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ローレンスの隠してない秘密

 教会の前に着くと、安息日でもないのに中は賑わっていた。ローレンスと顔を見合わせてから扉を押し開け、中をのぞく。甲高い子どもの声が耳を突いた。


「それで、師匠が毒キノコを食べました! ってローレンス様がめっちゃ焦っててさ。俺の父ちゃんが診察したんだぜ」

「ほう、それですぐに治ったのか」

「そんなすぐに薬は効かないから、しばらくは腹を押さえて痛がってたよ」


 なにかジルに関する恥ずかしい話をされているなと察し、手をのばしてローレンスの両耳を塞ぐ。小声で抗議をされるが黙殺した。


 チェスターは子ども達と一緒に教会内を掃除しているようだ。パッと見ただけで四人くらいの子どもがいて、口々にチェスターに話しかけている。


「私もジル様のお話できるよ!」

「なんだ、聞かせてみろ」

「あのね、見回りの時はいつもローレンス様と一緒でね。喧嘩してる風だけど楽しそうなのよ」

「フン、カペロ殿の倅の話ばかりじゃないか。もっとジルが困っていた情報はないのか」


 どうやらジルについて子ども達に聞き回っているようだ。腹痛の情報をくれた子には飴まであげている。


(どういうつもりだ? 私の弱味でも探しているのだろうか)


 ゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、子どもの一人と目があった。


「あ、ジル様!」

「なんだ、また思いついたのか」

「違う、ジル様がいるの。ほら」

「なに?」


 ジルは観念して扉を開けることにした。目があったチェスターは思い切り顔を歪めてこちらを睨みつけてくる。


「貴様……もしや盗み聞きしていたのか?」

「そっちこそ、こそこそと俺のことを嗅ぎ回ってどういうつもりだ」

「人聞きの悪いことを言うな、情報収集をしていただけだ。貴様ら、これをやるからもう行け」


 チェスターが子ども達に飴を渡すと、彼らは聞き分けよく散り散りに去っていった。入れ替わりで教会内に姿を見せたローレンスを目撃したチェスターは、なぜか彼に指を突きつける。


「ローレンス、貴様! 俺に頼み事をしておいて手紙の一つも寄越さんとは、恥知らずなやつめ!」

「すみません、事件の調査にかかりきりで、貴方のことまで気が回りませんでした」


 殊勝な顔で謝るローレンスを、ジルは横目で眺める。今まで音沙汰がなかったチェスターが突然尋ねてきたのは、ローレンスの差し金だったらしい。


「いや、それはまだいい。しかしあの部屋はどういうことだ、見損なったぞ!」

「ああ、チェスター様……僕の秘密を知ってしまったのですね」


 腕を組み片方の手を顎に当てて、わざとらしく微笑むローレンスを、チェスターは鋭い瞳で睨みつけた。


「秘密だと? そもそも同じ家に住んでいて隠すつもりがあったのか?」

「いえ、バレたらバレたで開き直るつもりでいました」

「お前達、一体なんの話をしているんだ?」


 ローレンスの部屋に何かあるのかと、言い争う彼らを置いて弟子の部屋へと向かう。ローレンスは止める素振りもなくついてきたのに、チェスターの方が焦ったようにジルを引き止める。


「待て、ジル。貴様は見ない方がいい」

「なんでだ」


 よっぽど変な物でも飾ってあるのだろうか。ジルは普段、ローレンスの部屋に入ることはない。掃除は彼自身で行うし、何かあれば居間で話す。


 朝だって寝汚いのはジルの方で、ローレンスはシャキリと起きてくるから行く必要がなかったのだ。


 視線をローレンスに向けると、楽しげに首を傾げられる。


「僕は構いませんよ。見られて困る物は置いていませんから」

「そうか。では開けるぞ」

「ジル!」


 チェスターの制止に耳を貸すことなく、ジルはローレンスの部屋の扉を開けた。こじんまりとした部屋には木製のベッドが一つ、小さなテーブルと本棚、それに飾り棚が置かれている。一見何もおかしなところがない普通の部屋だ。


「ん?」


 地味な部屋の中で飾り棚だけがやけに飾りたてられているというか、色が多い。近寄ってみると、見覚えのある物ばかりが陳列されていた。


 幼い頃にあげたハンカチ、どうしてもほしいとせがまれて作った下手くそなぬいぐるみ、一緒に紅葉狩りをした時の落ち葉を使った栞、そこまではいい。


 捨てたはずのジルの古びた肌着や、処分を頼んでいた裾が擦り切れたローブ、さらには破れたパンツまで大事そうに飾られており、半眼でローレンスを見上げる。彼は悪びれもなく笑い返した。


「すべて、僕の大切な師匠との思い出です」

「パンツが?」

「すみません、パンツは思い出というよりは邪な想いにより収集しました」


 ローレンスの自白を聞いた途端、勢いづいたチェスターが冊子の表紙を指差す。


「それだけではないぞ! これを見ろ!」


 何十冊もうずたかく積まれている、飾り棚の端を占拠しているノートを一冊手にとると、そこには『我が愛しのジルへ』と題名が書かれていた。


「これは……」

「読んでもいいですよ。誰に恥じることもありません。ああでも、師匠にどう思われるか緊張しますね」


 なぜか照れた様子のローレンスと、歯を噛み締めて弟子を睨むチェスターを訝しく思いながらもノートを開く。そこには、ローレンスが毎日の生活でジルに抱いた赤裸々な感情が、つぶさに記されていた。


