妹も「優しい虐待」の被害者ではありますが、逃げた私にはもう関係ありません。
誤字報告ありがとうございます。訂正致しました。
「クラウディア・タールケット!
妹を虐げるその性根は醜悪そのもの!公爵夫人の器にあらず!
よって、本日只今を以てお前との婚約を破棄し、エミリア・タールケットを俺の婚約者とする!」
学園の卒業パーティーの最中、婚約者である第三王子殿下が私をビシッと指差す。
殿下の隣では、新たに婚約者に指名されたエミリアが「してやったり」という顔でこちらを見下ろしている。
ああ、まぁ……はい。
エミリアは私の妹だから、婚約者を代えても、王家と公爵家の契約的にはさほど問題ないでしょう。
第三王子殿下は、私の家に婿入りして公爵になる予定だ。
その結婚相手が妹であっても、王家と公爵家の取り決め通り、第三王子の臣籍降下は成るだろう。
でも、「虐げる」って酷いわ!お父様が甘やかすばかりで何も言わないから、仕方なく私が叱っていただけなのに。
「私との婚約破棄並びに次女エミリアとの婚約、承りました。
殿下は当家の次期当主となられるので伺いますが、私はこれからどうすればよろしいでしょうか?」
――私、家に残って雑用係にされるなんて嫌ですからね?
そういう風向きになったら、ここから逃げて修道院に駆け込もう――
そう考えて殿下に問いかけると
「お前など除籍に決まっているだろう!放逐する!」
とのお答え。
いや、お父様の目の黒いうちは、それは無いと思うんだけど。
でも、殿下がそういうご意向なら、そのうちどこか後妻の口でも探してくるだろう。
ずっと年上の男性に嫁ぐのも良いな、私なんかでも甘やかして貰えるかもしれないし。
「タールケット公爵令嬢、もう退出するか?家まで送ろう。」
ぼーっと考えながら立ち尽くしていると、先程会場で会ったクラスメイトが声をかけてくれる。
「ウィリアム殿下、よろしいのですか?」
「ああ、パートナーはいないので大丈夫だ。
しかし、考えてみるとパーティーはまだ序盤。迎えの馬車が居ないかもしれないな。君の馬車もそうだろう?」
確かに、先程馬車を降りて会場に入ったばかりなのだ。一旦車寄せから離れているだろう。
「では。」
ウィリアム殿下が笑顔で手を差し出し、
「一曲お相手願えませんか、タールケット公爵令嬢?」
とダンスに誘ってくれる。
一人でつっ立っているのも気まずいし、お誘いは大変ありがたい。
「喜んで。」
手を取り合ってホール中央に出ると、周りの生徒達が驚いていた。
ウィリアム殿下は他国からの留学生で、母国に婚約者がいるので、こういったパーティで女性をエスコートすることもダンスに誘うことも無い。
公的なパーティーでは踊るのかもしれないけど、大使や商団主と一緒にいて、母国の特産を売り込んだりしている所しか見たことがない。
そんな殿下と、たった今婚約破棄された私が踊りだし、ホール中の注目を集めたけれど、こうなったら楽しまなきゃ損とばかり、ワルツだけでなくジルバまで踊ってしまった。
踊り疲れてもウィリアム殿下はそばにいてくれたので、支援している芸術家の話をして時間を潰した。
エミリアは、第三王子と一緒にお酒を飲んで、お菓子を貪っている。
あーあ、あんなに飲んで……みっともなく酔っ払っても知らないわよ?
「そろそろ良い時間かな」
ウィリアム殿下がフロアの使用人を呼び、馬車を車寄せに待機させるよう命じる。
「送って行こう」
殿下に手を取られて会場を後にし、家まで送ってもらった。
別れ際、殿下からお父様への伝言を頼まれた。
「公爵への伝言を頼みたい。
明日、私的に訪問させて欲しい、公爵の都合が悪ければ会えなくてもかまわない、と。」
「かしこまりました。明日のいつ頃いらっしゃいますか?」
「急で悪いが、公爵が登城する前に相談したいことがあるから、朝一番で来る。」
「承知致しました。お待ちしております。」
家に入って、出迎えの執事に明日マティス王国の第一王子殿下が来ることを伝えると、私はお父様の書斎に向かい、第三王子から婚約破棄を言い渡されたことを話した。
「殿下がお前を放逐すると?」
「はい。私がエミリアを虐げていると仰って。
エミリアが誤解を招くような言い方をしたのではないかと思いますが。」
「殿下はまだそんなことを言っているのか。
除籍などするわけがない。
お前は妹を虐げてなどいないと、私からよくお話しするよ。
ところで、そのエミリアはどうしたんだ?」
「殿下と一緒にパーティーを楽しんでいたので、声をかけずに帰って参りました。」
「ダメじゃないか、妹を置いてくるなんて。」
――またこれか――思わずため息が漏れる。
「お父様。確かに私はエミリアの姉ですが、学年は同じ。エミリアだって、今日学園を卒業した大人なんですよ?
