ゆめゆめ2
…現実逃避に小説でも読むか。
回り回ってこんなことを考えていたその時、
突然、ピンポーン、と家のインターホンが鳴った。
来客か?と一瞬いつも通りに反応したが、すぐに「おかしい」と気付く。
外はあの闇の中である。どうやってここまで来れるのだ。
ともかく、モニターを確認する。
そこに映っていたのは、痩せぎすメガネ姿の、いかにも弱っちそうなヒョロヒョロのスーツ男だった。禿げてはいないが、髪もペタッとして元気がない。
マイクごしに問いかける。
「…どちら様ですか?」
『こんにちは。ワタクシ、この物件を管理するものです。この度はアナタ様にご迷惑をお掛けして大変申し訳アリません。』
「…何か事情を知っているんですか?」
『モチロン。アナタ様がこうむっている迷惑は、実は全てワタクシが招いたのです。ですから本心では、申し訳ないなどとはマッタク思ってません。』
「は?」
『心配しないでクダサイ。もうすぐアナタ様は帰れます。ワタクシの質問にいくつか正直に答えてクレタらね。おっと、コレでは、アマリに一方的な立場になってしまっていますね。相手に強要サセルようでは、契約を重んじる者とシテ不誠実でダメダメだ。三流ダ。……ソウだ。ワタクシがアナタ様に1つ質問をシタら、アナタ様はワタクシに1つ質問できる。コレはイイ。ステキだ。ね、イイでショ?』
どうするべきか。喋っているのは胡散臭い男。強いて言えば、雰囲気はどことなくあの悪魔に似ている。こんな奴の言うことを間に受けるべきではない、というの何普通の考え方だろう。
が、このとき俺は、相手の述べたことに偽りは無いということを、何の根拠もないのに確信していた。実際、ずっと後になってからだが、相手は自分に嘘をつくことができないようになっているということが分かった。
「……………分かりました。お互いに質問をし合えばいいんですね。」
『ア、ソウだ。モニター越しで構いませんよ。質問はダイタイ5つ。場合にヨッテは7つ。ではヨロシクです。』
『マズ一つ目。アナタ様は今までに、遊園地に行ったことはアリマスか?』
なぜそんなことを訊くのだろうと疑問に感じつつも、「はい」と答える。そう答える以外にない。
何秒かの沈黙。
と、相手はメガネをクイと上げながら、
『……次はアナタ様が質問する番デスよ。』
と言う。
まず尋ねるべきは…
「ここはどこです?僕はなんでここにいるんですか?」
『おっと、質問が"2つ"アリマスね。コレはちゃんと2ツとシてカウントしますよ。以後気をつけてクダサイ。では回答ヲ。ここは俗に云ウ死後の世界、その隅っコ。天国でも地獄でもナイ場所です。アナタ様に質問シタイことがアリつつも、ソレを他者に聞かれるベキでナイと判断したワタクシが選んだ苦渋ノ選択デス。』
じゃあ僕はいま「死んでいる」ということか?と聞き返したくなったが、相手はやけに質問回数に厳しいので、僕は出かかった言葉をぎゅっと呑み込んで我慢した。
『2コ目の質問。アナタ様は5年前の自分にツイてどのクライ思い出せますか?特に、5年前の正月にナニをしていたか。』
5年前……というと僕が高校2年の時か?正直なところ、そんなには覚えていない。パソコン部で友達と駄弁ってロクに活動をしてなかったのは多分その頃だった気がする。あとは……あ、思い出した。そういえば、あの正月は叔父さんと会った最後の時だったっけ。
「多少は。」
答えはあえて濁した。嘘はついてない。もし相手がもっと突っ込んで訊いてきてもなるべく曖昧に答えよう、と思った。
「次は僕から。これで3つ目でいいんですよね。あなたはどうやってここに来たんですか?」
『歩イテ。』
相手はやり返してきた。なるほど、そう来たか。まあいい。
『ワタクシからも3つ目。アナタ様は悪魔についてどう思っていますか?言っときますが、概念ではアリマセンよ。アナタ様がよく知るアノ悪魔についてです。』
少し予想はしていた問いが来た。悪魔の画策ではないものの、僕がここに連れてこられた原因の一端が悪魔にあることは疑いなさそうだ。
「…別に、ちょっとした友達みたいなものだと思ってますけど。訳あって最近揺らいではいますが。」
「4つ目。あなたはいったい何者ですか?」
『俗に言ウ魔王です。でも、少ナクともワタクシ自身は自分をイイ魔王だと思ってマスね。ちなみに、コンピュータゲームの世界トハ違って、コノ世界に存在する魔王はワタクシただ一人だけですヨ。ではワタクシからも4番目の質問ヲ。映画は好きデスか?』
魔王。とてもそうは見えないが。目で視る対象の魔力量を把握できるなんていう特殊能力があれば真偽が判明したかもだが、言うまでもなく僕はそんな能力を持ち合わせていない。
「映画はあまり好きじゃありません。…じゃあ最後の質問を。」
なんだかくだらない事を訊きたい気分になった。
「好きな食べ物はなんですか?」
『バナナですネ。』
あっけなく答えは返ってきた。
『さてと、ホントはもう一つ訊コウと思っていマシタが、アナタ様が丁寧に答えてクダサッタお陰でその必要もナクなりました。アナタ様をコレカラ元の居場所に戻しマショウ。』
自称魔王は、インターホンのカメラにグッと顔を近づけながらそう言うと、おもむろに身を引いて、左の腕がこちらからよく見えるような位置に移動した後で
パチン、
と指を鳴らした。
その瞬間、モニターは砂嵐に包まれ、部屋が動いているようには見えないのに、自分はエレベーターで急激に上昇している感覚と下降している感覚を混ぜたような気持ちの悪い負荷を身体に感じた。
約4秒後、モニター画面から砂嵐が消え、妙な感覚もスッと消えた。
僕が元の家に戻った事を確信したのは、ちょっと外に出てみてだった。家の前には駐車に邪魔な街路樹がデンと構えている。これはまさしく僕の住むアパートだ。
さてと……時計は?ちゃんと動いている。失われてもいない。今はどうやら15:10。ギリギリ、今起きたとしても自己納得できる時間だ。
なんというか、さっきまで、良くも悪くもない奇妙な夢の世界の中にいたような気分で、僕はたまらずアクビをしたくなる。
今日を愉快に過ごすには…さっきのは無かったことにした方が良さそうだ、と思ったので、僕は自らに「自分は今まさに起きたところだ」という暗示をかけた。
あの自称魔王が何を企んでいたかは知らない。とにもかくにも、奴と話していてちっとも楽しくなかったことは確かだ。
気分転換をしたくなった僕は、パン、パンと2回手を叩いた。
「座敷童子さん、今来てくれたら麩菓子とチョコレートをあげますよ。」
最初に疑った贖罪も兼ねて、アイツと話すことにした。ドン、と天井が鳴る。これこそ僕が求めていた反応だ。
僕はアイツの顔を何日かぶりに見るのがあまりに楽しみすぎて、満面の笑みを浮かべていた、と思う。