第11話
――三智慧人
二日後、学校が休みとなる土曜日に俺達は作戦を決行することにした。
俺は通販で買った小型の冷蔵庫を大急ぎで部屋に運び込んだあと、誰にも見られていないのを確認して安堵の吐息を漏らす。
「慧人さん、冷蔵庫をクローゼットに隠したら、すぐに包みのダンボールを捨てに行きますよ」
「証拠を残すわけにはいかないからな」
俺が自費でクローゼットに隠せるサイズの小型の冷蔵庫を買い、そこにどぶろくを隠すのが桜歌の立てた作戦だ。
ちなみに桜理さんは仕事で家にいない。
弁護士事務所は、土日を利用して法律相談に来る人が多いので、桜理さんは自分の経営する三智法律事務所の定休日を月曜日にしている。
ただ、弁護士という職業はサラリーマンと違って、いつ仕事に行って、いつ帰ってくるかが本当に読めないので、桜理さんが居ない時間帯を指定して冷蔵庫を届けてもらうのは大きな賭けだった。
「帰りにホームセンターに寄って、コンセントカバーと壁を切り取るためのノコギリを買いましょう」
「本当にそれだけで、いいのか? 金ならあるし必要なものがあれば全部買うぞ」
「問題ありません。必要なものはだいたい揃っているので」
ホームセンターで必要最低限の買い物を済ませ、三智家に戻って来た俺は家に常備された工具箱の中身を見て驚いた。
絶縁グローブ、電工ニッパー、ラジオペンチ、電線引き込みワイヤー、極めつけは電圧テスターと本当に必要な道具が一通りそろっていた。
しかも、ただ揃っているだけではない。
どの道具も使い込んで少しくたびれているので、桜歌と桜理さんは間違いなくこの道具を使って何らかの作業をやっている。
「お母さんは、離婚調停とか、いじめやパワハラに対する損害賠償の仕事を請け負うことが多いので、証拠集めのために、この手の道具が役に立つのです」
「おい、それって法に触れる事じゃないよな?」
「それは秘密です」
桜歌は、唇に人差し指を当てる仕草で俺の質問をはぐらかす。
「心配いりませんよ、今日は違法行為はやりません。ちょっとだけ、慧人さんの部屋のコンセントの位置を変えるだけです」
俺達がいまからやろうとしているのは、クローゼット内の壁を切り取って穴をあけ、そこに室内の別のコンセントから外したコンセントユニットを移植してクローゼット内に新しいコンセントを作る作業だ。
「クローゼットの下の方ヤスリで削って延長コード通すんじゃダメなのか?」
「そんな怪しいコードが伸びていたら、一発でクローゼットの中に冷蔵庫隠しているのがバレます。お母さんは映像記憶能力を持っているので些細な違和感も見逃しません」
映像記憶能力とは文字通り、目で見たものを写真のように映像として記憶することが出来る能力のことだ。
たいていのことは一目見ただけで暗記することができるし、記憶していることならいつでも思い出すことができるらしい。
「桜歌も映像記憶能力があるって言ってたな。こういう才能って親子で遺伝するものなのか?」
「そんなことはないと思います。映像記憶能力が親子で遺伝するなら、血縁によって遺伝する超能力が存在することを学校でも教えているはずです。私と母さんの場合は、奇跡的な偶然が重なった結果ですね」
そんな奇跡的な偶然が重なった結果、敏腕弁護士と超中学級の天才少女というバケモノ親子が誕生してしまったのか。
こうして、桜理さんから冷蔵庫を隠すためのコンセント移植工事が始まった。
もっとも俺がやることは大して多くない。
悔しいが俺は電気工事に関する知識は一切ない。
「大丈夫、大丈夫、コンセントの移設なんて手順を知っていれば誰でもできます」
そんな桜歌の言葉を信じて黙々と手を動かすだけだ。
「それじゃ、最初に家のブレーカーを落とします」
「ブレーカー?」
「電力会社から家の中に電気を通している回線を遮断して、家をわざと停電状態にします。電線に触るのだから通電していたら危ないじゃないですか」