それに、今日、私は婚約破棄されたんです。エミリアのことなど構っていられませんでした。」
「ああ、お前は今日大変だったんだな。すまない。
エミリアはほら、お前のようにしっかりしていないから心配でな。」
お父様はエミリアのことだけとても心配する。欲しがる物も言われるまま買い与える。
私はほとんど心配されないし、決められた予算を渡されて、必要な物はそこから買う。
エミリアと私は同じ父母から生まれた姉妹なのだが、生まれ月の関係で同学年になっている。
第一子の私が女だったのを母が責められて、急いで次を作ったのだが、第二子もまた女子で。
無理をした上精神的にも落ち込んだ母は、エミリアを産んですぐ、風邪が元で亡くなってしまった。
母が亡くなってから、責めたことを後悔した祖父母は、エミリアを猫可愛がりして罪悪感を紛らわせたようだ。
二言目には「エミリアは母の愛を知らない可哀想な子だから」と言って、わがまま放題させていた。
母の愛を知らないと言うなら、私だって生まれてすぐに母と離されて乳母に育てられたのだ。
「お乳を上げている間は子ができない」とか言って、すぐに母から取り上げられたと聞く。
なんなら、なかなか乳母が見つからなかったエミリアの方が母と一緒の時間があったと思う。
偶々、私は年度の始まる月に生まれ、エミリアは年度末の月に生まれたので、同学年の子供達の中で私は一番年上で、エミリアは一番幼い。
学園で同学年になる子供達が集められた交流会で、私は優れて見え、エミリアは劣って見えてしまった。
幼い頃に1年近くも差があれば、できることが違うのは当たり前なのに、お父様は私はできる子、エミリアはできない子、と思い込んでしまった。
私がエミリアくらいの時はどうだったかな?と振り返って考えることは無かったらしい。
父の中で、優秀な私に婿を取って公爵家を継がせ、エミリアは好きにさせる、という路線が確定した。
教育に差は付けられなかったが、同じ家庭教師に同じ時間習っても、私はできない部分をできるようになるまでやらされるのに、エミリアは本人が嫌がれば無理強いされなかった。
そしてエミリアは、たくさん練習してできるようになる達成感には興味の無い子だった。
幼い頃は、私もエミリアが羨ましかった。
☆
お菓子ばかり食べて食事をしなくても、夜更かしして翌日起きられなくても、叱られない。領地経営に必要だからと苦手な算術の特訓を受けることもない。
課題に合格できなくても、本人がそれで良いと言えば許される。
でも、段々エミリアと話しても話が合わなくなって、エミリアと自分は同じレベルにいないことに気付いた。
エミリア、いくらなんでもこのままではまずいのでは?!と思ったのは、学園の中等部に入ってからだ。
入学当初、エミリアは、社交術にしても勉強にしても、学年の最底辺だったと思う。
公爵令嬢なので貶められることは無いが、伯爵以上の家の子女とは話が合わないようだ。
あちらが持ち物を褒めてくれたりして会話の糸口ができても、「おじい様からもらったの」のような返事しかできない。素材とか意匠とか扱っている商団などの話に膨らまない。他の知的な話題も振れない。
結果、エミリアには平民ギリギリの取り巻きができて、エミリアの自慢話を聞くか、少額を賭けてカードゲームに興じるだけになった。
半年くらいは私も様子見していたけれど、流石に取り巻きの質が悪すぎると思って、お父様に報告した。
お父様は私の話を真剣に聞いて、エミリアにもう一人家庭教師を付けた。高位貴族であれば中等部入学までに身につけているはずの常識を総ざらいするためだ。
エミリアには「クラウディアがお父様にチクったから課題を増やされた」と恨まれた。
・・・まず、その発想がダメだと思う。
公爵令嬢に生まれたのだ、普通なら侯爵や伯爵に嫁ぐ。王族と縁付くかもしれない。
なのに、彼女は身分目当てに寄ってくる子爵や男爵としか話が合わない。というか、爵位の低い取り巻きすら、エミリア個人には何の魅力も感じていないだろう。
その状況で、せっかくお父様が与えてくれた学び直しの機会を、私に押し付けられた厄介事のように言うなんて。
私はエミリアに将来どうするつもりなのか聞いてみた。
私は長女だから婿を取って公爵夫人になる方向で勉強しているけれど、エミリアが公爵夫人になりたいなら譲っても良いと思った。
でもエミリアは、へらりと「お祖父様お祖母様と領地で暮らす」と言った。
