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企みを暴く

 ローレンスは十七年前にターニャを殺した人物がいると疑い、詳しく調べているようだ。ジルが長年感じていた違和感を、ローレンスも聖都に来て勘づいたらしい。


(さすが私の弟子だな)


 彼の望みを叶えるべく、ジルはターニャと親しくしていた人物がいないか教会内で聞き込みをした。


 当時から勤めているシスターは少ない上に、たった一年働いただけのターニャを覚えていない者も多く、調査は難航している。


「ごめんなさいね、知らないわ。もしかしたら霊牧師様の方がご存知かもしれません」

「そうか、わかった。邪魔したな」


 霊牧師に声をかけるとカペロの耳にも入るかもしれない。ひいては犯人に気づかれるかもしれないと警戒したが、聞かないことには情報は得られない。


 意を決して人の良さそうな顔をした中年の霊牧師に声をかけると、のんびりとした口調で返答があった。


「ターニャ? ああ、そんな子がいたね」

「彼女が誰と親しくしていたか、覚えていないか? もしくは誰かから恨まれていたとかでもいい、当時の人間関係を教えてくれ」


 彼は思い出すように遠くを見上げて首を捻る。


「人当たりがよかったから、誰とでも仲良くやれているようだったよ。一番仲がよかったのはカペロ様だね、恋人同士だったから。彼の付き人からは嫌われていたかもなあ」

「付き人?」

「ザカリだよ。彼はカペロ様の熱狂的な信者だから。ターニャと出会ってカペロ様は変わってしまわれたって嘆いているのを聞いたな」


 カペロの側近のことかと腑に落ちた。彼が当時からあの調子だったなら、ターニャを目障りに思っていたことだろう。


「でもだからって表立って非難したとか、交際を反対したとかは聞いた覚えがないね。裏で文句を言っているだけだったみたいだよ」

「そうか。他に何か、当時変わったことはなかったか」

「他に……そうだ、ザカリと言えば、気になる噂を聞いたことがある」

「どんな噂だ?」

「夜な夜などこかに出かけていって、怪しげな商人と密会してるとかなんとか」


 例の毒タバコを仕入れた異国の商人の話だろうか。


「それは最近の話か?」

「当時の話を聞かれただろう? それこそ十七年とかそのくらい前の話さ」

「なるほどな」


 ザカリは昔からよからぬ輩と交流を持っていたようだ。ローレンスが睨んでいた通り、彼がターニャ殺しの犯人なのかもしれないと疑念を深める。


 人のいい霊牧師に礼を言って別れた。そろそろローレンスが教会に戻ってくる頃だろうと、早足で退散する。

 その日の夜、宿の一階の部屋から窓の外を見つめながら待っていると、弟子の姿が見えた。そっと窓を押し開けて手紙を受け取る。


「これが例の手紙です。どうです、怪しいでしょう?」


 ろうそくの火を手元に近づけると、同じ短文が繰り返しびっしりと書かれているのがわかった。気持ち悪いほどの執念を感じて顔をしかめる。


「うへえ」

「今日の調査で何かわかりましたか」

「お前の勘は間違ってなさそうだぞ」

「やはり……」


 頷いて手紙を懐に仕舞い込む。警戒するように辺りを見回すローレンスに向けて、早く帰れと手を振った。


「次は本人を探ってみる」

「深追いしないでくださいね」

「接触しないように気をつけるに決まっているだろう。いいから任せておけ」


 ローレンスは心配そうにジルを見つめた。くしゃくしゃと励ますように黒髪を撫でてやる。


「わっ」

「見つからないうちに帰れ」

「わかりました。くれぐれも気をつけてくださいよ」

「お前が私に頼んだことだろう、もっと信じてくれていいぞ」

「ええ、そうですね。師匠ならきっとやり遂げてくれると信じています」


 彼は琥珀の瞳を和ませると、ジルの銀髪の上に手を置いた。素早く祝福の祝詞を唱えると、はにかむように笑う。


「では、よろしくお願いします」


 窓を閉めると、彼の気配は遠ざかっていく。外の空気は冷たく張り詰めていたが、ローレンスの手は変わらず温かかった。反芻するように自身の手で髪を撫でる。


(ああ、よかった。ローレンスは変わらず私に心を置いたままだ)


 喜んでから、こんな風に思ってはいけないなと自嘲する。彼の幸せを願うなどと言いながら、触れてもらうだけで心踊る自分の反応に嫌気が差す。愛される資格がないと思うのに、浅ましく彼の愛情に触れたがる自分に気づいて、皮肉げに口元を歪めた。


(余裕がなくてみっともないな……ターニャの無念を晴らすためにも、今はするべきことに集中しよう)


 ベッドの中で寝返りを打ち、眠りの縁に沈んでいく。夢も見ないほど深く眠った。



 あくる日は安息日だった。安息日は数人の霊牧師が持ち回りで信者に祝福を送り、説法を唱える。今日はカペロもローレンスも休みの予定だから、ザカリもあわせて休みをとっているはずだ。


 霊牧師と一部の教会関係者は、教会内の部屋を住処としている。教会の前で見張っていればザカリが出てくるかもしれない。


 木の影に身を潜めながら手のひらを擦り合わせて暖をとっていると、カペロとローレンス、それにミリシアが連れ立って出かけていくのが見えた。一見仲が良さそうな彼らの背中を見守る。


(ローレンスのやつ、また心のこもらない笑い方をして)