桜歌の指示に従って、メインのブレーカーを落とすと家中の家電が一斉に動き止めて家の中がシンと静まり返る。
「これで感電の心配はなくなりました。慧人さんの部屋で素早く作業を終わらせましょう」
俺の部屋に戻ると桜歌はコンセントの大きさを物差しで計測し、クローゼット内の壁にペンで同じ大きさの切り取り線を書き付ける。
「慧人さんは線に沿ってノコギリで壁を切り取ってください。内側の壁は薄い石膏ボードなので、ゆっくり削り取るように切るのがコツですよ」
指示に従って俺がギーコギーコとクローゼット内の壁を切り取っていると、桜歌はコンセントカバーにマイナスドライバーを差し込んでバチンとカバーを取り外した。
それから、カバーに隠されていた金属製のコンセントユニットを取り外して、裏側に取り付けていた電線にテスターを当てる。
「電圧0。ちゃんと電気は止まっていますね」
手慣れている。
絶縁グローブで防御しているが、通電している電線に触ったら感電してしまうリスクがあるのに全く怖がってない。
俺が桜歌の書いた切り取り線に従ってクローゼット内の壁を切り取ると、外壁と内壁の間に数センチの中空の空間があった。
「最近の住宅は、壁の間に断熱材やケーブルを入れるための隙間があるんです。この隙間の中に電線だけじゃなく光ファイバーのケーブルも入っています」
証拠隠滅のために石膏クズを丁寧に掃除機で吸い取ったあと、ワイヤーを使って電線をクローゼット内に引き込み。
電線を桜歌が外したコンセントユニットに接続してから、クローゼット内の穴に接着。
最後に二つのコンセントカバーを壁の穴にはめ込めば作業完了だ。
ちなみに、ブレーカーを戻して隠しコンセントと冷蔵庫を接続したら、何の問題も無く冷蔵庫に電力が供給された。
「ねっ! 簡単だったでしょ」
「いやいやいや、絶対なんかおかしいから」
確かに作業自体はスムーズに終わった。
しかし、これは桜歌がコンセント移設工事の作業手順と安全対策を全て知っていたからだ。
忘れてはいけないが、彼女は電気工事の技術者ではなく、ただの中学3年生。
どんな教育を受けたらこんな女子中学生が生まれるのか想像もつかない。
「それより、手間をかけて隠し冷蔵庫まで用意したんだから、どぶろく腐らないようにちゃんと保存してください」
「そうさせてもらうよ。そろそろ、発酵が進んで酒になってきたけど飲んでみるか?」
「いいんですかッ! なら一口いただきます」
酔っぱらって酒飲んだことがバレたら元も子もないので、マグカップにどぶろくを注いで二人で半分ずつ飲むことにする。
「あっ! お酒は初めて飲みましたがけっこう美味しいですね。甘酸っぱくてジュースみたいにするする飲めます」
「実際、ジュースみたいなもんだからな。ニビルで飲んでた酒より明らかに味が薄い、発酵が足りてないな」
酒を飲んだ時に感じる独特の熱さを感じるのでノンアルコールではないと思うが、明らかにウルクで売られているものよりアルコール度数が低い。
これでは桜歌の言う通りジュースと大差ない。
「殺菌のために入れたヨーグルトが多すぎたかな?」
ヨーグルトの乳酸菌が雑菌の繁殖を防いでくれるので投入したが、酒の味よりは酸味の方が強くなってしまった。
「それなら、次はドライイーストを混ぜるといいですよ」
「なんだ、それ?」
「パンの発酵をうながすイースト菌のタネです。失敗の原因が発酵不足なら、イースト菌で発酵を促進させてあげれば解決すると思います」
「次はそうしてみる」
俺は18歳までこの家に住み、桜歌の好意で隠し冷蔵庫まで用意してもらったんだ。
挑戦するチャンスはいくらでもあるだろう。
「しかし、なんで密造酒なんて作ろうと思ったんですか? 慧人さんが三度の飯よりお酒が好きなんて話は聞いたことないのですが」
「いや、酒は嫌いじゃないが飲まなきゃ死ぬほど好きじゃない。ただ、桜歌からもらった課題に苦戦してたから気晴らしがしたくてな」