小さい頃から祖父母がふざけて、「エミリアはじいじとばあばとずーっと一緒にいるんだから、難しいことは覚えなくていいし、面倒なことはしなくていいんだよ。
領地で美味しいものを食べて、楽しいことをして暮らそう」と言っていたが、まるでそれを本気にしているかのようだ。
「結婚もしないで一生?」
念を押しても、領地で何もせずに暮らしたいと言う。
私からすると、そんなのは何か罪を犯して蟄居しているようで、好んでするものでは無いのだが、エミリアは面倒なことをしないで済むのが一番なのだそうだ。
「エミリア、でも、お祖父様もお祖母様も先に死んでしまうよ?その後はどうするの?」
……エミリアからの返事はなかった。
代わりに翌日お祖母様から叱られた。
あれは、エミリアが故意に言葉を捻じ曲げて伝えていたんだと思う。
私はそれから、せめてエミリアが学園で我が公爵家の評判を下げないように、目に余ることは注意するようにした。
テーブルマナー、話題選択、言葉遣い……。芸術家の支援も勧めてみた。
他家に招待されて食事をすることもあるから、好き勝手な時間にお菓子を食べるのをやめて、普段の晩餐で、食事しながらの会話や相手に食べるペースを合わせる練習をするように何度も言った。
食べられない物はメニューの確認の時に使用人に伝えておけ、その上で出された食事は残さず食べろ。そんな、わざわざ口に出さなくても普段の生活で学ぶようなことを、ガミガミ言わなくてはならなかった。
「さっきマカロン食べすぎたから食べきれなーい」と夕食を食い散らかした時は、食べきれないのがわかってるなら使用人が食べるから手をつけるな、領民の税金で買ってるんだし、このお肉だって、元は生きてた命を頂いてるんだよ?!と説教をした。
しかし、私が頑張って叱っても、お祖母様が「クラウディアはうるさいわねえ?少しづつでもお夕飯を食べたんだから偉いじゃない」などと甘やかすから台無しだった。
お父様はお父様で、私の説教をうんうんと聞くけれど、一緒にエミリアに何か言ってくれることは無い。
私は跡継ぎ用、エミリアは置いとく用とでも思っているようだ。
高等部に入る直前、私と第三王子が正式に婚約した。
高等部に入る時にその学年の貴族の子女が一斉に社交界デビューするので、デビュタントの舞踏会に婚約者と参加する人が多い。
私は第三王子にエスコートされ、エミリアのエスコートはお父様だった。
エミリアはここでやっと、私との扱いの差に思い至ったらしい。
クラウディアだけあんな格好良い王子様と婚約してずるい!と。
エミリアが婚約者が欲しいと言い出して、お祖母様が焦った。
エミリアを嫁に出すなら最低でも伯爵家じゃないと公爵家の威信に関わるが、エミリアには女主人が務まるような教養が無い。
婿を取るにも、エミリアにあげられるのは飛び地の子爵領くらいしかなく、子爵・男爵の三男以降しか来ないだろう。
それにしたって、有望な子息は早くから行き先が決まっていて、デビュタントが終わってから探したって、エミリアが喜ぶような婿が見つかるはずもない。
エミリアも、自分の価値を過大評価していて、要求レベルが高すぎた。
将来王弟公爵の義妹になるのだ、茶会や夜会に行けば最上級のもてなしを受ける。
私と一緒に参加すれば、私の機嫌を取るためにエミリアも褒められる。
私は茶会の雑談から国の流行を作り出して行くが、エミリアはその流行に踊らされる側から抜け出せない。それに気付いてさえいない。
先日の茶会では、侯爵夫人が「編み機」を導入すると言うので、参加者がしばらく高級レースを使った衣装を着てレースを流行らせてあげることになった。茶会出席者の高位貴族から始まって、男爵や裕福な平民が流行に乗る頃には、侯爵家の編み機で安価なレースが量産できるだろう。
エミリアは取り巻きが争って買い始めた頃に嬉々として「最先端」の高級レースを身に着けるのだ。
エミリアとお祖母様のお眼鏡にかなう婚約者を見つけられないまま時は流れ、エミリアは将来の義兄である第三王子と交流を深め始めた。
私は学園の勉強とお父様の補佐が忙しくて遠乗りや観劇に行く暇が無かったので、未来の義兄妹が一緒に遊び回っていても気にしなかった。
使用人を引き連れて行く、節度ある遊びだし、王子様ともあろうお方が、エミリアの子供っぽい嘘を真に受けるとは思ってもみなかった。
エミリア話法では、「夕飯が食べられなくなるから、夕方のお菓子はやめなさい」が、「クラウディアが使用人に命じて粗末なものしか食べさせてくれない」になるのだ。んなわけあるか!
