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7、やることは多く、そして事態は待ってくれません・後

「アデライン、セオドア! 無事か!?」

「遅いぞ、ギデオン!」

「これでも急いだんだよ!」



 セオドアに怒鳴り返したのは、アデラインの兄であるギデオン・ノーチェだった。ギデオンの後ろにも、馬に乗った多くの騎士たちが続いている。そしてその中の一人が馬から降り、アデラインに駆け寄ってきた。



「アデライン、遅くなってごめんねぇ!」

「お、お兄様、お姉様」



 駆け寄ってきたのはジェンナ・ノーチェ、アデラインの姉である人だ。ノーチェ家の三兄弟が何故か全て揃った。呆然とするしかないアデラインをジェンナが抱きしめる。



「ど、どうしてここに、あの、遠征は……?」

「こっちもいろいろあったの! 怪我してない!?」

「ええと、してません」

「あー! よかったー!」



 抱きしめられながら背中をばんばんと叩かれ、アデラインはその力強さに懐かしさを感じながらも混乱した。アデラインの兄と姉は遠征に出ていて、しかし所属の違う二人は違う場所に行った筈だ。遠征先は機密事項であるから家族であっても知らないが、別々の遠征に出た騎士たちが同時期に帰ってくることなんてまずない。


 古典魔法が成功した興奮とモンスターがまだ全て排除できていない危険、そしていきなりの兄たちの登場にアデラインの頭は限界を迎えそうになっていた。



「ほらジェンナ、再会を祝すのはここを片付けてからだ。アデライン、後でな」

「はい、兄様。アデライン、待っててね。すぐ終わるから」

「は、はあ、はい……」



 アデラインは訳の分からないままで、兄たちを見送った。


 ギデオン率いる騎士たちは黙々と仕事をこなし、あれだけなだれ込んできたモンスターを一掃した。アデラインたちが張った結界はモンスターにのみ効果があり、人間は通れるようだったので騎士たちはそのまま結界外に残るモンスターも片付けにいく。



「……一瞬でしたね」

「数が多かっただけで小型ばっかりだったからな。こっちも数で対応できるならすぐだ。さ、俺たちは先に館に戻るぞ」

「え、いいんですか?」

「モンスター除けをやり直して被害状況と安全確認させて、避難させた領民たちを家に帰さなければならない。必要なら一時的な保護施設も開設させたりな。この場の責任者は俺だから、現場にい続けてうろうろしながら個別に指示するよりも館で状況の整理と判断と決定をしたほうが効率がいいんだ」

「……そうですね、すみません。考えれば分かることでしたわ」

「いいんだ。こういうのは経験だから、これから覚えていってくれればいい。それに場合によっては現場にいたほうがいい時もある。臨機応変ってやつだな」

「そう、なんですか?」

「そう!」



 いつも通りにからりと笑うセオドアを見て、アデラインも笑い返しながらほうと息を吐いた。緊急事態は、とりあえず終わったらしい。やらなければならないことも聞かなければならないこともまだあるが、命の危機は去ったようだ。


 二人はアルフィと共に館に戻り、事後処理をした。モンスター退治には興味を失くしていたアルフィも怪我人の治療は進んでやってくれたので、ロイファー家の魔法使いたちはモンスターたちが壊した建物の修繕に集中でき、領民たちは速やかに家に帰ることができた。


 そして館が静けさを取り戻した時、モンスターの処理を終えたギデオンとジェンナがやってきた。



「さて、で? 全部片付いたんだろうな?」

「ああ、うちの件は王太子殿下の推薦も国王陛下からの許可もおりた。これで、王国には新しい時代が到来する」

「隣国は?」

「早速、外務大臣殿が騎士と魔法使いたちを連れて交渉に。うっきうきだったぞあの人……」

「あの方は本当に動きが早い」



 応接室にはノーチェ家の三兄弟とロイファー家の長子、そして古典魔法の権威が揃っている。アデラインはセオドアと兄、ギデオンの不思議な会話を聞き流しながら今更だけれどおかしな絵面であるとゆるく首を傾げた。


 騎士系と魔法使い系の名家の子女が学院卒業後に私的に集い、和やかに会話を成立させている。その上でアデラインとセオドアが隣に座っているなんて、保守派の貴族が見れば卒倒するだろう。