「課題に苦戦って――マンガ読むだけですよね?」
マンガを読むだけの課題になぜ苦戦するの理解できないらしく、桜歌はコクリと首をかしげる。
「なんか主人公の行動に共感できなくてイライラするから集中できないんだよ。なんとか10巻くらいまで読んだけど、あの主人公キライだ」
俺がそう言うと、桜歌は何かを悟ったようにポンと手を叩いた。
「なるほど! 慧人さんは幼馴染派だったんですね」
「なんだよ、幼馴染派って?」
「負けヒロインの幼馴染が報われて欲しいと思うファンの派閥です。
あの手のラブコメ作品は推しヒロインが誰かでファンが派閥を作るんです。
慧人さんが読んでる作品の場合は、先輩と幼馴染のWヒロイン体制なので、派閥も基本的に先輩派と幼馴染派に分かれる感じですね」
いきなりわけのわからない単語を連発されて、俺は口をポカンと開けて言葉を発することができない。
「あれ、自覚なかったのですか? 慧人さんは作中のヒロインで先輩よりも幼馴染の方が好みですよね?」
「好みというか……主人公が幼馴染に冷たすぎだろ。
あいつ自分が好きな先輩が努力してる姿が好きとか言ってるのに、幼馴染の頑張りには目を向けないのがイラつく。
好きとか嫌いとか関係なく、仲間の頑張りや良いところはちゃんと見て認めてやらないとダメだろ」
俺は先月まで一緒に戦っていた三智隊の仲間のことを思い出す。
オヤジ、時子、カ・キリ、カ・マリの4人は全員が努力を怠らなかったし、それぞれが他人にはない強みをもっていた。
戦友の努力と良さをちゃんと見て認めてやることは一緒に戦う上で一番大切なことだ。
「なるほど、同じ学校に通って部活を頑張っている仲間なのだから。先輩だけでなく、幼馴染ちゃんもちゃんと見ろと」
桜歌の言葉に俺は無言でコクコクとうなずく。
「まあ確かに慧人さんが言っていることは一理ありますが――日本にはこういう言葉があります『恋は盲目』」
「なんだ、それ?」
「そのままの意味ですよ。人は誰しも恋をすると好きな人のことしか見えなくなるのです。主人公君の場合は、先輩のことが好きなので先輩のことしか目に入らないのです」
「そんなもんかねえ?」
「そんなものです。慧人さんだって、きっと恋すれば主人公の気持ちがわかるようになります」
俺は桜歌の言う恋をした経験がないので彼女の言葉に全く実感が湧かない。
「ちなみに慧人さん、私のことはどう思いますか」
「桜歌のこと?」
「だって慧人さん言ったじゃないですか。仲間の努力や頑張りはちゃんと見るって。なら、慧人さんが三智桜歌という人間をどう見ているのか、私、気になります?」
桜歌は自分の胸に手を置いて、自分の評価を俺に聞いてくる。
別に隠すようなことでもないので、俺は桜歌に対して思っていることをそのまま口にする。
「桜歌は、良いところしかないだろ。バケモノみたいに頭が良くて、ケガ人の手当てもできて、料理も上手。あとちょっと怖いけど電気工事の知識もある」
俺が今まで見せてもらった桜歌の多才さを褒めちぎると、彼女は満足そうな笑みを浮かべる。
「あと、すごくかわいい。桜歌は背が低いのをどう思っているかは知らないけど、クセッ毛と赤い眼鏡が童顔によく似合っていてアニメに出てくる女の子みたいな感じがする」
「容姿については聞いてませんッ! いまでも小学生に間違えられるの、私は不満なんですよッ!!」
「怒るなよ、かわいいって言ってるじゃないか」
自分の容姿が年齢より幼く見えることが不満だったようで、桜歌はしばらくプリプリと文句を言い続けていた。
本作を読んでいただきありがとうございます。
私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。
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