イマキュレット・ルーム
僕は真っ白な部屋にいた。
床も壁も、そのふたつの境目がぼんやりして見えるほど白い。
同じように白い天井には蛍光灯のような照明の類は見当たらないけれど、部屋は十分に明るくなっている。
「やぁ」
と、フォードは言った。
それに僕もやぁ、と返して向かい合うようにして並んでいるふたつのパイプ椅子のうちの一つに腰かけた。
「今日は何でここに来たんだい?」
僕の向かいに座った彼は、そう言って首を傾げた。フォードは背の高い青年だ。いかにも外国人です、といったような名前だけど、どこからどう見ても日本人にみえる。
「なんでって、眠くなったからベッドに入って、それで気が付いたらここにいた」
「いや、そうじゃなくて。オレが聞いたのはここに来る手段じゃなくて、理由だよ、ここに来た」
彼の口調はいつも優しげだけど、どこかに刺さるような鋭さを持っている。
それはかわいくみえるフクロウの、眼光は鋭いのに似ている。
「ちょっと君の顔をみたくなっただけだよ」
まぁほかの理由がないわけではないけれど、大体そんなものだ。
フォードは意外そうに眼をみひらいて言う。
「それだけなの?」
「うん」
「そ。それで?何か聞きたいことはあるの?」
「特にないかな。ちょっと散歩でもしてくるから、送ってくれる?」
僕は欠伸を噛み殺した。
夢の中でも眠いというのは奇妙なものだ。
「まぁ、別にいいけど。で? どこまで送ればいいの?」
「駅前のコンビニまで頼むよ」
コンビニのおでんでも食べたい気分なのだ。
冬の夜の寒空の下で温かいものを食べるのは、冬らしくていい。
「今日も寒いからジャンパーを持って行ったほうがいい。それに、もう暗いから懐中電灯も」
「うん。そうしてくれると嬉しい」
「じゃあね」
僕がじゃあね、と言い切る前に視界が一度真っ暗になって、体が軽く沈む感覚がする。
そのまま数十秒くらい視界は暗いままだったけど、気が付いたらちゃんと駅前のコンビニにいた。
手にはいつの間にかジャンパーと赤い懐中電灯が握られている。
ちょっと彼は万能すぎる。
まぁ、フォードにそう言っても、「神とはそういうものだよ」と返されるのだろうけど。
夜の冷えた空気に指先が悴むと困るから、ポケットに手を深く入れた。
ぴぴぴ、ぴぴぴ、という規則的な電子音で目を覚ました。
休日だから別に早く起きる必要はないのだけれど、いつもの癖で昨夜、アラームをセットしてしまったらしい。
もう一度ベッドに潜り込む気にもなれないから、起き出してカーテンを引く。
窓の外から、冬の朝特有の透明な陽光が流れ込んできた。
気持ちの良い朝だ。
そのままハムチーズトーストとコーヒーの簡単な朝食をとって、歯を磨く。
灯台まで行くのにバスを使うことにしているから、落葉とは改札を出てすぐのところにある。銅像の前で落ち合うことにしている。
集合時間は十二時半だから、その十分前にはつく事が出来るように、少し早めに家を出た。
吐く息は白く、それは鋭く冷たい風に吹かれて跡形もなく消えていく。
空には、筆を使ってカンバスに勢いよくまっすぐにひいたような直線みたいな雲が浮かんでいる。空気が澄んでいるからだろうか、冬はほかの季節より空が高くみえる。
そうして十五分ほど歩いているうちに、落葉と待ち合わせをしている駅舎まで辿り着いた。
整然と並んだタイルの上を、潰れた空き缶が転がっている。
落葉とは、駐輪場の前にある銅像の前で待ち合わせをしている。
その銅像は木津浜で生まれた偉人を記念して作られたものらしい。
服装からして江戸時代かそれ以前の時代を生きた人だろう。
温和そうな顔つきをしているけれど、目つきは鋭い。
ちなみに、僕が彼について知っていることはその程度で、彼の名前も功績も知らない。
どうやら名を残しても、それが皆に認知されるとは限らないらしい。
電車がレールのつなぎ目を乗り越える音の間隔が、どんどん遠くなっていく。ブレーキの軋むような音がその音を掻き消して、やがてブレーキの音も消えた。
テスト期間終わったので週1程度で更新していくつもりです。
やっぱりなんか文のリズム悪いなぁ。