Ⅳ聖騎士♡対談Ⅳ
「あなたがアナザー女神……?」
目の前に現れた女神、ナーリアと呼ばれた女性は、金色の川のように流れる髪を揺らしながら、ゆっくりと俺の前に歩き出す。
黒い装束に金のラインがはいった彼女の修道服は、その荘厳さをより一層高めているように感じた。
「わが聖堂に招かれし者よ、汝が手にある無辜なる信徒を、どうか離してあげてはくださいませんか」
「え?無辜なる信徒って……マルティナのことか?」
「はい、彼女に咎はありません、どうか」
「わ、わかった」
聞きなれない言葉に俺は戸惑いながら、脇に抱えたマルティナを静かに降ろす。
ただならぬ何かを彼女から感じ取った俺は、マルティナを降ろす時でさえ彼女から目をそらすことはなかった。
「(ゾイ、なんなんだあの人。周りの人間と明らかに雰囲気が違う)」
「あれこそが、わしの威光の具現【アナザー女神】じゃ」
「(どうする、このままだとさっきの部屋に連れ戻されそうだ)」
「下手に動くと危険じゃしのう、ここは様子見を……」
俺がゾイに話しかけていると、ナーリアの横にいた団長が俺に向かって説教を始めた。
「貴様……黙って見ておれば、女神様に失礼ではないか!」
「ここにおわす御方こそ、あまねく世を救わんとする唯一の女神 ナーリア様であるぞ!」
「貴様のような異端者が言葉を交わしてよいと思うておるのか、恥を知れ!」
初対面の人間によくもそこまで罵れるものだなと、俺はそう思いつつこの場は堪えることにした。
唯一神と女神の橋渡し役である自分が、この程度のことで逆上していては話にならない。
しかし、そう言い聞かせるべきは自分ではなく、仕える唯一神だったことを俺はまだ知らなかった。
そう、我らがゾイ様はキレやすいお方だったのだ。
「おまえー!どこの生臭坊主か知らんが、わしのことのみならず、聖騎士までバカにしおって!」
「わし久々に頭にきたぞ!ヨシ!こやつら全員、コテンパンにしてやるのじゃー!」
「え?!ゾイ、姿が……」
なんと、怒り狂ったゾイはどういうわけか、今まで姿が見えなかった俺でさえはっきりと見える形で、その場に現れていた。
「およ?目が合っているということはヨシ、わしが見えておるのか?」
「あ、ああ。バッチリ見えてる。その、色々……」
ゾイは【境界】で出会った時のままの格好で現れていた。
ほぼ糸と薄い布で構成された服とも呼べない、そんな姿で現れて問題が起きないはずがなかった。
突然現れたゾイと、そのあられもない姿を見た黒づくめの信者たちはどよめきだした。
「お、おい。なんだあの女……子供か?」
「なんて格好を……」
「今までどこにいたんだ、急に現れたぞ?」
信者たちが混乱する中、これ見よがしに団長が叫ぶ。
「皆の者!今まさに、あの者は悪魔を召喚しおったのだ!」
「あれこそは我らを惑わす【サキュバス】である!」
さ、サキュバスだって?
