第10話
――三智慧人
10日間の停学処分。
それが、野球部の部長であり不良グループのリーダーだった板場弘外3名に重傷を負わせた俺に学校側が下したペナルティだった。
日本では例え身を守る目的があっても、相手に重傷を負わせてしまうと過剰防衛という罪に問われてしまうらしい。
ちなみに、俺を5人がかりで俺に暴行を働いた板場達は30日の停学処分が下されたので、一応俺は被害者だと思われているようだ。
そんなわけで、10日間家で大人しく過ごすよう命じられた俺は、ベッドに腰かけて桜歌に渡された課題をこなしていた。
課題といっても大変なことをやっているわけじゃない。
俺が桜歌に課された課題は、パルスフォンにインストールされた学校を舞台にしたラブコメ漫画を読むこと。
「慧人さんは、これを読んで日本の学校がどんなところなのか脳に刻み付けてください」
と、普段は人当たりがマシュマロみたいに柔らかい桜歌に、強い口調で言われたので読まないわけにはいかない。
しかし……。
「日本の学生って、女のことしか考えてないのか?」
話がつまらないわけでも、絵がへたくそなわけでもない。
作品の質は高いと思うのだが、主人公の性格が俺と相性が悪いらしく読んでいてイライラする場面が多い。
とても集中して一気に読む気分になれないので、気分転換に家事でもやりながら休み休み読もうと思ったのだが、あまりやる事が無い。
桜歌に洗濯物には触らないでくださいとお願いされているし、料理も俺は材料を焼くか煮るという発想しかないので週に一度カレーかシチューを作るときだけ当番を譲ると協定を結んでいる。
あとは掃除くらいしかすることがないが、大きな家ではないし、桜歌も桜理さんもモノをあちこちに放り出すタイプではないので、1階と2階を一通り掃除したらすぐに終わってしまった。
「こいつ、幼馴染に対して冷淡過ぎだろ? ラス、スリープモード」
漫画を読んでいてイライラする場面にぶち当たったので、俺はギブアップしてラスにパルスフォンをスリープモードにするよう命令する。
新しい気晴らしの方法を考えなくてはならない。
「もう掃除は終わったし、勝手に料理したら桜歌に怒られそうだからなあ」
冷蔵庫の中には今日の晩御飯になる食材が一通りそろっていた。
俺が料理当番なら食材を全部鍋にぶち込んで寄せ鍋にしてしまうが、間違いなく桜歌には別のプランがあると思う。
となると、あと俺が使っても怒られない食材は……米くらいか。
「あれを作ってみるか」
必要なのは、米、水、麹……。
――三智桜歌
午後7時。
夕日が雲に隠れ、春の日差しが宵闇に替わるころ私は玄関の敷居をまたいだ。
「慧人さん。ただいま戻りました」
「おかえり。いつもこの時間なのか?」
慧人さんは律儀に玄関まで来ておかえりを言ってくれた。
仕事が休みの日を除いてお母さんが私より早く帰ってくることはないので、なんだか新鮮な気分だ。
「明日から中間テストなので、きいさん、亜沙美さんの二人とテスト勉強をしていました。普段はもう少し早いですよ」
「3人でテスト勉強か、仲良いんだな」
「はい、きいさん、亜沙美さんは私の親友です」
主にキーに、私とアサミンがテスト範囲の勉強を教えていた形だが、人に勉強を教えるのは自分の復習になる。
「今からお夕飯を作るので少し待ってくださいね」
「なに作るんだ?」
「今日はミートボールとブロッコリーのクリーム煮と、ミートパイを作ります」
「冷蔵庫にひき肉はあったけど、パイ生地なんてあったか?」
「パイ生地の代わりにお徳用のクレープの皮を使います。ひき肉とシイタケを粗切りにした具をクレープの皮で包んでオーブンで焼いてみます。お母さんが買ってきた、あのどうしようもない食材を美味しく食べられる料理を作るのが今週の課題なんです」
私は拳を握りしめて、ひき肉に挑む決意を固める。
制服から部屋着に着替えて意気揚々と夕飯の準備を始めた私は、シンクの下にある食糧庫に見知らぬ物体が増えているのを見つけてスーと目を細めた。
浅漬け等を作るために用意していた容量1.5リットルの瓶の中に、硬めに炊いたご飯と水が入れてある。
匂いを嗅いでみると、うっすらとご飯と米麹の匂いがした。
「これ作ったの慧人さんですね?」
私は食卓に座っていた慧人さんの目の前に、彼が作った水に浸かったご飯をドカッと置いた。
「えっと……そうそう、暇だったからウルクの郷土料理のモチを作ろうと思ってだな」