「で、アデライン。遅くなって悪かったが、説明をさせてくれ」

「え、あ、はい」

「はは、油断しすぎだぞ。いいけど」

「う、すみません……」



 いきなり水を向けられたアデラインは、急いで背筋を伸ばした。セオドアの説明はこうだった。


 ロイファー領に接している隣国の領主は、以前からこの土地の魔道具や職人を狙っていたらしい。そして近々行動に移すようだという情報を掴み、怪我をしたということにして、セオドアがこの館に留まりその領主の様子を観察することになった。任務でちょっとした怪我をしたのは事実だが、腹に穴が開くなどという大袈裟なものではなくあくまで隣国の領主を騙す為の嘘だった。そしてその間、怪しまれないように外部との連絡手段も極力絶っていたのだそうだ。


 セオドアはそこで一旦話を切り、ギデオンを睨む。



「だからこそ、ノーチェ夫妻に出し抜かれたがな。なんだあの馬鹿げた縁談は」

「耳が痛い。うちの管理不足だ。決して今後はない」

「当たり前だろう」



 自身の話をされているのだということは理解できたが、どう口を挟めばいいのか分からずアデラインは結局黙ったままでいるしかなかった。しかしセオドアもそれ以上追及しようとはせず、すぐに話を続ける。



「それでアデラインがうちに来てくれたわけだが、あちらは君の調査まで手が回っていなかったようだな。だが、ノーチェ家の私設騎士が現れて状況が一変した。あちらはこの辺りに騎士は寄り付かないと思っていたから計画を実行に移すのが早まったんだな。まあ、俺の怪我の治りが想定より早いのも気になったんだろう」



 セオドアの言葉にギデオンが眉間に皺を寄せる。ノーチェ家の私設騎士がロイファー領に足を踏み入れるなんて、この作戦に参加する皆が思っていなかったのだ。だからこその失態だったとギデオンは、苦虫を噛み潰したような顔で謝罪した。



「隣国の人間だがお隣さんではあるから、俺もあの領主のことを少しは知っている。領主としての資質も魔法も剣もぱっとしない、それでいて卑屈な奴だ。いい年をして自分が持っていないものばかりを見て、何の努力もせず持って生まれた奴はいいなと嫉妬ばかりしていた」



 隣国の領主は、典型的な嫌な男だった。卑屈であることを謙虚であると言い張り、自信はないくせにプライドだけは高い。そんなことを思い出しながらセオドアは小さく首を振った。



「初めは魔法の名家に生まれながら魔法の才のない俺を憐れんでいたが、そうすることで自分が優位に立ったつもりだったんだろう。俺が騎士として名を上げだすと、ああだこうだとぶつぶつ文句を言っていた。そんな奴だから、変な計画を立てていても不思議じゃなかった」



 一貴族の領地とはいえ、それは国の領土だ。隣国からの侵略行為であるなら、開戦となる可能性は大いにある。いっそ開戦して隣国を取り入れる案も出たが、我が国と隣国の力は拮抗していて勝てたとしても被害は甚大であると却下された。だからこそ国とロイファー家はできるだけ穏便に、そして隣国に最大限有利な譲歩をさせる為にセオドアをこの地に置いたのだ。


 しかしどんな恐ろしい手段を使ってくるのかと思えば、実際の計画は小型モンスターを大量投入し、その混乱に乗じて魔道具の強奪や職人の誘拐を目論んでいた程度の杜撰なものだった。


 どうして小型だけだったのかといえば単に捕まえやすかったからで、対魔法の守護はかけていたもののそれも所詮そこまで強力なものでもない。しかも強奪や誘拐をする為に雇った者たちはただの小悪党で、事前に数人捕まえれば聞いてないことまでぺらぺらと喋る始末。その結果、隣国の領主の計画は細かいところまでセオドアたちの知るところとなった。


 セオドアは逆に裏をかかれているのではないかと疑ったが、奴の頭の足りなさならこの程度が限界なのかもしれないと結論付けた。一応は最大限の警戒と援軍の要請はしつつも、多少の被害を被って隣国から何かを引き出そうということで話がつき、今日に至る。ちなみにギデオンとジェンナの遠征も今回の任務の隠れ蓑であったそうだ。


 全ての説明を聞き終え、アデラインはやっといろいろなことが腑に落ちた。そもそもお腹に穴を開けた人にしてはセオドアは元気すぎたのだ。そんな重要な任務中に押しかけてしまったことを後悔しつつも、もう終わってしまったことだと自身を無理矢理に納得をさせた。