『◯月×日、窓際で朝の光を浴びながら本を読む師匠は、一枚の絵画のように美しかった。僕が声をかけると柔らかな声で「おはよう」と返される。もうそれだけで、今日が幸せな日になるであろうことを確信した。ああ、成人の日が待ちきれない。好きだ、早く押し倒したい……いやダメだ、想いを受け入れてもらえる日まで耐えなければ』


 何枚ページをめくっても、同じような愛の言葉が熱量を持って書かれている。好きだ、愛している、早く唯一になりたい、大人として認められたい、そうすれば愛を告げられるのにと、痛いほどの想いが何度も何度も繰り返し綴られていて。


 ジルは思わず片手で口元を覆った。その動作を弟子が気持ち悪いと感じたせいだと思ったのか、チェスターが励ますようにジルの肩を抱く。


「こんな変態と一緒に暮らしていたなど、心中を察して余りある。安心しろジル、コイツは俺が責任を持って追い出してやるから」

「おや、ここは僕と師匠の家ですよ。出ていくのは貴方の方です、チェスター様」

「馬鹿を言え! 見ろ、ジルの顔を! 耳まで真っ赤になって怒っているではないか」


 ジルの背後にいるチェスターからはちょうど表情が見えなかったのだろう。口元を隠したジルは耳まで赤く染め、瞳を潤ませて感動していることに気づかなかった。ジルは震える声で必死に告げた。


「ローレンス……お前は本当に私が好きなんだな」

「はい、愛しています」

「っ!」


 堂々と告げられた愛の言葉が耳に届いた瞬間、ジルは感極まって彼の胸へと飛び込んだ。チェスターはあんぐりと口を開けて二人に向かって指先を向ける。


「な、ななな、何故だジル!」

「チェスター、数日の間村を守ってくれてありがとう。すまないが早急にローレンスと話し合いたいことができた。少しの間、部屋を出ていてくれないか」


 愛しい人の胸元に顔を埋めたまま告げると、チェスターは傷ついたように顔を歪め、グッと拳を握り締める。友は足早に扉へ向かうと、懐に入れていた教会と家の鍵を棚の上に放り出すように置いた。


「フン、くだらない。心配した俺が馬鹿だった……! 本当に、くだらないな」


 吐き捨てるように言い放ったチェスターは、沈んだ色をした緑の瞳をジルに向けた。まるで最後にジルの姿を目に焼き付けておきたいとでも言うように。


「こんなしけた村、すぐに出ていってやる。地方赴任状も取り消しておく。もうここには二度と来ない」

「そうか……」

 なんで怒ったんだと理由を尋ねようかと思ったが、そうすれば烈火のごとく怒り出す未来が手にとるようにわかった。


 こうなったチェスターは何をしても怒ったままだから、時間を置いた方がいいだろうとジルは判断する。


「わかった。気をつけて帰れよ」

「フン! 言われるまでもない」


 肩を怒らせたチェスターは足音をダンダン鳴らしながら部屋を出ていった。慌てて見送りに向かおうとするが、玄関の扉は乱暴に閉められた後だった。


「相変わらず怒りっぽいヤツだな。部屋を出ていてほしいと言ったのは失礼だっただろうか」

「そこは問題じゃないと思いますよ。気になるなら、後日お詫びの品でも送ればいいと思います」

「アイツの住所を知らないんだが……まあいい、カペロ殿に送れば届けてもらえるだろう」


 釈然としないまま玄関の扉の鍵をかけると、ローレンスに後ろからふわりと抱きしめられた。胸の鼓動が不規則に揺れる。


「ローレンス?」

「ジル……やっと帰ってこれました」


 安心しきった声を聞き、彼にとってはひと月ぶりの帰宅なのだと思い当たった。


 まったく村から出たことがなかったから、見知った顔がいない中で心細い思いでもしていたのだろうか。ジルは含み笑いをしながら弟子に語りかける。


「おかえり、ローレンス」

「はい、ただいま戻りました」

「私がいない間、元気にしていたか?」

「体は病魔に侵されたりしませんでしたが、心はずっと凍えていました。僕は貴方がいないと元気でいられないんです」


 甘えるように肩口に額を擦りつけられて、くすぐったくて身を捩る。ジルの銀髪が彼の頭の動きにあわせて揺れていた。


「そうだったのか。だったら」


 一瞬言葉を切って、ゴクリと唾を飲み込む。緊張でせり上がりそうな声のトーンを無理矢理落として、彼の黒髪に指を差し入れた。


「私が温めてやろうか」


 ローレンスはガバッと顔を上げて、ますます激しくジルをハグした。


「ええ、ぜひお願いします!」

「では、こっちに来い」


 ジルは居間のソファに腰掛けると、自身の膝を叩いた。

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