Ⅲ聖騎士♡誘拐Ⅲ
「お前、一体どこの国からやってきた騎士だ」
俺は今まさに、黒づくめのフードに仮面を被った怪しい人物から、明らかに敵意のこもった声で尋問を受けていた。
街に到着して路地裏に入り、変装して街に繰り出そうとした矢先に、何者かに拘束されたのだ。
あれよあれよという間に連れ去られ、この石造りのじめじめとした部屋に突っ込まれてしまった。
「どこの国も何も、俺はただの旅人で……」
「ウソをつくな!路地裏で魔法を使って変身するのを見られていないとでも思ったか!」
どうやらゾイに頼んで見た目を変えてもらった現場を見られてしまっていたようだ。
なんてタイミングの悪いことだ。こうなるなら、むしろ堂々と歩いてしまっていた方が良かった気さえしてしまう。
「ヨシ、良いか。おぬしの素性は出来るだけ明かしてはならんぞ」
「(わかってるよ、というかこれが念話ってやつ?喋ってるのに喋っていないなんて変な感じだ)」
「二人だけの秘密の会話がこんな状況になってしまうとはのう、ムードのかけらもない!」
なぜかゾイはご立腹のようだが、一人じゃないというだけで心強い。
攫われている間にゾイは、俺に念話の方法を教えてくれた。御車の一件で急ごしらえながら、あつらえたらしい。不思議な感覚だが、慣れてしまえば便利そうだ。
「今度はだんまりか。だが、いつまでも隠せると思うなよ。お前はこの「聖なる御使い」たるマル……ごほん、私の前に全てをさらけ出すことになるのだ!」
今この人名前言いそうになっていなかったか?
さっきから言葉だけで、手に持ったムチを一向に使う気配もない。
どうやら縄で縛られてはいるが、少し力を入れれば解ける、そうゾイも言っていた。
このまま逃げ出すこともできるが、ちょっと揺さぶってみようか。
「えーと、まる、マルチーズさん?」
「な、マルチーズではない!我が名はマルティナ……あっ!」
マジか。
あっさり名前を白状した尋問官は、あたふたして独り言を言い始めた。
「ど、どうしよう。名前バレちゃった……。先輩に注意されたばっかりなのに!」
「さっきから全然怖がってもくれないし、情報も全然吐いてくれない!」
「ムチはあるけど、あんまり使いたくないし……ううぅ~!」
ひとしきり喋べってからマルティナという名前らしい尋問官はうずくまってしまった。
絶対にこの人尋問向いていないだろ。
この人には酷だが、この調子ではこちらからも情報を聞き出せないので俺は提案した。
「なあ、悪いことは言わないから、別の人連れてきた方がいいんじゃないか、マルティナさん?」
「な、な、なにをー!これでも私は女神さまに認められた御使いなんだぞ!」
仮面ごしでもわかるぐらい泣きべそをかいていたかと思うと、マルティナは突然怒り出した。
「こ、こうなったら女神にお願いして洗礼をしてもらうしか……」
「洗礼?」
その単語について質問しようとしたとき、マルティナの後ろの扉が開いた。
「おい、いつまでやって……なんで泣いてんだおまえ」
どうやら別の尋問官らしい。少し俺の方を見た後、先ほどまで俺と話していたマルティナに言った。
「またやらかしたんだな、もういい、俺が代わりにやるから女神さまのとこに行ってこい」
「す、すびばぜん、先輩」
鼻水をすする音をさせながら謝っているマルティナを見ていると、なんだかやるせなくなってきた。
わかる。上司に呆れられて仕事代わられると、結構しんどいよな……。
俺がマルティナに同情していると、ゾイが話しかけてくる。
「ヨシ、今なら扉も開いておるし、脱出のチャンスじゃ」
「(あ、確かに!)」
「ついでにあの泣き虫を連れて道案内させよ。今のおぬしなら、人ひとりくらい余裕で抱えて逃げられるしの」