エミリアが怠惰な生活のせいで不健康な見た目で、流行遅れのドレスを着ているから、王子が深読みしすぎたのかもしれない。
エミリアの取り巻きから、私が勉強の邪魔をするからエミリアの成績が上がらないのだという噂も流れた。
私はエミリアが効率よく試験勉強できるように要点を纏めたノートを書写して、彼女の家庭教師に渡してあげているというのに。
エミリアは、自分を高めるのではなく、人の足を引っ張る方に注力する人間になってしまった。
第三王子殿下からしばしばエミリアに意地悪をするなと注意されたので、お父様からもエミリアのために高位貴族としてふさわしくない点を指摘しているだけだと説明してもらったのだが、王子は父もエミリアを疎んじていると思ってしまったようだ。
使用人によると、エミリアが「母の命を奪って生まれた自分を父と姉が憎んでいる」とか泣きついているのだそうだ。
エミリアの婚約が決まらず、将来領地で暮らすことになっているのも、王子とエミリアの間では私の意地悪ということになっている。
そこまで貶められてはやってられないので、私はエミリアに構うのをやめた。
つまり、見捨てたのだが、何故かエミリアは勝ち誇ったように王子と遊び歩いていた。
お父様は、王子とエミリアの距離感には言及せず、
エミリアが都会の方が好きなら、ずっとタウンハウスで暮らせばいいとだけ言った。
結婚させたり出家させる気はなく、第三王子が婿入りしてきた後も家に置いておく気のようだった。
そんな中、私達は学園卒業を迎え、パーティでの婚約破棄宣言が起きてしまった。
エミリアは王子と結婚したいみたいだし、エミリアに騙されるようなチョロい王子に未練は無いから、私は家を出ていきたい。
選べるならば、私を甘やかしてくれる年上男性の後妻が良い。私だって甘えたかったんだ!
卒業パーティーの夜、エミリアはベロベロに酔っ払って、第三王子に送られて帰ってきた。
私は部屋で休んでいたので知らなかったが、泥酔者を初めて見た王子は大変困惑していたとか。
だから散々言ったじゃないか。エミリアは叱ってやめさせないとそうなるのだ。
翌朝、約束通り、ウィリアム殿下がやって来た。
伝言を聞いてお父様も待っていたので、応接室で応対する。
途中から私も呼ばれて行ってみると、ウィリアム殿下が私に跪いた。
。
なんでも、殿下は生まれた時から母国の公爵令嬢と婚約していたけれど、その公爵家が王位簒奪を計画していることがわかって、取り潰しになるのだそうだ。
「実は、結婚しないと立太子できないので困っているんだ。学園での姿を見ていて、好ましく思っていた。公爵家取り潰しの影響でしばらく混乱するが、俺の手を取ってくれるなら必ず守ってみせる。
クラウディア・タールケット公爵令嬢、俺と結婚して下さい。」
マティス王家では、クーデターの情報を2年前から掴んでいたが、証拠を押えて首謀者を叩けるように水面下で動いていたそうだ。
ウィリアム殿下は、暗殺に怯えながら、学園の中等部も視野に嫁探しをしていたんだとか。
私も、委員会がウィリアム殿下と一緒で、思慮深い性格を尊敬していたけど……。
私が嫁いでエミリアと第三王子が公爵家を継いだら、お父様が大変そうだけど良いのかな?
お父様の顔を見ると、
「第三王子殿下は優秀な方だから大丈夫だろう。クラウディアの好きにしていいんだよ。」と言ってくれたので、私はウィリアム殿下のプロポーズを受け、可及的速やかにマティス王国に逃げた。
マティス王国は確かに混乱していたけれど、反逆公爵家がずっと第一王子妃の席を埋めていたお陰で年頃の令嬢は他で結婚を決めていて、私は温かく迎え入れられ、暗殺の危険から解放されたウィリアム殿下に意外と甘々に甘やかして貰えている。
エミリアと結婚して公爵家に入った第三王子はエミリアの怠惰さに愕然としたらしいが、お父様と分担して国政と領地経営をこなしているそうだ。
エミリアがするべき社交や福祉関係の仕事は、お祖母様が親族の娘に手伝わせてやっているらしい。
エミリアがこのまま何もしないと、その娘が公爵夫人になってしまうと思うが、それも今後のエミリア次第。
逃げた私には関係無いことだ。
筆者の親戚に、実際、同学年の兄弟が存在します。
お母さんは元気で、兄弟格差など無く、2人とも優しく立派な大人になっております。
最後までお読み下さりありがとうございました。
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