「……だが、計画の日が今日だったのは知らなかった。知っていたらアデラインを街に連れ出すことはなかったんだ。怖い思いをさせて申し訳なかった」

「いいえ、わたくしちっとも怖くありませんでしたわ。足手まといにならないかは心配でしたけれど、セオドア様が一緒だったから本当に怖くはなかったんです。それに、先生と一緒に古典魔法を使えたんですもの」



 アデラインが振り返ると、黙って紅茶を飲んでいたアルフィも嬉しそうに頷いた。



「そうだな、楽しかったな、小さなノーチェ」

「はい!」

「そうだろう、そうだろう。古典魔法は素晴らしい魔法学だ。だから……」

「ちょ、先生、その話は少しあとで! アデラインには順を追って説明するんで!」

「ふむ、仕方ない。暫く黙っていよう」



 何かを言い始めようとしたアルフィを何故かセオドアが制止する。しかし二人の間ではもう纏まっている話らしく、アルフィはまた静かに紅茶に口をつけた。アデラインは不思議に思ったけれど、次はギデオンが小さく手を挙げる。



「それじゃあ、ここからは兄さんが説明する。アデライン、私たちの家のことだ」

「……はい」

「安心してくれ、いい話ばかりだから」



 家のことと言われ身構えたアデラインに、ギデオンは柔らかく微笑んだ。



「結論から言うと、父上は引退して母上と共に領地の隅で隠居することになった。爵位と家督は私が継ぐ。それから、これはちょっとまだ兄さんがもやもやしてるんだけど、アデラインとセオドアの結婚が決まった」

「え」

「これに関しては国王陛下からも王太子殿下からももう祝福されちゃったから覆すのが難しいんだけど、ごねることはできるから嫌だったら!」

「おい、何が嫌だったら、だ! 大人しく観念しろ!」

「だって! やっと邪魔者がいなくなって俺と妹たちの穏やかな生活が始まろうとしてたのに!」



 衝撃的な発言のあと、すぐにセオドアとギデオンが言い合いを始めてしまった。アデラインは固まったままだが、今度はジェンナが口を開く。



「あ、兄様。わたしも結婚するから」

「……ん?」

「結婚、するから」

「ちょっと何言ってるのか分からない」

「隣国で、先代王弟閣下の血筋の者との間に縁ができたと言ったでしょう。彼と結婚して隣国に籍を移します。既に王太子妃殿下には話を通してありますので」

「本当に何言ってるのか兄さん分からない!」



 アデラインも何がなんだか分からなかった。両親が隠居してセオドアと自身の結婚が決まり、姉も結婚するらしい。もう幻聴だと言ってくれたほうが信用できそうで、アデラインは声も出せなかった。


 そんなアデラインをギデオンのことは無視をして、ジェンナが笑う。



「アデラインも分かってなさそうね」

「え、ええと、まったく……?」

「できるだけ説明するわ。兄様はあとで、今はちょっと黙ってて」

「うぐ……」



 そう言われたギデオンは、ぐうと顔をしかめて黙った。優先順位はアデラインへの説明のほうが高いと感じたらしい。



「まず、国としては騎士系と魔法使い系の貴族たちに手を取り合わせたかった。それは知っているわね?」

「は、はい……」

「我が家のように頑なな家は、王家にとって目の上のたんこぶだったのよ。騎士派にも魔法使い派にもそういう家はまだ多いけれど、うちは大家だから特に。けれどアデライン、貴女が生まれたわ」



 アデラインは黙って頷いた。王家や国家の方針と現状が合致していないことはこの国の課題とされている。学院でもそう習ったし、同じ騎士系でも保守派と改革派では考え方が異なっていることくらいは知っていた。


 しかし自身が生まれたことが何になるのだろうと、アデラインはジェンナの言葉の続きを待った。



「王家にとって、貴女の存在はよいものだった。優れた魔力を持ち、しかも華奢な女の子で騎士にはなれなさそう。大家であるノーチェ家から魔法使いが誕生すれば、さすがの父上たちも娘に免じて態度を軟化させるだろうって。でも、そうはならなかった」

「……」

「だから、あの人たちは見せしめに使われることになったのよ。セオドア君と貴女の結婚も融和を周知させる為、わざわざ国王陛下と王太子殿下が祝福までしたの」

「……わたくしが生まれた為に、お父様たちはそんな目に遭うのですか?」

「いいえ、それは絶対に違うわ。この結末はあの人たちが道を踏み外したせい。あの人たちがアデラインにした仕打ちは貴女は勿論、わたしや兄様、そして我が家に仕える私設騎士たちと領民の心と尊厳まで傷つけ貶めたの」



