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第12話

――三智桜歌


 5月下旬。

 慧人さんに下された10日間の停学期間がようやく終わった。

 転校初日に暴力事件を起こして停学処分を受けた慧人さんを怖がるクラスメートも多かったが、慧人さんがマモノハンターだということ、野球部の人達に5人がかりでリンチされて抵抗した結果ケガを負わせてしまったことを説明してなんとかクラスに受け入れてもらえそうな雰囲気を作ることができた。


「亜沙美さん、慧人さんの誤解を解くのを手伝ってくれてありがとうございます」


 私は隣に立つアサミンに小さく会釈する。

 慧人さんが停学中、彼が危険人物じゃないことをクラスメートに説明するのをアサミンも手伝ってくれた。


「別に誤解じゃないと思うけわよ。慧人君って、きいと同じでオリの中にいるトラでしょ。敵意を向けなければ無害だけど、襲ってくる敵の肉は容赦なく噛みちぎる獣」

「あははは……」


 アサミンの指摘があまりにもマトを得ていたので、私は愛想笑いで誤魔化すことにする。

 ちなみに慧人さんが、魔法を使って怪物を狩るマモノハンターだったという情報はクラスメートにも衝撃だったらしく、停学明けで学校に出てきた慧人さんは主に男子に囲まれて質問攻めに会っていた。


