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8、食後の散歩は手を繋いで歩きましょう

「ふむ、ではいいかね?」

「すみません、先生。お待たせしました」



 ずっと黙っていたアルフィがそう聞くと、セオドアはしっかりと頷いた。


 しかしそういえば先程までの会話は、国やノーチェ家、ロイファー家の機密事項に該当するものだ。そんな話をアルフィに聞かせてよかったのだろうかとアデラインは今になって思ったが、セオドアたちは何も反応を示さないところを見るとアルフィもこの件に組み込まれた一人だったのかもしれない。つまり、説明はまだ終わっていないのだ。



「なに、大事な話だっただろう。それに、中くらいのノーチェも大きいノーチェも元気が溢れていてよろしい。それで、小さなノーチェ」

「はい」

「古典魔法専門の研究者になる気はないか」

「……え?」



 思いもよらない、そしていきなりすぎる提案にアデラインはひどく混乱した。これまでの流れからアルフィの話も国や家が関係するものだとばかり思っていたのだが、全く違う話のようだ。困惑するアデラインに構わず、アルフィは詳細を話し出した。



「君はその才能を持ちながら選択の魔法学を取らなかったから、所々抜けがある。そこで問題だが、古典魔法が廃れた理由を三つ述べよ」

「え、ええ? えっと……。難解であること、古い時代の魔法であるから現代に不要なものが多いこと、あとは……。文学的芸術的要素が強く、多くの人に馴染まないこと……?」

「三つ目の答えが違う。それは魔法学に精通していない者たちが勝手に作った間違った解釈だ」



 アルフィが講義をしているかのような話し方をするからか、アデラインの背筋はいつの間にか伸びていた。



「古典魔法は始まりの魔法だ。その昔、魔法は特別で魔力を持っていようと使える者は限られていた。だからこそ現代魔法や魔道具のように万人が使いやすいものが開発されたのだ」

「はい」

「難解であるのも古いのも事実だ。だが、それだけであるなら何故力ある魔法使いたちでさえ、古典魔法の全てを避ける? 古典魔法は始まりの魔法であるから、強力で魔法消費量も少ない。使えるに越したことはない。それなのに何故、多くの者が避けるのか」



 答えよと名指しされた訳でもないのに、アデラインは多少の緊張を持って口を開いた。まるで学生時代に戻ったかのような感覚だった。



「現代魔法で補えるから、ですか?」

「それもあるが、それだけではない。古典魔法を使うには資質が必要なのだ。そして、その多くは先天性ものである」

「先天性の資質?」

「後天的に資質を獲得する者もいるにはいるが、かなり少ない。いくら強大でも使えないのなら意味はないのだ。だからこそ古典魔法は廃れざるを得なかった。多くの者は、古典魔法に歴史や学問としての価値しか見出さない。嘆かわしいことに資質があってもだ。難解であるが故に、現代魔法の利便性に負ける。その上、古典魔法には生活魔法のように身近で便利なものはないからな」



 アデラインはいつの間にかわくわくしながらアルフィの話を聞いていた。多くの生徒にはそうではなかったようだったけれど、アデラインにとってアルフィの授業はいつも分かりやすく楽しいものだったのだ。


 アルフィも熱心に聞き入るアデラインに目を細めた。



「しかし小さなノーチェ、お前は違う。古典魔法を愛している」



 ここからが本題だと言わんばかりのアルフィに、アデラインははっとした。



「古典魔法は残さなければならないものだ。今日の結界魔法を見ただろう。我々がたった二人だけであれだけ強大で強固な結界を張り、この地を守った。古典魔法は我が国と未来をも守る。決して、失われてはいけない。だからこそ伝承者は一人でも多く必要なのだ」

「それで、わたくしが古典魔法専門の研究者に? ……ですが、先程先生が仰ったようにわたくしには知識に抜けや誤りがあります。そのような大役……」

「知識など、そんなものはこれからいくらでも学べばいい。その為に教育者がいる。私は未だ、君の師をやめたつもりはない」



 アデラインは、ぎゅうと自分の手を握りしめた。この国での魔法学の研究者とは、並みの魔法使いではなれない特別な職業を指す。魔法使いは自称ができるが、研究者を名乗るのであれば魔法学会に登録をし認められる必要がある。その上で国や学院に所属して初めて研究者といえるのだ。


