お腹が空いた1
始まり
腹が減っている時にスーパーマーケットに行くのは非常に危険で、普段は買わないような食材をうっかり大量に購入してしまったことに気付くのは、いつも家に帰ってからである。
その日の僕は腹ペコだった。勿論、今までの経験則から空腹時食料品店訪問の危険性だって十分に理解していたのだが、そもそも家に食べるものが全く無かったから仕方がなく、やむを得ず買い出しに行った。
そして案の定、帰宅後には「鯨ベーコン」やら「トムヤムクンの素」やら、別段好きでもない上に汎用性の低い食べ物が冷蔵庫や食品棚にでっぷりと鎮座することになった。
そういった謎食品のなかにしれっと紛れ込んでいたのが、表に「悪魔」とだけ書かれたインスタントラーメンのカップ(らしきもの)だった。
ここで、食材整理中の僕はちょっとした違和感を抱く。鯨ベーコンは、衝動買いとはいえ、確かに自分で選んでカゴに入れた記憶があった。が、どうもこのカップラーメンは手に取った覚えがない。
しかしながら、気になって念のため確認したレシートではちゃんと購入品目に載っていたので、やっぱり自分の記憶違いだろうか、と考え直す。キュウリやマヨネーズといった名前に並んで「悪魔」と記載されたレシートは少し奇妙だった。
で、そのあとまたさらに何やかんやと考えて、僕は試しにこの日の夕食に悪魔を食べることにした。この時の僕は、「おそらく「悪魔」というのは「地獄のような辛さ」をただ「地獄」と表現するみたいな感じで、悪魔的超激辛ラーメンを世にドドンと宣伝するためのインパクトあるネーミングの類なんだろうな」と思い込んでいたわけだが。
時刻は20時。翌日が休みだということもあり、心はいつもに比べるとわりかし高揚していた。
やかんに水を張って、湯を沸かす。
「悪魔」のカップの蓋を半分ほど開けると、木炭とも魚の干物ともつかない黒い物体が一つと、何やら木の実のようなものがいくつかと、虫の死骸に限りなく近い形に見える粒状の何かが何個か、入っているのが見えた。臭いはない。また、その他の要素は普通のカップラーメンと大差ない。
ほどなく湯は沸く。場合によっては食べずに捨てて夕食はトムヤムクンに変更しようか、などと考えながらお湯を注ぎ、蓋に重し代わりの箸を一膳のせた。
情報量が少ない上いやに見づらいパッケージだったが、かろうじて「熱湯3分」の表記はデカデカと分かりやすく印刷されていたので、僕はきちんとその指示に従う。
1分が経ち、2分が経過し、そして3分。
とたん、ボンという爆発音と共に、部屋中に一気に黒煙が広がり視界が奪われる。
(!!!)
なにかおかしなことが起きている。そんなことは分かっているが、特にどうする手立てもなく、僕はその場から動けないでいた。
少しの時間が過ぎ、黒煙は消えていく。回復した視界にまず真っ先に飛び込んできたのは、鼻先がぶつかる寸前の距離で僕の目をジッと見つめる、親戚の叔父さんにとてもよく似た見た目の、しかし全く生気が無く青白い顔面の、そして曲がった角までを含めた全長が2mはあろうかという男の、前屈みになった姿勢だった。