「慧人が元マモノハンターだったって、本当か?」

「元じゃなくて現役のマモノハンターだ。今でもPHCアマハラには契約社員として籍を置いてるし、ウルクのハンターギルドにも三智慧人の登録は残ってる」

「マモノハンターってことは、魔法とか使えるのか? 前にテレビで、炎の剣とか、電撃飛ばしたりしてマモノと戦っているの見たことあるけど」

「魔動兵器を会社に預けてるから今は無理だな。日本では個人が魔動兵器を所持するのは禁止なんだ」

「野球部の連中に5対1で勝ったって聞いたけど。マモノハンターって魔法なしでも強いの?」

「俺は魔法なしだと別に強くないぞ。板場達が弱すぎ。ろくにトレーニングもしてないし、急所を狙った攻撃もしてこないんだから話にならん」


 慧人さんが板場さんのことにコメントすると、彼を質問攻めにしていた男子が黙り込む。

 校内で恐れられる不良グループのリーダーを弱すぎると一蹴したのだから無理もない。


「それに俺より鹿島きいって女の子の方が強いと思う」

「鹿島さんなら、もしかしたらマモノハンターより強いかもな。うわさで聞いたけど剣道部の男子で鹿島さんに勝てるやつ誰もいないらしいし」


 話を横で聞いていた私は、慧人さんがキーの名前を出したせいで話題が不穏な方向に流れ始めているのに気づいた。


「慧人、お前鹿島さんのこと誰に聞いたんだ?」

「聞いたとかじゃなくて、転校初日に俺、鹿島さんとた……」

「慧人さんッ! ちょっと話があるんでいいですか?」


 慧人さんがマズイことを口走る前に、私は慌てて彼を男子の囲みから引き剥がした。


「桜歌、話ってなんだ?」

「とりあえずこっち、こっち――」


 私は慧人さんの腕を引っ張って、人気のない階段の側まで連れていく。


「慧人さん、きいさんとケンカしたことは誰にも言わないでくださいね」

「えっ、ダメなの?」

「きいさんは剣道部に所属してるので、竹刀で人を殴ってケガさせたことがバレたら、彼女も処分を受けるし、剣道部にも迷惑が掛かります」


 あの時は凶行を止めるために仕方なかったが、剣道部員が竹刀で人をぶん殴って気絶させたなんて知られたらお咎めなしとはいかないだろう。


「わかった、わかった。彼女と立ち会ったことは誰にも言わない」

「お願いします」


 私はペコリと頭を下げて慧人さんに口止めのお願いをする。


「桜歌が話すなって言うなら誰にも言わないよ。しかし、鹿島きい、スゴイ剣の使い手だったな。できれば問題にならない方法でまた立ち会いたいぜ」


 慧人さんは、あの数秒の戦いでキーの強さに魅了されてしまったようだ。

 また戦いたいなんて言うあたり、彼は生粋のマモノハンターなのだと思い知らされる。


「慧人さんが良ければ今日の放課後にきいさんを改めて紹介します。今日の部会に彼女も参加すると言っていたので」

「部会? もしかして、桜歌も剣道部なのか」


 誤解するのも無理はないが、さすがの私もキーと一緒に剣道をするのは無理だ。


「私が所属する部活は家庭科部です。きいさんは剣道部と家庭科部を兼部しているんです」



 ――三智慧人


「どうしたんですか? 頬杖をついてニヤニヤ笑っていると少し気持ち悪いですよ」


 昼休み、俺が自分の席で頬杖をついて窓の外を眺めていると、不意に桜歌が目の前に現れた。


「俺、笑ってたか?」

「はい、なんか不敵なうす笑い浮かべて、厨二病の男の子が自己陶酔している姿によく似ていました」

「厨二病って……いや、桜歌の言う通りかもな」


 厨二病の定義が自分の都合の良い妄想に酔いしれて自己陶酔することだとすれば、俺の頭の中は間違いなく厨二病だ。


「放課後に鹿島さんを紹介してもらえるって聞いたから。次に彼女と立ち会ったときに、どう戦おうか考えてた」

「女の子相手に話をするより先に戦うことを考えないでくださいッ! あと、今日は家庭科部の部会なんだからケンカしちゃだめですよ」

「やっぱりダメか?」

「絶対にダメですッ!」


 桜歌は絶対にケンカするなと言い聞かせるように、両手をクロスさせてバツ印を作る。

 そんな話をしていると関谷さんがツカツカとこちらに近づいてきた。


「桜歌、いま先生が中間テストの結果を廊下に張り出したって」

「じゃあ、今回のテストで亜沙美さんと私のどちらが勝ったから見に行きましょう」

「自分が負けるとは欠片も思ってないんでしょ。一年からずっと学年首位は桜歌じゃない」

「いえいえ、結果は最後までわかりませんよ。どうです、慧人さんも見に行きませんか?」

「見に行くって、何を見に行くんだ?」

「中間テスト、成績上位者の名前」


 関谷さんの説明によると、俺が通う泰光寺中学校では生徒の競争心を煽るために定期テストの成績上位者50名の名前を各階の掲示板に貼り出して公表しているらしい。

 そして、俺の学年では中学1年の一学期から桜歌がずっと学年主席を取り続けていると聞かされる。


「わかっていたことだけど。お前、本当に頭いいんだな」

「私がどんなに頑張っても絶対に勝てないもの。悔しいけど桜歌は理不尽な頭脳のバケモノよ」


 映像記憶能力を持っているだけあって、桜歌の学業成績はとても優秀なようだ。

 関谷さんから桜歌の頭の良さがいかにずば抜けているか聞きながら、廊下に貼り出された成績上位者の一覧を見に行く。

 俺達が到着した時には、今回の定期テストの成績上位者が誰なのか見に来た生徒達が多数押しかけて現場はごった返していた。


「出遅れちゃったわね」

「ゆっくり順番を待ちましょう。急がなくても結果は逃げたりしませんよ」