 国お抱えの魔法使いと貴族学院などに所属する魔法学の教員たちはほぼ全て研究者であり、その研究費用は国が出資してくれる代わりに研究成果は国の為に使われる。


 しかしいくら古典魔法学の研究者が少なかろうと、素人同然のアデラインがその場に踏み込むのはおかしなことではないだろうか。今回の件の延長で、国は騎士系貴族出身のアデラインに魔法学での成功を望んでいるのかもしれないが、それでもそれは先人たちが築き上げたものを悪戯に壊しかねない。


 やはりここは、弁えて断るのが正しい。アデラインが静かにそう決断しかけた時、セオドアが横から声をかけた。



「アデライン、やりたいか、やりたくないか、でいいんだ」

「セオドア様……」

「もしやりたいなら俺も協力するし、やりたくないなら誰に何を言われようと今度こそ守り通す。だが、研究者になれば君の好きな魔法書は読み放題だと思うぞ。王宮に眠ってる秘蔵書とか」



 秘蔵書、とアデラインは口の中でそう繰り返した。魔法書が読み放題、しかも王宮のものまで。たったそれだけの情報で、アデラインの頭は煩悩に支配されそうになっていた。そしてそこにアルフィが追い打ちをかける。



「ああ、研究者になるのなら学院にある禁書もいいんだぞ、小さなノーチェ。生徒であった君には見せられなかったが、面白いものが多くある」



 弁える、謙虚さ、国の思惑、そんな難しい事柄はアデラインの中からすぽんと抜けていってしまった。



「や、やります! やりたいです!」

「よく言った、小さなノーチェ。では、私は行く」

「先生、どちらに?」

「ノーチェを迎える準備をせねばならない。学院にも王宮にも君の研究室を用意させねば」

「え」

「ああだが、学校にくればお前は教師陣に囲まれることだろうよ。皆、心配をしていたから」



 そう言い残して、詳しく説明もしないままアルフィは転移魔法を使い帰ってしまった。しかしアデラインはその言葉の意味が呑み込めていない。



「……え?」

「あっはは! 忙しくなるな、アデライン!」

「えええ!?」



 驚き叫ぶアデラインをセオドアが笑うが、本当に笑いごとではない。学院と王宮の両方に研究室を持てる研究者などそうそういないというのに、アルフィはその準備をすると言ったのだ。卒倒しそうなアデラインの何かの間違いであれという願いは、聞き届けられることはなかった。


―――


 あとになって聞いてみれば、セオドアはずっとアデラインの為に動いていてくれたらしい。



「まあ、アデラインの為っていうよりかは俺の為だったんだがな」



 そう笑うセオドアは、アデラインが学院を卒業してからずっと方々に根回しをしてどうにか彼女をノーチェ家から引き離そうとしていた。自身も騎士としてまだまだ新人であり、やることも多かったというのにだ。騎士としての仕事も鍛練も手を抜かず、それ以外の全ての時間を使ってコネクションを広げ、アデラインに来ていたふざけた縁談もギデオンと共に潰していた。


 その過程で王族と縁ができたのは偶然だったが、そこでセオドアは騎士系と魔法使い系の融和を印象付ける駒として名乗りでた。信頼を勝ち取る為に政治犯を探り捕まえ、アデラインを気にかけていた学院の教員たちも巻き込んで、やっとアデラインを迎えに行ける算段が付いていたのだそうだ。隣国の領主の件が片付いてから動き出す予定だったが、アデラインがセオドアを頼って逃げてきたことで様々な計画が前倒しになったのだ。


 夕食後に庭を散歩をしながら、二人はそのことについて話した。現在二人は王都の郊外にあるロイファー家の別宅に滞在している。婚約中であるけれど、まあもういいだろうというよく分からない軽いノリで一緒に暮らしていた。ギデオンだけはこれに反対したが、王族に宥められてもう文句は言えない状態だった。