 連鎖式にジルにしか心が動かないと言っていたのを思い出してしまい、頬が赤く染まるのを抑えられなかった。弟子の情緒の発達具合を嘆くべきなのに、一心に愛情を向けられることを満更ではなく思ってしまう。


(だめだ、気を引き締めねば)


 礼拝を終えて帰っていく参列者の中に、背ばかり高い黒髪の男の姿を見つけて神経を張り詰めさせた。ザカリは人混みを避けて歩道の端を歩き、ひと気のない墓場の方向へと歩いていく。ジルも後を追った。


 気づかれないように一定の距離を保ってついていく。ザカリは辺りを見回していたがジルに気づくことはなく、鬱蒼と茂る木々の間を縫うように歩いていく。森の中にひっそりと建つ古めかしいレンガ小屋へと入っていった。


(ここがヤツの隠れ家か。窓から様子が窺えればよかったが)


 あいにくと明かり取りの小窓が頭上に設けられているだけで、ジルの身長ではのぞけそうもない。せめて中の音を聞き取ろうと窓の下で耳を済ませる。引き出しを開けるような音が聞こえた。


 しばらくすると、ザカリは扉から出て教会から遠ざかるように歩いていった。姿が見えなくなるまで見送ってから、小屋の扉前まで駆けていく。木の扉には重厚そうな鍵が取り付けられているとわかり、ジルは腕を組んで首を捻る。


(こんな時にローレンスがいれば、話は早かったのだが)


 扉の強行突破は彼の得意分野だ。こんなボロそうな扉、彼が体当たりを仕掛ければすぐに入れそうなのにと歯噛みしながら錠前を触ると、何の抵抗もなく取り外しができて拍子抜けする。


(ヤツの手落ちか? なんにせよ、この機会を逃す手はない)


 ジルは背後を振り返り誰もいないことを確認すると、頭上に向けて十字を切る。空高く十字形の光が昇っていくのを確認してから、扉の中に滑り込んだ。


 小屋の中は壁一面が本棚やチェストで埋められていて、簡素な机が部屋の中央に置かれている。机の上には何枚かの紙と書物が積まれていた。


 どこから調べるべきか迷いながらも机の方に歩み寄る。手作りらしき書物をめくると、帳簿らしいとわかった。懐に持つ手紙を取り出し、筆跡を見比べる。


(やはりな)


 ジルは確信を持って過去の帳簿を調べはじめた。


 十七年前まで遡り目を皿のようにして読み込んでいると、多額の金を取引している痕跡を見つけた。取引相手の名前に見覚えがあるような……記憶を探っていると、先日見た墓石の名前と一致した。


(あの墓石の主は霊牧師だと記されていた。これがターニャを殺すための取引で間違いなさそうだ……)


「そこで何をしている」


 弾かれたように顔を上げると、後ろ手に扉を閉めたザカリと目があった。


「誰かに見張られているような気がしていましたが、貴方でしたか」


 彼はカペロの前で見せる感情的な態度とは違い、妙に落ち着いている。前々から調べられていると勘づいていたのだろうか。錠前がカチリと閉められた音がして、ジルのこめかみから嫌な汗が流れていく。


(狼狽えるな、どうするのが最善か考えるんだ。誤魔化すよりも揺さぶりをかけた方が隙がうまれるだろうか……いや、まずは時間を稼げればいい)


 決断したジルは自信たっぷりに見えるよう、ニヤリと笑ってみせた。


「お前の企みはすべて見抜いたぞ」


 ザカリの目が座る。神経質そうな目が眇められると、爬虫類のように不気味に見えた。


「何を言っているのです? 私は何も企んでなどいませんよ」

「企んでいただろう。ターニャに悪霊をけしかけて殺し、カペロに真実を隠し通している」

「いいえ、それは企みではありません。私は彼の周りを飛び交う害虫を駆除しただけです。聖都から追い出しただけで、殺すなんて大それたことはしておりませんとも」


 ターニャを害虫呼ばわりされて、ジルの眉間に皺が寄った。ザカリは芝居がかった口調で、夢見るように話しだす。


「私が主として崇めるカペロ様は、公明正大なお方だ。瑣末な害虫にも心を砕いてしまわれる。ですから彼の忠実な下僕である私めが、代わりに身の程をわからせてあげただけのこと」


 ジルは頭の隅が痛むのを感じた。まともに話ができそうな相手ではないとわかり、ため息をついてから手紙を目の前に突きつける。


「カペロにターニャが心変わりしたと思わせるために、彼女の筆跡を模写したんだな」


 手紙には、別れてください、どうか探さないで。もう会いません。という短い文章がびっしりと書かれている。カペロがターニャから受け取った手紙とまったく同じ文字だ。紙の上部から下部に向かうに従って、ザカリの筆跡からターニャの筆跡へと似せてられていく様子がつぶさに読み取れた。


「おや、どこでそれを? とっくに燃やしたつもりでいましたが」

「執務室の棚の底で押しつぶされていたようだ。管理が杜撰だな」


 無駄に質のいい紙とインクを使っていたためか、くしゃくしゃに押しつぶされていても何が書かれているか簡単に読み取れた。さほど堪えた様子もないザカリを睨めつける。


「そしてターニャにもカペロが心変わりをしたと告げ、教会から追い出した。それだけで満足できず、一年の時間をかけて悪霊を用意し、彼女の元にけしかけた」

「悪霊を用意するなんて、私にできるはずもありません。私は霊牧師ではないのですよ」


 肩を竦めてとぼけるザカリはジルを逃すつもりはないようで、扉から一歩も動く様子がない。

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