 俺達がごった返す生徒達を遠巻きに見ていると、一部の生徒が桜歌と関谷さんの姿を見て表情を一変させる。


「みんなッ! 三智さんと関谷さんが来たぞ」


 男子生徒がそう叫ぶと掲示板の前に群がっていた生徒達が一斉に二人の方に振り向いて、それから申し合わせたかのように道を開けた。


「なにこれ、怖いんだけど」

「お前らモーゼなのか?」

「いやいや、こんなの初めてですよ」


 少なくともこの場にいる同級生達が、桜歌と関谷さんに早く結果を確認するよう促しているのは明らかだ。

 桜歌は無言で俺の手をつかんで引っ張ると、関谷さんと一緒に掲示板の前に向かった。


「あっ……」

「えっ!?」


 結果を見て桜歌と関谷さんは思わずうめき声を漏らす。


 1位 関谷亜沙美 492点

 2位 三智桜歌  490点


 中間テストの結果は、意外なことに桜歌は関谷さんに敗れ2位となっていた。


「関谷さん、学年主席おめでとうッ!」


 二人が呆然と結果を見ていると、背後に立っていた女子が祝福の声をあげる。


「関谷さんすごいよッ! 私達の学年で三智さんに勝ったの、関谷さんが初めてだよ」

「実際すごいだろ。三智は、一年のときから10回連続で学年主席だったんだぜ」

「関谷さんが頑張ったのよ。関谷さん、2年の2学期から定期テストの順位3回連続で2位だったから、雪辱をバネに頑張ったんだよ」


 一年の時から定期テストでずっと学年主席を取り続ける絶対王者の桜歌を関谷さんが下すというジャイアントキリングが達成されたことに同級生達は無邪気に興奮している。

 しかし、当事者の方は……。


「桜歌、どういうこと? なんで10点も落としているの」

「数学で2問落として95点。国語も記述問題を1問落として95点でした。国語と数学は暗記するだけでは100点取れないのです」


 周囲の生徒は関谷さんがジャイアントキリングを成し遂げたことに無邪気にはしゃいでいる。

 ただ一人、関谷亜沙美だけは、自分の成績が上がったから一位を取れたのではなく、桜歌が成績を落としたことが原因だと気がついて露骨に眉間にシワを寄せている。

 逆に桜歌は負けたことを特に気にしていないらしく、淡々とした口調で自分の敗因を説明してくれた。


「国語と数学が暗記だけで100点取れないのは百も承知よ。それでも桜歌は定期テストで5点以上落としたことなかったじゃない」


 マジかあ!?

 関谷さんの言葉が正しければ、桜歌は過去2年間ずっと495点以上を取り続けていたことになる。

 頭にパソコンでも入っているのか疑いたくなる優秀さだ。

 でも、その桜歌が今回わずかだが成績を落とした。


「過去は過去です。

 ほら私達、今年は最上級生じゃないですか。

 私や亜沙美さんだけじゃなく、他の人達も後輩の面倒を見たり、生活環境が変わったりして、勉強する時間が取れなかった人だっていると思います」


 ギギギギ……そう形容したくなる動きで、関谷さんが俺の方に振り向いた。

 彼女は燃えるような視線で俺をにらみつけている。


「そうだよね……転校初日に暴力事件起こして停学食らうような人と一緒に住んでいるんだから、桜歌は勉強どころじゃなかったよね」


 あっ、今回桜歌が成績落とした理由がわかった。

 俺のせいだ。

 俺の世話を焼くために、桜歌の勉強時間が削られてしまったんだ。

 桜歌は自分の失言に気づいて自分の口に手を当てる。


「慧人君には、わからないと思うけど桜歌は、将来有望な本当の天才なのッ!

 なんで、厄介ごとを起こして足を引っ張るの!?

 どうせ家でも、桜歌に迷惑ばかりかけてるんでしょッ!!」


 その通りでございます。

 返す言葉もありません。


「なんだ?」

「なんで関谷さん、転校生にキレてるの?」


 学年主席を取った関谷さんが俺を激しくののしり始めたのを見て、周囲の人間はわけがわからず混乱している。

 ただ一人、状況を正確に把握していた桜歌が俺と関谷さんの間に割って入る。


「亜沙美さん、もうやめてください」

「なんで? そいつ桜歌に迷惑かけてるんでしょ。そいつのせいで成績下がったんでしょ」

「それでも私は姉として慧人さんのお世話をしたいです。

 忘れたんですか? 慧人さんは先日お父さんが死んだばかりなんですよ。

 そんな彼を責め立てるなんて『いじめ』です」


 桜歌が、いじめの一言を言った途端、関谷さんの表情から怒りが消え。

 口を両手で覆い隠す。


「……いじめって…いや……私そんなつもりは」


 何かをつぶやきながら、関谷さんの瞳からポロポロと涙が零れ落ち、しまいには泣き始めてしまう。


「グスッ……ちがう…私……ウッ…そんなつもりじゃ……」

「大丈夫ですよ。亜沙美さんは、私のために怒ってくれたんですよね」


 桜歌は泣き始めた関谷さんを抱き寄せて、小さな子供を落ち着かせるように背中を撫でる。


「慧人さん、亜沙美さんは体調が悪いみたいなので保健室に連れていきます。午後の授業に出てこなかったら二人とも体調不良だと先生にお伝えしてください」


 桜歌はそう告げると、泣きじゃくる関谷さんの頭を撫でながら廊下の奥に消えていった。

 周囲の人間と同様に俺にも何が起こったのかさっぱりわからないが、桜歌は関谷さんのことを親友だと言っていたので二人にしかわからない事情があるのだろう。


挿絵(By みてみん)

本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

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