闇オークションから魔王爆誕
「それでは、闇オークション、開ッ催ッですッ!」
何一つわからないままに連れてこられた場所は、まぶしいスポットライトの下だった。私がオロオロするたびに、二の腕の肉がぷるぷると揺れる。どうやら私がオークションの商品らしい。
──こういうのは美人が選ばれるものなんじゃないの? いや、そもそも強制的に連れてこられてこんな目に遭っているのがありえないというか、人権侵害もいいところで、全く理解できないわけだけれど。
私は冴えない中年女性だ。世の中には美魔女と呼ばれる人がいるらしいけれど、そんな部類の人間でもない。もっさりした眼鏡と、猫っ毛の癖っ毛が特徴である。
肩幅なんて生まれつきガッシリしていて、5kgの米袋を担ぐのに大変便利だ。小学生のとき、クラスの心ない男子に「『北斗の拳』の山のフドウかよ」と言われたくらいである。あんなには、でかくない。しかし近年「食いしん坊バンザイ!」と食欲に正直に暮らしていたから、腹の肉がたわわに育った。大豊作である。
なぜこんなことになっているのか──理由を話したところで、理解できない人が大半だろう。
普通に暮らしていただけなのに、急によくわからない光に包まれて、気付いたらここにいた。異世界転移したらしい。
薄暗い観客席は、よく見えない。観客は仮面舞踏会で使うようなマスクで顔を隠している。女性は扇で口元を隠しているから、余計にわかりづらい。たまに「オホホホホ」という貴婦人みたいな笑い声が聞こえる。
「本日最初の商品の説明をいたします! スキルは、Web制作や画像制作に関するものが少々! 動画も……まあ経験がないわけではなさそうですね。あとは文章作成のスキルがあります! 小説やシナリオを書いてきたみたいですね!」
商品てなんだ、こちとら人間ですよ、失敬な。あと面接っぽいわ。派遣会社の売り込みか。
他人事のように、私は脳内でツッコミを入れた。スポットライトは熱くて、じわじわと汗がにじんでくる。
観客席を見渡すと、意外にもオークションに参加している人数が多い。こんなにひどいオークションによく参加する気になったものだ。
「家事はある程度できますが、ステータスを見る限り、あまり得意という感じではないようですね! 料理はそこそこ作れるようですが、掃除や整理整頓が苦手なようです」
やかましいわい。確かに私は家事があまり得意ではないし、雑だけれど、なんだってほぼ初対面の競売人にそんなことを指摘されねばならないのか。
そもそも他人のステータスを勝手に見るのは、プライバシーの侵害だろうに。
「人生は……ウゥッ、聞くも涙、語るも涙……」
競売人が私の人生について、かいつまんで説明する。なんで知ってるんだ。そこそこ過酷な人生を送ってきたとはいえ、なぜこんなことになっているのか、やはり意味がわからない。
「この波瀾万丈な人生の記憶、いかがですか! 創作活動に大変役立つと思いますが! 人生だけでなく、彼女が過去に作ってきた作品のアイデアもあります!」
「買った! 漫画にします!」
「じゃあ私はゲームにします!」
いやいやいや、何言ってるんだお前たち。私は許可してないし、無断使用もいいところではないか。
盛り上がっている競売人の袖をちょいちょいと引っ張って、私は小さな声で聞いてみた。
「あのう、私の人生はフリー素材ではないのですが」
「大丈夫ですよ。皆さんお金を出しておられます」
「いや、私はそもそも売られることを望んでいません。意味わかんないですよ、こんなところに急に連れて来られて。こんなの人身売買みたいなものですよね?」
「大丈夫です。お金をたくさんもらえますよ!」
何言ってんだコイツ。頭の中に虫でもわいてんのか。何回も大丈夫って言うところが、かえってアヤシイ。
競売人の額は脂ぎっていて、スポットライトをテカテカと反射している。
「いや、やめてくださいって言ってるんですよ。売らないでって」
「またまたー! ビッグチャンスですよ! 乗りましょう!」
「乗りません」
私は心の底から呆れ果てて閉口した。黙っているのをいいことに、オークションが進んでいく。
挙手して値段を叫ぶ人たちが大勢いる。
「それでは次! この商品と交際──付き合える権利です!」
私は思わず吹き出した。いるわけねぇだろう。
よっぽどの美人でもなければ、スレンダーなわけでも、若いわけでもない。
歳をとると人間の価値が落ちるなんて全く思わないけれど、こういうオークションでは、とにかく外見の美しさがものを言うのではないか。スキル目当てだとしても、私は技術を広く浅く身につけてきたから、凡庸もいいところだ。
案の定、オークション会場は静まり返っている。
「あらー! 誰にも選ばれませんでしたね! 残念!」
