けんとうのすえ2
「一言で言ってしまえばね、ボックたち天使と悪魔のあいだに違いはほとんど"無い"んだ。少なくとも見た目上、もっと言えば性格だっておんなじだからね。ボックなんかは人間たちの期待に応えようと思って白のワンピースを着て頭に輪っかだって着けているけど、普通の天使や悪魔はこんな面倒なことしない。」
「じゃあ、僕の知り合いの悪魔に角が生えているのは?」
僕は驚いて訊いた。
「まず間っ違いなく偽物の角だね。カチューシャか何かかな?そいつにおちょくられてるか、もしくはそいつがボックみたいにサービス精神溢れる悪魔なのか、どっちだろうね。」
目の前の天使の輪も、よく見たら百均で売ってそうなショボい代物だった。
「…天使さん?には名前は?」
「名前自体はあるんだけど…あんまり人に知られたくないんだよね。そのまま"天使さん"って呼んでいてくれるとありがたいな。」
ふむ。事情は分からないが、別段拒否する必要があるわけでもない。僕は目の前の天使を天使さんと呼ぶことにして、そのまま悪魔の末梢方法を尋ねてみることにした。
「じゃあ天使さん、ちょっと僕の質問に答えてくれませんか。最近困っていて。助けて欲しいんですよ。」
「かまわないよ。というか、断れないしね。」
「…実は、悪魔を1匹この世に現れないようにしたいんです。いま天使さんが出てきたそのインスタントカップ、普通の熱湯を注ぐとある悪魔が出てくるんですが、そいつはどうやら僕の友人を殺したらしくて。このままだと悪魔のせい、…いや、悪魔を召喚した僕のせいでもっと犠牲者が出てしまう。これは僕の責任です。どんな手段を用いても奴を止めなければならない。」
「…天使や悪魔は人間を直接的に殺すとその瞬間死ぬはずだけど?」
「あ、いや、友人ってのは座敷童子のことで。」
「なるほどね。…うーん、困ったなぁ。さっきも言ったじゃない?天使と悪魔に違いはほとんどないって。君に悪魔の消し方を教えるっていうのは、実質的にボックの殺害方法を目の前の人間にみすみす教えるみたいなものだからなあ…ちょっと…無理かな。ボックには難しい相談だった。ごめんね。もう帰る。」
「え、いや、ちょっと待ってください!」
頭の輪っかを整え、カップに片足を突っ込もうとしている天使を引き留める。
「じゃあ、その"悪魔と天使の間にあるほんのわずかな違い"を使ってどうにかできないんですか?」
天使は僕の目をじっと見て、フン、と鼻で笑って見せた。そのあと、いかにも「あ、やばい。今のは天使っぽくない行いだった。誤魔化さなきゃ。」といった態度で慌てて僕の方にニッコリと清楚に笑いかけ、そしてこう言った。
「見たところ君、天界の者から叡智を貰い受けてるっぽいけど。意図的に隠されてたのかな?天使は基本的に、神様の為に生きている。今日ボックがここに現れたのだって、神様に『助けを求める者が居る。その者に真摯に対応し、願いを訊き、もしお前に解決できるものなら叶えてきなさい』と言われたからだ。それとは違って、悪魔は自分の為に生きてる。自分が命じるままにどこかに現れ、自分の気の向くままに約束を作ったり、破ったりする。つまり、心の部分、使命の部分、つまり心理的なところにしか違いはない。だから君のいうような方法で悪魔を消すっていうのは、『説得して自殺させる』みたいに荒唐無稽な話だ。ボックにアドバイスできることがあるとしたら、やれるものならやってごらん、ぐらいかな。」
「そうですか…」
「魔王あたりに訊いて調べれば、悪魔や天使を消滅させる方法を知ることができるかもね。まあ、君がそんなにヤバい所とコンタクトをとろうとするならもちろんボックは抵抗するよ?拳で。」
「お、どうやら6分。自分から帰らずともタイムリミットが来たっぽいね。じゃあまたいつか。会わないと思うけどね。」
天使はそう言った。
僕は一瞬ボーッとした時のような感覚になって、次に気が付いた時には、天使は消えていた。
僕は、なんだか分からないが、なぜか喪失感を感じた。本能的な感覚だろうか。天使と別れた寂しさを感じているのか?
と、その推測は半分当たっていた。
喪失感を感じたのはまず間違いなく本能的な感覚だ。
しかし、この感覚の原因は寂しさなどではなく、僕の左小指が実際に喪失しまったことを、単に身体が感じ取っていただけだった。
痛みは無い。だが、あるはずのパーツは削り取られている。
耐えがたい空白。
これを生じさせたのはさっきの天使以外に考えられない。僕はあわよくば魔王にコンタクトを取り、悪魔ごと天使を消し去ってやりたいと思ったが、それは最終手段にしようと考え直し、先ほど荒唐無稽と笑われた悪魔への心理的アプローチの方法を一生懸命に探っていくことにした。