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00120190622



空けたブラックニッカの、瓶に水道水を入れる。一人暮らしの節約のつもりで始めたことが、今では好んでこれだ。水とは面白いもので、体調状態で味が変わるのだ。たいして喉も渇いてないからか、今日はどこか、鉄の味が喉を擦った。こういう時の水は渋く感じていけない。まだ半分を残して僕は立ち上がる。後ろ髪を引かれたようにユッカに目をそらした。土は渇いている。僕は残りを彼女にくれた。やることもないので研究室へ向かうことにした。


鍵を開けた研究室には友人が一人パソコンの前に座っていた。

「おはよう」

「おはよう、来たんだね」

礼儀を交わして後ろを通る。コーヒーに湯気はない。

僕が腰を下ろしたところで、会話は始まった。

「もし君が昨日死んでいたら。僕はここに来ていたと思うかい?」

どうしたんだ急に、と返すには芸がない。不思議な空気に乗ってみたくなった。

「来ていたと思う」

「それは何故?」

理由はいかようにも過るが、彼の求める言葉は少ないはずだ。

「昨日僕が死んだとして、君はそれを知るすべがないからさ。 僕は一人暮らしだし、誰も僕が死んだことを知れないはずだ。」

彼はつまらなそうな顔で、しかしそれを待っていたと言わんばかりに口角を上げた。

「君がもし昨日死んだなら、きっと君の死はすぐに知人に知られることになる。と僕は思うんだよ。」

「僕は監視でもされているのか?オカルトだな」

「いやいや、オカルトかも知れないが、監視ではない。運命論だ。」

「運命は信じるタイプだが...しかし俺の死は君に知られる運命ということかい?」

「それも少し違うな。」

彼の椅子が肩で息をした。

「僕は今日、君がここへ来るような気がしたんだ。」

「予知の話か?なんの関係が?」

「そして君はここへ来ただろう、僕の本能は君がここへ来ることを感じ取ったんだ。僕は君が生きていることを感じ取ったと言いたい。君がここへ来ると感じなかった時、きっとそれでも君は来るかも知れない。つまり僕のそれは予知や第6感ではないとも言いたい。」

「俺がここに来ることは、わからなかったんじゃないか?君には結局。」

「そういうこと。でも昨日君が死んでいないことは確かだったんだ。」

「僕が生きていると感じたからかい?」

「死を感じなかったからだよ」

その一字は不思議と軽く、僕は雨の音に気づいた。

「死は発信と受信が敏感なんだ。無意識の空間を彷徨うんだ。死ぬことは生きてるうちで1番の出来事だから。誰かの死はきっと感づく、生きてることなんて気にしないくせに、死は何となく肩を叩くように。死とはそういうものだと思うんだ。」

生きることは退屈で、それでも死は酷く鉄臭い。死ぬために生きるようで、生きるために死ぬのかも知れない。

「今日はやけにジメジメするな」

「窓閉めようか?」

「俺が閉めるよ」

もう梅雨は終わりかけている、最後の最後に土砂降りを見せつけているのか。

「明日は晴れるよ」

彼はパソコンを見つめながら呟いた。きっと独り言だろうか。

「そんなわけないのだけれど」

「?」

不思議そうに覗く彼の表情は不思議な空気を振り払った。

「いや、独り言だよ」

研究室には僕一人なのだから。

「今日は帰ろう」

火元確認をして、電気を消して。

鍵を閉めることを一瞬躊躇した。

「確かに君は生きていた。」

声に出したのはきっと届いて欲しかったからだ。無意識に。

傘を持って外へ出た。


「ただいま。」

一人暮らしに虚構はつきものだ。

僕がまだ生きていることを知らない世界かも知れない。

座卓の上には、十分に水がある、妙に透き通った瓶と、空のガラス、コップがあった。水を飲んだあの時が、昨日のことのように思えた。




ー幸福論者の水ー

ありがとうございました

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