第一章2 カテリナ
魔王はいきなり牢屋に入れられた。不法侵入、窃盗未遂、迷惑行為防止条例違反。どうしてこうなった。
あの後、あの女は一目散に部屋を飛び出し、
「変態よー!犯罪者よ―!早く誰か捕まえてーっ!」
と外で大声で喚き散らした。夜だったが村中の人々が家を飛び出してきた。俺は屈強な男たちに取り押さえられ、ここにぶち込まれたってわけだ。
「はあ、なんつー冒険の幕開けだ。」
いや、正直あんな男たち魔王の俺の敵ではなかったんだが、あの場で抵抗できるほどの気力が俺には無かった。確かにやっていたことはクズだ。魔王をやめた解放感で頭がおかしくなっていたんだ。完全に魔が差したんだ。
すると、番兵が魔王の牢の前に来た。
「おい、出ろ変態。公開処刑の時間だぜ。」
そう言って番兵が牢の扉を開けた。番兵はにやにや笑っていた。
「しかし、アンタも思い切ったことするねえ。しかもよりによってあの女相手に。」
「誤解だよ。」
「へぇ、そうかい。まあ、健闘を祈ってるぜ。」
番兵はそう言って、またにやりと笑った。魔王は番兵に連れられ、村の広場に着いた。広場には人だかりができていた。魔王が来ると、人々はヒソヒソと陰口を言い、指をさして嘲笑った。
「クソっ!なんて仕打ちだ!」
やがて村の村長と思われる男と昨日の少女が出てきた。少女は蔑んだ目で魔王を見ていた。やめろ、そんな目で見るな・・・。魔王はいっそ消えてしまいたい衝動に駆られた。村長が口を開いた。
「えー、今から昨晩起きた窃盗未遂事件の裁判を行う。」
すると聴衆は「いえーい」だの「ざまぁ見ろー」だのとヤジを飛ばして盛り上がった。あいつら後で殺す・・・!魔王は心の中で思った。
「被告人、名は?」
名前?まずい、俺の本名はサタンだが、そんなことこの場で言ってもただの厨二病の痛い奴だと思われるだけだ。笑われて恥を上塗りするだけだ。どうしよう・・・。
と、その時、スタッフロールで見た名前をふいに思い出した。
「エンドー・・・カズキ・・・」
この瞬間、魔王の名ははエンドー・カズキとなった。
「エンドー・カズキか。聞かん名だ。新参者のようだな。まあいい。お前は昨夜ここにいるカテリナの借りる部屋に忍び込み、下着を盗もうとした。そうだな?」
ここで聴衆から悲鳴やら笑い声やらがどっと起きた。カズキは赤面した。カテリナも顔を真っ赤にしてカズキを睨んでいた。
「違う!誤解だ!俺は冒険者としてここに送り込まれた。その時の転移門の出口があそこだったんだ!」
「はて?おかしいな。冒険者用の入り口ならあそこと決まっておるはずだが・・・。」
そう言って村長はカズキの後ろを指でさした。カズキが振り返ると、そこには確かに『冒険者用ゲート』という看板と転移門があった。地面には何やらフワフワした雲のようなクッションが敷いてある。別の看板には『ようこそはじまりの村へ!』と書いてある。
「これはバグだ!そうに違いない!」
魔王は叫んだ。
「おい、そのようなバグは報告されているか?」
村長は側近に耳打ちし、何やら書類を出させた。そしてその書類をペラペラとめくって見た。しばらく眺めていたが、やがて首を振って言った。
「そのようなバグは今まで報告されておらん。お前は嘘をついている!」
「違う!」
報告されていないのは当たり前だ。今まで魔王の部屋から転移門を使ったプレイヤーなど一人もいないのだから。だがそれを言えば俺があそこから来たことがバレてしまう。
「クソっ!」
終わった。反論できる材料がない。泣き寝入りするしかないのか。
「他に、何か異論はあるかね?」
「・・・無い。」
「そうか、では判決に移る。お前には二つの道がある。この娘に慰謝料として1000G支払うか、それともこの娘が定めた懲罰を受けるかだ!」
1000Gか。確かに駆け出しの冒険者には痛い額だが、俺は今100万G持っている。余裕で払える。
カズキは安堵した。
「お金なんていらないわ。」
カテリナが突然口走った。
「は?」
「私、お金には困ってないもの。」
「じ、じゃあ何が望みなんだ?」
カテリナは少し考えた。そしてにやりと笑って、言った。
「アンタには私の奴隷になってもらうわ!」
一瞬、場が凍り付いた。何を言ってるんだこいつは。正気なのか?いくらゲームの世界とはいえ人権てもんがある。奴隷制度なんてあってたまるか!
しかし次の瞬間、会場は笑いの渦に飲み込まれた。
「いいぞー!」
「容赦ねぇー!」
「こりゃあ最高だ!」
野次馬どもは大いに喜んだらしい。
「カズキとやら、この娘はこう言っておる。この場合、お前に拒否権は無い。」
「おい、ちょっと待て!おかしいだろ!」
「そもそも、お前があんなことをしなければこうはならなかったのだ。過去の自分の行いを悔やむんだな!」
「なッ・・・!」
「以上、閉廷!」
そう村長が叫ぶと、野次馬たちは解散した。判決が下ると、皆急にこの件に興味を無くしたようだった。こういうところはいかにもゲームらしい。
カズキは状況が飲み込めなかった。頭が真っ白になった。この俺が・・・奴隷・・・?
すると、腕組みをしてじっとこちらを見つめていたカテリナが歩いて近づいてきた。その顔には怒りとも蔑みともとれる表情が浮かんでいた。カテリナはカズキの前に立つと、ゴミを見るような目でじっとカズキを見ていた。カズキはうつむいたまま顔を上げられなかった。二人の間に沈黙が流れた。カズキは心臓が痛くなってきた。
「昨日は何であんなことしたの?」
突如沈黙を破り、カテリナが尋ねた。カズキは顔を上げた。カテリナの射貫くような目が向けられていた。
何でかって?何でだろうなあ?こんな時なんて答えるのが正解なんだ?いやそもそも正解なんてあるのか?カズキは困惑した。汗がどっと噴き出してきた。
パンツを見ていた理由だと?そんなのそこにパンツがあったからという以外に何の理由がある?しかしそんな答えでは変態だと思われてしまう。いや、今更何を言っても変態なのには変わりはない。ただ、一番こいつの気分を害さない最適解を求めなければ。答えによっては最悪死ぬ(社会的に)。
カズキの頭はぐるぐると回り、ショートしてしまいそうだった。カテリナの目が何かを探るようにカズキの目を凝視している。何か言わなければ。ええい、ままよ!。
「か・・・かわいかったから。」
「はあ?」
カテリナの蒼白だった顔がみるみる赤くなっていく。マズイ。失敗だ。殺される・・・。
「バッ・・・バッカじゃないの!?」
そう言ってカテリナはくるっと背を向けてしまった。
これが、カズキとカテリナとの最初の出会いであった。