「嘘だッ!!」
慧人さんが子供みたいな嘘で誤魔化そうとしてくるので思わず一喝してしまった。
「慧人さん、密造酒を作るなんて正気ですか? 日本では20歳以下は飲酒とタバコの喫煙は禁止だし。酒税法で個人がお酒を造るのも禁止されているんですよ」
そう、慧人さんが仕込んだ瓶の中身は、どぶろくと呼ばれる個人で作れるお酒――正確にはこれから発酵が進んでお酒になる前段階の代物だ。
稲作が盛んなウルクでは、米と水と米麹だけで作れるどぶろくは一番ポピュラーなお酒で私の記憶が確かなら、慧人さんは何の抵抗もなく白いお酒を飲んでいた。
「とにかく日本はウルクとは違うんです。こんなもの作っているのが他の人にバレたらタダじゃ済みませんよ」
現在、慧人さんは停学中の身だ。
停学中に密造酒を作っていることがバレたら、確実に追加の処分を受けることになる。
「しかし、日本には変な法律があるんだな。20歳以下は酒飲むなとか、個人でお酒作るの禁止とか誰が決めたんだ?」
「それは……」
日本で、お酒に関する法律が作られた理由。
外国人に質問されたときに、トップクラスに答えづらい内容だと思う。
どちらの法律もクソの上にクソを塗りたくったような理由で成立し、今日まで施行され続けている。
「とはいえ黙っているのはフェアじゃないですね。
まず、個人でお酒を造ることを禁じた酒税法は明治時代に作られた法律で、当時戦争続きで財政難に陥っていた明治政府はお酒にかける税金、酒税の増税を計画したんです。
当然、お酒を造る酒造会社から大きな抵抗があったので、酒造会社の売り上げを守るために個人でお酒を造るのを禁止したんです」
「そんなバカな法律許されるのか!?」
酒税法の設立経緯を聞いた慧人さんは、口を半開きにしてあきれ顔を見せる。
無理もない、設立経緯からも明らかだが酒税法は酒造会社の利益を守るためだけに存在する非常に理不尽で不公平な法律だ。
「次に20歳以下の飲酒と喫煙の禁止の方は酒税法制定の40年くらい後の大正時代に作られました。
切っ掛けは子供の飲酒や喫煙は健康に悪影響があるので年齢制限を設けようというものだったんですが、年齢制限が20歳になった理由は“なんとなく”です」
「はあ!?」
慧人さんが驚いた顔をするのも無理はない。
大正時代になると法律を作るときに審議会も開かれて議事録も残っているのだが、『若い奴に酒を飲ますと非行の原因になる』とか『20歳になったら酒を飲むのを許してやってもいいだろう』とか、今なら確実に炎上しそうな問題発言が大量に記録されている。
結論から言うと、年齢制限が20歳になったことに何一つ科学的根拠はなく、当時の政治家が“なんとなく”決めた年齢制限が見直されることもなく現在まで続いているのだ。
「アホクサ……なんで、日本人はそんなクソな法律律儀に守ってるんだ?」
「深く考えていないのと。同調圧力ですね。自分は我慢してるのに、お前だけ美味しい思いしてるのはズルいって考える人が多いんです」
ときどき未成年のスポーツ選手や芸能人が、飲酒や喫煙が発覚して激しいバッシングを受けることがある。
誰かを傷つけたわけでも、何かを盗んだわけでもなく、ただ飲酒や喫煙をしただけで人間のクズだと言わんばかりにバッシングするのは日本人の悪いところだと思う。
「日本のお酒に関する法律の事情は、こんな感じです。納得していただけましたか?」
「するわけないだろッ!」
「ですよねえ~」
私もこんな理不尽で不公平な法律は見直した方がいいと思うのだが、いまのところお酒に関する法律が改正される見込みはない。
「仕方ない、プランBで行きましょう。とりあえず、今日はこの瓶を慧人さんの部屋のクローゼットに隠してください」
「了解。どうせ発酵が進んで酒になるまでは常温保存だからな。問題は酒ができたあとだな、どぶろくは冷蔵庫に入れないとすぐ腐るんだけど、家の冷蔵庫に入れるのは……」
「ダメです」
私は拒絶の意志を強く主張するために両手でバツ印を作る。
家の冷蔵庫に密造酒を隠したら、お母さんに見つかって大騒ぎになる。
「となると、飲めるだけ飲んで捨てるしかないな。もったいないなあ」
「私は別に捨てろとは言っていませんよ。日本にはこういう言葉があります。『法律を破るならバレないようにやれ』です」
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