当たり前だろ。馬鹿なのか。
哀れむような目で見てくる競売人に、チベットスナギツネのような顔をしてしまった。
「うーん……やっぱりバツイチ子持ちは厳しいですかね! 年頃のお嬢さんがいるのですが」
競売人の言葉に、私は「ハァァァァ!?」と声を荒げた。
さすがに娘までひっぱり出されては、穏やかな心のままではいられない。
観客席は、どよめいている。娘目当てにシングルマザーを攻略してやったぜとほざくゴミみたいな男性が、残念ながら世の中にはいる。どれだけ気をつけたって、そういう連中は一見よさげな顔をして近づいてくるから、見分けがつかない。離婚してから何度か告白されたこともあったが、軒並みお断りしてきたのは、娘を守るためである。
──それが今、こんなよくわからないオークションで、私の意思とは関係なく、崩れ去ろうとしている。
観客席の中で、いくつかの手が迷っている。「お嬢さんの人生は買えますか! 漫画にしたいのですが!」と叫んだ奴がいた。
「……ふざけてんのか」
「はい?」
完全に堪忍袋の緒が切れた。連中は確実に一線を越えた。取り返しのつかないことをした。
競売人が顔をのぞきこむのにあわせて、私は胸ぐらをつかんだ。
「ふざけてんのかって言ってんだよ! お前、私の娘に手ェ出したらしばき倒すぞ!」
私はつかんでいた競売人の胸ぐらを引っ張り、ステージの上に放り投げた。
競売人は舞台の真ん中でスポットライトを浴びて、『金色夜叉』の寛一お宮の像のごとく、斜め座りしている。額がピカピカと輝いて、まるで銅像のようだ。
「えっ……! データと違う! 大人しくて純情って……」
「それだけ怒ってますからね!」
「ヤンキー歴はデータにないですよ!」
「私はないけど、母がヤンキーだったからな! ちなみに父は早稲田の法学部卒なので、めちゃくちゃ口が立つ! ヤカラみたいなもん!」
法学部卒のところで、観客席がどよめいた。私はそれでうっすらと「ああ、ここ、日本の法律の及ぶ範囲なんだな」と察した。異世界なのに変な話だ。
太ましい脚をだん、とステージの上で踏み鳴らして、私はまくしたてた。
「まず、無理やり連れてきてるところが誘拐ですよね。あとプライバシーの侵害が深刻です。先ほど言ってた私の人生、個人的なメールのやりとりを盗み見ないとわからないことについて、話してましたよね。不正アクセス禁止法に違反している可能性が高いです。また、このオークションが事業であるなら、改正個人情報保護法にも違反している可能性があります」
ヤカラとヤンキーの両親に育てられた私は、ここぞとばかりに声を張り上げた。オークション会場に響き渡っている。
「そういったものを著作物に勝手に利用するなら、著作権法違反にも該当しますね。──おいこら、聞いてんのか! どないして落とし前つける気じゃワレ!」
あまりに怒り狂った様子の私に、観客席はドン引きしている。水を打ったような静けさというのは、こういうことを言うのだろう。
「なんで娘にまで手ェ出した? 申し開きの一つでもしてみろや」
「そんな、脅迫ですよ! そんなことを言ったら、暴力団が来ますよ!」
「脅迫? 私は何も受け取っていません。求めてもいません。そんなことより、暴力団って言ったな? はい、暴対法違反! 罪状が追加されました!」
観客席のどこかから「ダメだコイツ! ヤバい奴じゃねぇか!」「クレーマーだ! 化けてやがったんだ!」と悲鳴に近い声が上がった。人間が激怒すれば豹変するのは当然のことだろうに。
私を取り押さえようと、何人かがステージに上がってくる。昔ビデオで見た太極拳の真似をして、重心を落とした構えをとる。ぶんっと腕を力いっぱい振った。二の腕のぜい肉が震えるのと同時に、私を取り押さえようとしていた人々が風圧で吹っ飛んでいった。
──さすが異世界だ!
私は自分のステータス画面を開いて、魔法が使えることを確認した。どうやら炎の魔法が使えるらしい。試しに撃ってみると、オークション会場の重厚なカーテンに火がついた。
──これが本当の炎上ってか。
「あーはははは!」
私は観客席で逃げ惑う人々をながめながら炎の魔法を連射し、オークション会場を火の海に変えた。薄暗かった会場がとても明るくなって、そこにいた人々──他人をもてあそぼうとしたゴミみたいな連中の姿が丸見えだった。
「これだけド派手に暴れたら、異世界でも、さぞかし話題になるだろうよ! 二度と私や家族に手を出そうと思わなくなるくらいにはな!!」
かくして私は闇オークション会場を徹底的に破壊し、異世界で「魔王」と呼ばれることになった。
人間というのは、実に勝手なものだ。自分にとって都合のいいものを勇者、都合の悪いものを魔王と呼ぶ。
【おわり】