「セオドア様の為って、貴方にとって有益なことなんてありましたか?」

「あるだろう。アデラインと結婚できる」

「……ただの学友の妹だったのに?」

「ただの、なんかじゃなかったよ。ずっと」

「どうして、とお聞きしても?」



 アデラインがそう聞くと、セオドアがぐうと顔をしかめて腕を組んだ。



「格好悪いからあまり言いたくないんだが」

「何でですか、逆に聞きたくなりましたが」

「君はそういう奴だよ。……俺はさ、魔法使い系家から初めて騎士になれそうだって学院でも結構有名人だった訳だ。いい意味でも悪い意味でも」

「はい」

「でも、当時はそこまで一生懸命じゃなかった。出過ぎず騎士系の奴らをあまり刺激しないで適当にやろうって思ってた。プライドを刺激しちゃ悪いじゃないか、魔法使い系の癖にって難癖をつけられるのも面倒くさいし。それを見透かされてたからギデオンとは初めかなり仲が悪かった。できるのにやろうとしない怠惰な奴だってよく怒鳴られてたな」



 懐かしむように笑うセオドアに、アデラインは静かに驚いていた。アデラインが知る彼らはずっと気心の知れた親友であったから、不仲の時代があったのが信じられないのだ。



「そんなところにアデラインが入学して来て、驚いた。才能の塊みたいな魔力を持ってて魔法に興味があって、でも家の方針でそれらを禁じられててさ。俺はやってもいいと、協力もサポートも出来る限りするとも言われているのに、何を不貞腐れていたんだろうって恥ずかしくなった」

「恥ずかしい、ですか?」

「そう。結局さ、騎士の家の奴らを妬んでたんだよ。こっちはお前たちと違って子どもの頃に剣も乗馬もしてこなかったんだから、すぐにできないのは当たり前だろう。で、逆にお前たちができるのはその恵まれた環境のおかげだろうって。その程度の努力しかしてこなかったから、できないことへの言い訳に必死だったんだ」



 聞きながら、それは誰の話だろうとアデラインは不思議に思った。アデラインの知るセオドアは努力家で、騎士系貴族の子女に劣っていたことなど見たことがなかったからだ。そんなアデラインの心の内が見えたのか、セオドアは苦笑した。



「アデラインに、怠惰な俺を見せたくなかったから頑張ったんだよ。気付けば騎士系の科目ではいつだって上位に名を連ねるようになった。ギデオンには呆れられて『私がいくら言っても改めなかったくせに』って言われたけどな」

「まあ……」

「それだけアデラインの存在は強烈だったんだ。一目惚れってやつだったのかもしれない」

「ええ? そんなふうでしたか?」



 セオドアとアデラインは確かに学生時代いい雰囲気になったことはあったが、それは初めからだった訳ではない。初めは本当に友人の妹にちょっかいをかけにくるような気安い接し方だった。しかしあれは子ども相手にするようなことで、恋する人にするようなことではない。それを指摘すると、セオドアは口を覆って目線を外した。



「……照れ隠しだったんだ。入学したてのアデラインはまだ幼かったし、その、可愛くて、つい。……すまない」

「謝られるようなことは、なさってませんでしたが……」



 いきなり後ろから抱き上げられたり頬を突かれたり、ノートに悪戯書きをされたりしたこともあったが、あれは無邪気に遊んでくれているのだとアデラインは思っていた。そして嫌ではなく、むしろ構ってもらえるのが嬉しかった。当時を思い出し、恋していたのは自分も同じだったとアデラインは頬が少し熱くなるのを感じた。



「……俺の行動の原動力はいつだってアデラインだったよ。ひたむきで我慢強くて、いつでも真っ直ぐ前を向いている君が好きだ」



 すっと手を引かれ、アデラインはセオドアの腕の中に納まる。やはり驚くほどに落ち着く場所だと、アデラインはそっと息を吐いた。



「だから、ちゃんと食事をして体を動かして健康になってくれ」

「……今、その話します?」

「俺はずっとこの話をしている」

「違うと思います」

「違わないんだよなあ」

「きゃあ……っ」



 セオドアがいきなり抱き上げるので、アデラインは咄嗟に彼に抱きついた。



「もうっびっくりするじゃないですか!」

「ははは、悪い悪い。でも、俺がいなくても食事はちゃんと食べてくれよ?」

「わ、分かっていますわ。最近はちゃんと……」

「屋敷にいる時は大丈夫なようだが、学院や王宮の研究室ではその限りじゃないんだよな」

「……気をつけます」

「よろしい」



 アデラインは現在、古典魔法学の研究者として失われた古典魔法の解読を進めている。驚くほどにすんなり受け入れられたアデラインは、毎日忙しい日々を過ごしていた。ただアルフィやほかの数少ない古典魔法の研究者たちと、ああでもないこうでもないと言い合うのがとんでもなく楽しく、ついつい昼食を抜きがちであることをセオドアによく叱られているのだ。


