を聞いて決めるのが部長と副部長の役目です」
運動部ならもっと上下関係の厳しい部活もあると思うけど、家庭科部は公式な大会は無く、自分達の作りたいものを作るだけのゆる部なので上級生が下級生に命令したりすることはない。
慧人さんは、部長や副部長の役目が理解できないらしく首をかしげているが、活動を続けていれば、そのうち理解してくれるだろう。
「ちょっと心配だったけど無事入部できたね。歓迎するよ、マモノハンター」
慧人さんが家庭部に入部するのを見届けたキーが、慧人さんに歩み寄る。
「ありがとう。君が鹿島きいさんだよな?」
「そう、あたしが鹿島きい。この前はぶん殴ちゃって、ごめんね」
そう言いながらキーは左手を差し出す。
「いや、桜歌から聞いた話だと、過剰防衛だったみたいだし助かったよ」
差し出された手が左手だったことに少し不穏なものを感じたが、それに気づかず慧人さんはキーと握手を交わす。
「ふんッ!」
慧人さんが手を握った瞬間、キーは慧人さんの手を握り潰すような勢いで握りしめる。
キーは左手の握力は60を超えるので、私だったら掌を文字通り握り潰されてしまう。
しかし、慧人さんはキーの奇襲に素早く反応した。
「はぁぁぁ!!」
慧人さんはキーの手を握り返して力比べを始める。
勝負は1分以上続いたが、時が経つごとに地力に勝る慧人さんがキーの掌を締め上げる。
「いててッ! まいった、私の負けだ。やっぱり素手の腕力じゃ勝てないね」
降参をして左手を解放されたキーは、苦笑を浮かべながら左手をプラプラさせる。
「きいさん、いきなりバカなことやらないでください!!」
慧人さんのあれだけ喧嘩はダメだと言い聞かせたのに、キーさんの方から勝負を仕掛けたら意味がない。
後輩達も、先輩二人がいきなり鼻息を荒げながら握力勝負を始めたのを見て言葉を失っている。
「ごめん、ごめん。憧れのマモノハンターが目の前にいると思ったら、どうしても勝負したくなった」
「俺はけっこう楽しかったぜ。鹿島さんとは、また勝負したいと思っていたからな」
不意打ちを仕掛けられたのに慧人さんは嬉しそうだ。
まあ、もともと今日はキーを紹介するって名目で連れてきたので慧人さんからすればこういう展開は望むところだろう。
「勝負したいか、いいねえ。なら、明日からあたしの朝稽古に付き合ってよ。タジ中の剣道部は朝練が無いから朝なら自分のペースで稽古できるよ」
「自分のペースで稽古か楽しそうだな。じゃあ、鹿島さん――」
「きい。呼び方はきいがいい」
キーはピンッと人差し指を立てて名前で呼ぶように提案する。
「鹿島さんなんてよそよそしい呼び方、あたし嫌いなの。あと、1年生の弟もタジ中に通ってるから鹿島さんだと、どっちの鹿島さんかわからなくなる」
「わかった。きい、明日からよろしく。俺は三智慧人、マモノハンター兼中学生だ」
「こちらこそ、よろしく。あたしは鹿島きい。将来の夢はマモノハンターだ」
慧人さんとキーは握手ではなく、拳を突き合わせる。
ああ、予想していたが人のカワを被ったトラ二頭が意気投合してしまった。
私は神様とラプラスの悪魔に、二人が事件を起こさないことを切に願った。
本作を読んでいただきありがとうございます。
私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。
お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。
そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。
如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。