 そう言い切ったジェンナの瞳には憤りが燻っていた。その怒りはアデラインの為のそれであり、ジェンナ自身のものでもあった。



「ずっと、助けられなくてごめんなさい。わたしが隣国へ留学に行ったのは、あちらで生活基盤を作ってアデラインを呼び寄せる為でもあったの。でも、時間がかかって……。やっぱり傍で守ってあげていればよかったと、後悔しているわ」

「お姉様が謝罪をなさることなんてありません。お姉様たちはずっと、わたくしを守ってくれていました。むしろ申し訳ないくらいで、わたくしはお姉様たちに何もお返しできないのに」



 それはアデラインの本心だったが、ジェンナは一瞬だけ泣きそうな顔で微笑んだ。結局自身たちだけでは動かせなかった事態が、思わぬ形で大団円に向かおうとしていることへの安堵であるのかもしれない。



「……アデラインが笑ってくれたら、わたしたち嬉しかったのよ。優しくて賢くて可愛い妹だもの。でもね、だからこそわたしも兄様もあの人たちの結末には本当は納得していない。アデラインにあんなに酷いことをしておいて、隠居だけで済ませるなんて」



 アデラインは、少しだけ俯いて静かに両親を思い浮かべた。しかしどうしてだか、彼らの顔が思い出せないのだ。「お前は家の恥だ」などと言われたことは覚えているのに、どんな顔をしていたのか本当に分からないのだ。


 そこではっとして、アデラインは顔を上げた。



「……わたくしね、お姉様。反抗期をしたんです」

「え?」

「正しい反抗期というのは、親からの自立を目的としているんですって。わたくし、もう、あの人たちのことはどうでもいいわ」



 そう、本当にどうでもいい。血肉を与えてくれたことや飢えないように衣食住を整えてくれたことには感謝してもいいが、ずっと疎んでいたのだから彼らもアデラインにどう思われようとどうでもいい筈だ。


 両親が国の意向に沿えず失脚させられたことはアデラインに責任があることではなく、またアデラインは新しい家長である兄と王家に結婚を認められたのだ。アデラインにとって都合がいいことこの上ないが、この縁談を受けることこそ家の利益となる。そうであれば、もう遠慮もいらないだろう。


 そんなことを考えながら、アデラインは隣に座るセオドアを見上げた。



「心から信じたいと思える人が、ずっと一緒にいてくれるそうですから」

「アデライン……」



 セオドアは僅かに驚いた顔をしてから微笑み、アデラインの手を握った。しかし二人の空気を壊すようにギデオンが声を上げる。



「アデライン! 兄さんも! 兄さんもいる!」

「兄様煩い!」

「ぐあ!」



 ジェンナに殴られたギデオンが泣きまねをする。セオドアは呆れていたが、アデラインは笑ってしまった。



「うっうっ、あの人たちは形式上は隠居だがほとんど蟄居だ。別荘からは基本的に出さず、軟禁状態にする。……もう絶対に、アデラインには近づけさせない」

「……ありがとうございます、お兄様」

「うん! セオドアが嫌になったらすぐ帰ってきていいからね!」

「殴り倒すぞ、この野郎」

「返り討ちにしてやるから来いよ」

「やめなさいって!」



 セオドアたちが何故か急に喧嘩腰になりジェンナが止めるが、このやり取りをアデラインはよく知っていた。学生時代のセオドアとギデオンはよく肉体言語で語り合っていたのだ。これはもう男同士のじゃれ合いみたいなものなだろう。


 しかしジェンナに止められたことで、ギデオンの興味の矛先が彼女に向く。



「はっ、ちょっと待ちなさい。ジェンナ、兄さん聞いていないよ。どこの誰と結婚したいのかちゃんと教えなさい。家長は私だからな!」

「ああ、はいはい、ちょっと別室に行きましょう。魔法使いの先生をずっとお待たせしていますから。セオドア君、別室借りるわよ。アデライン、またあとで」

「お好きに」

「お姉様、婚約者の方のお話はわたくしも聞きたいです」

「ええ、是非聞いて。それもあとでゆっくりね」



 ジェンナとギデオンが応接室から出ていき、この場にはアデラインとセオドア、アルフィが残った。



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