確かにこんな格好じゃ間違われても仕方ないと思うが、いくらなんでも決めつけにすぎると俺は思った。
どうやら団長はどうにかして俺たちこの場から引き離したいようだった。
しかしその決めつけは、よりゾイが食い下がる原因になってしまった。
「よ、よりにもよってサキュバスじゃと?!どこからどうみても健康優良の神聖な玉体じゃろうがぁ!」
「ゾイ、頼むから落ち着いてくれ!」
怒り心頭のゾイに、信徒に説法を始めんばかりの勢いの団長。
このカオスな状況をどうにかする手立てを、ゾイを抑えながら必死に俺は考える。
そんな開戦一歩手前のなか、透き通るような声が鳴り響く。
「わが信徒よ!これより私は、正体を現したこの者たちを浄化するべく力を使います。」
「疾くこの場を離れ、私の無事を祈りなさい。その祈りこそが私の力になるのです!」
ナーリアがそう言うと、信徒たちはそれぞれ安堵の声を漏らしながら散っていった。
さすがの団長も女神に言われて仕方なく、といった感じで足早に聖堂を出ていく。
そうして聖堂にはナーリアと俺、床でいつの間にか眠っているマルティナ、何故か姿の見えるゾイだけになった。
「浄化するってことは、戦うしかないってことか?」
最悪の状況になってしまったなと思いつつ、俺は時間稼ぎのつもりでナーリアに話しかけた。
しかし、予想と違う答えと、その他もろもろに俺は唖然とすることになる。
「あ、あの。戦うつもりはないんです。さっきのは人払いの口実というか……」
そう答えるのは、先ほどまで荘厳な雰囲気を放っていたナーリアだった。
今はどちらかというと、おっとりとした感じになっており、話し方もまるで違っていた。
「えっと……口実というと?それにさっきまでの口調は?」
「私、本当はこんな感じの性格と話し方なんですけど……信徒の皆さんがいる前では先ほどのように振舞うようにしているんです」
どうやら正体を隠していたのはお互い様だったようだ。
「どうにかあなたとお話したくて、浄化するといって信徒たちには離れてもらいました。失礼なことを言ってごめんなさい……」
「それに関しては、俺は問題ないですが」
そう言い終わる前にゾイが割り込む。
「わしは許しておらんぞ!眷属の教育もろくにできておらんやつが女神とは、笑わせてくれるわ!」
「あの……先ほどから気になっていたのですが、どちら様なんでしょうか?」
「な…?!」
どうやらナーリアはゾイが神であることが分からないらしい。ゾイの力が弱すぎるからだろうか。
しかし、それでは今の状況に説明がつかない。ゾイは今まで声だけだったのは、この世界に俺だけしか存在を知る者がいないからだ。
ゾイの状態を知るためにも、俺はナーリアにゾイと聖騎士である俺のことを説明した。
「では、あなたが聖騎士のヨシノブ様でそちらが唯一神さま……私の家族にあたるお方だと?」
「なんでそうなるんじゃ」
「間違ってはいないんじゃないか?共通点は少ないけど」
「ヨシ、おぬしまさかこの女神の洗脳を……」
「受けてないよ」
ひとしきりナーリアに説明を終えて、少し落ち着いたゾイと俺は、色々と質問していた。
本題であるアナザー女神の取り込みのため、だ。
「まず、ゾイがこの場に現れた理由だけど……」
「それはおそらく、ナーリアの神気のせいじゃな」
「しんき、ですか?私は何かを見破る力を持っているわけではありませんが……」
「神気とは、その神が備える信仰の多さによって生まれる【力場】のようなものじゃ」
「神気の強いものがあったりすると、普段は見えんものが見えるようになる」
「ナーリアやゾイが信者に見えるのもその神気のせいってことか?」
「そういうことになるのう」
どうやら女神、ナーリアの近くならばゾイは姿を保っていられるようだ。
これで女神をまとめ、信仰をゾイに集めることでゾイ自身の存在証明が出来る、ということは現実味を帯びてきた。
その神気の源である、彼女への信仰について俺は話題を切り出した。
「本題に入るけれど、ナーリアは俺たちの説明を聞いて、唯一神のゾイに信仰と神話を返してもいいと思ってる、ということでいいんだよね?」
「はい、ただそのためには条件があります」
「ふむ、おぬしも女神の端くれ。要求には対価を支払わせるというのは感心じゃな」
「ゾイは対価しかもらってなくないか」
「ヨシ、おぬしにはわしに仕えるという褒美を与えておるだろう……神聞きの悪いことをいうでない」
話してみてわかったが、ゾイの傲慢さとは対称に、ナーリアは控えめだ。、その穏やかさはゾイの神話から生まれた存在とは到底思えないほどだった。神話が曲解されて伝わったりして、神が別の名前や性格、姿まで変えるのがアナザー女神なのだろうか。
そんな彼女でさえはっきりと提示する条件。自身の存在を明け渡す条件とはなんなのだろう。
「それで、俺たちに飲んでほしい条件というと?」
「信徒をまるまる寄こせと言うわしらへの条件じゃ、覚悟した方がよいぞ、ヨシ?」
「わかってるよ」
「どんな条件でも構いません。聞かせてください」
俺がそう言うと、彼女は意を決したように返答する。
「はい……どうかこの街を壊してください」




