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やまない雨があったとしても。  作者: 蟻月 衣紋
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邂逅

誰しもが、何も失くさないことを諦めている。きっとずっと小さい頃に。

それは、お気に入りの玩具が、いつの間にか捨てられてしまっていた時だったのかもしれない。

それとも、飼っていた大好きな犬がどうしようもなく死んでしまった時なのかもしれない。

それでもなくて、ただ青空をぼんやりと眺めていた時だったのだろうか。

いつ、何も失くさないことを諦めたのか、それは覚えていない。

けれど、意思もなくただ波に流される難破船のように、とても自然に周りに流されて諦めたことは覚えている。

何も失くさないでいいのなら、どんなに幸せなのだろう。

けれど同時に、それはとても悲しい。

例えば、嫌な思い出はなるたけ頭の中から失くしてしまったほうがいい。

例えば、大人たちは「希望を持て」と言うけれど希望なんて失くしてしまったほうがずっと、生きていきやすいこともある。

失くしてしまったほうが正しいことも、きっとたくさんあるのだろうけど。

それでも僕は、何も失くさないことを望む。


「虫は自分が死ぬことを知っていて誘蛾灯に群がるんじゃないか、って思うことがあるの」

と、落葉は言った。

僕たちは学校の3階の渡り廊下にいた。十二月の風というのは痛いくらいに冷たい。渡り廊下という風通しのいい場所ならなおさらだ。

ブレザーの下にセーターを着ておけばよかったと後悔する僕の横で、落葉はちびちびとポカリを飲んでいる。

「どうしてそう思うの?」

本能で生きているはずの虫が、自ら死に近づくというのはなかなかに馬鹿げた話だ。

チープなアルミ製の手すりに右肘をついて、彼女は答える。

「チェレンコフ光って知ってる?」

「うん。放射線や荷電粒子が空気や水に衝突することによって生じる光のことだ。その光は極めて美しい青色をしてるけど、間近で見ると死ぬ」

一体何の話をしているのだろう? 今のところ、誘蛾灯に群がる羽虫と、間近で見たら死ぬ美しい青色の光との関係性は分からない。

「貴方はチェレンコフ光のことを知った時、それを見てみたいと思ったんじゃない?」

「うん。まぁ一瞬だけどね」

「その一瞬だけでも、衝動的だったとしても、貴方は貴方の命を足蹴にした。それと同じで虫たちも、誘蛾灯の光が綺麗だったから、それだけの理由で死に近づいているんじゃないかな」

遮るものもなく吹きつける風が、落葉のボブヘアーを揺らす。今日はよく乾燥しているようで、僕はすっかり乾燥した唇を舐めた。当たり前だけど、唇は何の味もしない。

「僕にはよくわからないな」

かもね、と落葉は答える。彼女は本当によくわからない。でもそんなところを気に入っていて、友人として、彼女にシンプルに好意を持っている。

それからも僕たちはニ十分ほどその過程に意味のある意味のない話をした。

日はもう落ちていて、余光だけが空に残っている。その太陽の残滓も、あと少しですべて消えるだろう。

「今日はもう帰るよ」

下校時間の5時30分まで、あと10分をきっている。もう下校し始めたほうがいい頃だろう。

「そう。ねぇ、明日あそこに行かない?」

「木津浜灯台?」

彼女の指の先にある塔はもう翳っていて、黒く巨大な樹木のようにもみえる。

木津浜灯台。

その塔は、そう呼ばれている。確かそれとは別の名前が正式名称だったはずだけれど忘れてしまった。

木津浜灯台は特殊だ。木津浜灯台は内陸にある。昔は灯台の向こうにすぐ海があったらしいけれど、二十年ほど前の埋め立てによって二キロメートルほど海から離れてしまった。

もちろん、今は灯台としての機能は失っているけれど、何が理由か取り壊されずに残っている。

「そうよ?」

「明日は休みだし別にいいけど、なんであそこなの?」

木津浜灯台は今も中に入れるようになっていて、町の歴史を説明する展示などもあったはずだけれど、学生が休日を過ごすには適さない場所だ。

「秘密」

彼女は人差し指を唇にあててほほ笑む。

「そう」

なぜ秘密なのかは気になるけれど、彼女が言いたくないならそれでいい。

「じゃあ、また明日」

「また明日」

彼女に小さく手を振って、彼女も手を振り返す。彼女はいつも僕より遅くまで学校に残っている。だから、彼女がいつ家に帰っているのかは知らない。

下校時刻になったことを知らせる放送が聞こえる。寒さに縮こまって背中を丸め、僕は渡り廊下を後にした。

更新遅れててすみません・・・。なろう向きじゃない小説だなこれ。

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