「(結構えげつないこと考えるんだな……)」
「聞こえとるぞ~」
心の中で思ったことまで喋ってしまったようだ。念話は少し控えよう……。
とにもかくにも、ゾイに言われた通りに俺は逃げることにした。
腕に力を込めると、あっという間に体を縛っていた縄は千切れてしまった。
「全く、ほんとに御使いに向いているとは……ってお前どうやって?!」
「御免!」
尋問官は俺が拘束を解いたことに気付いた。しかし俺は、瞬間顔めがけてパンチを放つ。
素人の1発ではあったものの、上手いことアゴに入ったらしい、尋問官はどたりと倒れこむ。
「せ、先輩?!」
「死んでないから大丈夫だ!たぶん!」
「それより一緒に来てもらうぞ!」
「ちょ、ちょっと?!はなせー!」
俺は暴れるマルティナを軽々と抱えながら、先ほどまでの部屋を飛び出し通路に出る。
「どうすれば出口に行ける?!」
「お、お前なんかに言うもんか!」
素直に道案内してくれるとは思わなかったが、こちらも急いでいるのでどうにかしなければ……。
そう考えていると、ゾイがマルティナに向かって語りだした。
「マルティナとやら、道案内せねばわしの聖騎士がおぬしに酷いことをするぞ?」
「だ、誰?!酷いことってなんなの?!」
「それはもう、人には言えんあんなことやこんなことを……」
「ひぃ!」
助け船かと思ったがそんなことは無かった。俺が変態扱いされる前に説得しなければ。
「ともかく!あんたの先輩みたいになりたくなかったら道案内してくれ!」
「わ、わかったわよぅ……うう、先輩ごめんなさい」
「向こうの階段を上がって。そしたら聖堂に出られるから。あとは正面扉から街に行けるからぁ」
半泣きでマルティナは説明する。ほんとに申し訳なくなってきた。
「説明ありがたいが、このまま一緒に来てもらうぞ!」
「えぇ!なんでよ、道教えたじゃない!やっぱり私を……!」
「違うよ!保険だから保険!」
「くくく、愉快じゃ愉快じゃ!」
そんな会話をしながら、俺はどんどんと出口へ向かう。
階段を駆け上がると、マルティナが言っていた広い聖堂の横口から俺は飛び出した。
「な、なんだ貴様……!」
「おい、あれマルティナじゃないか?」
マルティナや先ほどの尋問官と同じ、黒づくめの人々が大勢この聖堂にいた。どうやら集会のような集まりの時に出てきてしまったらしい。
すると、彼らの奥から神官らしき老人が歩いてくる。
「貴様は……!皆の者、こやつを捕えよ!我らが女神に信仰をささげぬ不信人者である!」
神官がそう叫ぶと、瞬く間に俺は包囲されてしまった。
「この人数はマズくないか?!」
「大丈夫じゃ!多少面倒じゃが、おぬしならこやつらを突破できよう!」
「や、やるしかないのか?!」
「ちょっと!私がいるのを忘れないでよ!せめて私を降ろしてから出てってぇ!」
まさに臨戦態勢を取ろうとしたその時、聖堂の奥から声が響く。
「待ちなさい。外より来る者」
どこまでも届きそうな透き通る声とともに、金髪の美しい女性が現れた。
彼女が現れた途端、周りを囲んでいた黒づくめの人々は彼女に向かって祈りを捧げ始める。
マルティナも例外ではなく、先ほどまで取り乱していたのがウソのように静かに祈っていた。
「あなたは?」
そう質問しようとすると、神官は鬼のような形相で俺をにらみつける。
「貴様!女神様に対して……」
「よいのです、団長殿」
「ははっ、御心のままに」
どうやらこの団長らしき老人を制止した人物こそ、俺が探していたアナザー女神らしい。
「私の名はナーリア。この街、ポルバテの守護神であり、千望千叶の女神 【ナーリア・ゾース】です」