 反省はしよう。しかし、とアデラインは顔を上げた。



「でも、セオドア様。わたくしも貴方に言いたいことが」

「どうぞ?」

「いい加減、商人に勧められるままに買い物をするのやめてください」

「俺の唯一の娯楽なのに?」

「ドレスも靴も宝石も、その他諸々全部もう十分なんです。あれ以上は必要ありません」

「俺の唯一の楽しみなのに……」

「大袈裟なんですよ……。それにそれならご自分のものを購入なさったらよろしいでしょう」

「アデラインに着せるものを買うのが楽しいんだろう!」

「意味が分かりませんわ!」

「分かってくれ!」

「無茶言わないでください!」



 アデラインがあの館に転がり込んだ時から変わらず、セオドアは彼女のものを熱心に買い集めていた。その度にもういいとアデラインがいくら言っても、セオドアは聞かないのだ。


 今日こそはと意気込んで、アデラインが睨みつけてもセオドアはへにゃりと顔を崩すだけなのできっと今回も駄目なのだろう。アデラインはため息を吐き、眉間に皺を寄せたままでまた口を開いた。



「あと、わたくしを抱き上げたまま普通に歩かないでください」

「アデラインが軽い鍛練に丁度よくて」

「ソファでぴったり横に座ったり膝の上に乗せるのも控えてください」

「くっついていないと最近寒くて」

「それから部下の方にあまり無理をさせないように。北の氷山を一日で往復できるのはセオドア様とお兄様くらいですから考え直してください、という嘆願書がわたくしに届きましたよ?」

「どいつからだ?」

「言いませんわ」



 アデラインは抱き上げられたままで、つんとそっぽを向いた。セオドアはそんなアデラインの頬にキスをして、笑う。



「まあ、善処するよ」

「絶対ですよ?」

「善処はする」

「それはしない時の返事ですわ」

「そうか?」

「そうです」



 アデラインはまたじっとセオドアを見つめたが、今度は唇にキスをされる。驚いて体に力が入るが、騒ぐほどのことでもない。二人は婚約者なのだから。


 二人の間にあった問題は、一気に方が付いたのだ。


 アデラインが結婚させられそうになっていた前西部騎士団副団長は国王から内々にではあるがお叱りを受け、表舞台に立てなくなった。本人も国王から直々に苦言を呈されたことにショックを受け、今では屋敷に引きこもっているそうで、彼の行動に頭を悩ませていた親族からは謝罪と礼の品が贈られてきた。


 隣国の領主はあの一件で処刑され、領地だった一部地域を我が国が貰うことで隣国とは話がついた。素早い交渉と素晴らしい結果をもたらした外務大臣は、勲章を賜ることになっている。セオドアはそんな外務大臣から直々に現場対応の的確さを褒められ、結婚祝いという名の褒美を大量に贈られていた。


 魔法使い系と騎士系の確執は勿論まだあるが、国王が「二人の結婚を機に更なる関係改善を期待している」と言ったものだから対応を模索し始めた家も多い。何より騎士系保守派の筆頭だったノーチェ家の娘が、魔法使い系の名家であるロイファー家の息子と結婚するのだ。しかも前ノーチェ侯爵夫妻は事実上蟄居での代替わりである。明日は我が身と身の振り方を模索している者もいる。だからなのか、二人の結婚への反発は全くと言っていい程なかった。


 では今後、何の憂いもなく幸せになれるのかと問われればそうではないとアデラインは思っている。けれど、



「……明日は結婚式なんですから、もう休まないと」

「そうだな。……ギデオンが号泣しそうだ」

「ふふ、それは絶対ですわ」



 頑張ろうと、頑張りたいと思うのだ。勝手に全てを諦めていたアデラインをずっと想ってくれたセオドアが必要だと言うから、彼の傍にい続ける為の努力をしたい。そんなことを考えながら、今度はアデラインからキスをした。


読んでいただき、ありがとうございます。

ブックマーク・評価・誤字報告もありがとうございます。励みになります。


私事ですが、ちょっとしたスランプでして書いても書いても満足できず書いて消してを繰り返していました。今でもまだ抜け切れていないのですが、とにかく世に出してみようの精神でこれを書き上げております。もっと精進します。

読んでいただき、本当にありがとうございました。

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