8話 大賢者の日記
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今日、一人の女性と出会った。
名前は、エウリディーチェ=イグニス=イザナリア。
彼女は固有魔法の使い手だった。
あるいは彼女とであれば、これまでいけなかったダンジョンの先に行けるかもしれない。
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予想以上、想像通りだ。
ディーチェの力量は素晴らしい。
彼女は強いだけでなく、頭脳も明晰だ。
何か月も攻略できなかった迷宮が、ほんの数日で攻略できてしまった。
願わくは、もう少しだけ彼女と。
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彼女と固定パーティを組むことになった。
喜ばしいことだ。
これなら、前人未到の迷宮も踏破できるだろう。
彼女との出会いに感謝だ。
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今日は流砂の楼閣に潜った。
彼女の推理力には驚かされる。
まさか流砂の先に迷宮が続いているなんて。
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ここ数日は忘却の海底神殿に潜っていた。
あまりにも先が長かったため、踏破は断念した。
また今度、彼女と挑戦しようと思う。
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国から召集令が掛けられた。
戦争が始まるらしい。
ディーチェはともに戦ってくれると言った。
嬉しかった。
だけど、彼女を危険に晒したくはない。
断ったのは、決して間違いなんかじゃない。
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彼女から手紙が届いた。
彼女は彼女で、里帰りをしているとのことだった。
ディーチェの家から見える景色がつづられていた。
いつか、行ってみたいものだ。
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戦争が終わった。
俺は生き伸びた。
また、ディーチェに会える。
その事が何よりうれしかった。
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幸せな時間とは、長く続かないらしい。
彼女と迷宮に潜り始めて数日。
今度は彼女のもとに召集令が下った。
どうやら今度は、彼女の国が戦争するらしい。
俺はともに戦うと言ったが断わられた。
彼女も、こんな気持ちだったのだろうか。
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俺は彼女に手紙を書いた。
今回は、俺の家から見える景色を書いた。
今読み返すと、すごく平凡な文章だ。
……書き直そうか。
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今日は嬉しいことがあったから、こうして筆を執っている。
どうやら彼女の国も、戦争に勝利したらしい。
他ならぬ彼女からの手紙だ。
彼女も生き残ったという事だろう。
また、彼女に会える。
凄く嬉しいことだ。
◇◇◇
しばらくページが抜け落ちている。
◇◇◇
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ここ最近は、穏やかな日々が続いている。
いや、今日もどこかの国とどこかの国が戦争をしているのかもしれないが、少なくとも俺のあずかり知れぬところの話だ。
俺の目には平穏な日常が映っている。
彼女とまた、迷宮に潜った。
彼女とまた、共に食事をした。
彼女とまた、一日を終えた。
きっとまた、同じ朝日を迎えるだろう。
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国から召集令が掛けられた。
また、戦争が始まるらしい。
そして、それは俺だけじゃないらしい。
ディーチェもまた、召集されたそうだ。
いやな予感がする。
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彼女と一度別れて、各々国に帰った。
戦争の相手の国を聞いた。
ディーチェのいる国だった。
ふざけんじゃねえ。
だったら俺は、向こうの国に付く。
城内でひと暴れして、それから逃亡してやった。
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彼女の国についた。
亡命はすんなりと受け入れられた。
当然だろう。
俺たちは今や、世界最強のツートップ。
賢者とまで謳われるほどだ。
二人そろえば、勝利なんて確約された必然だ。
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ディーチェは先に戦線に向かったという。
なんだろう。嫌な予感がする。
彼女の実力は信頼している。
彼女が死ぬところなんて想像できない。
だのに、どうしてこうも不安がよぎるんだろう。
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ディーチェを殺した。
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嫌になる。
彼女を殺した自分を殺したい。
彼女は、俺と同じことをしていた。
要するに、俺がいた国に寝返っていたのだ。
それを知らずに、俺は奇襲を仕掛けて。
行軍中の、彼女に深手を負わせた。
俺がそれに気づいたのは、彼女の反撃を受けた時。
白銀に煌めく、彼女固有の魔法を見た時だ。
すぐに攻撃を止めて、走り出したんだ。
でも、着いた時には、彼女は冷たくなっていた。
俺のせいだ。俺のせいだ。
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久々に、日記を付けようと思う。
しばらく、狂ったように迷宮に潜っていた。
あるいは、死に場所を求めていた。
だが、死ぬわけにはいかなくなった。
迷宮に、冥界への渡り方が記された壁画があった。
明日、さっそく試してみようと思う。
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失敗した失敗した失敗した。
いや、ディーチェには会えた。
ただ、連れ戻すのに失敗した。
冥王に振り返らないと誓えるならばディーチェを返すと言われた。
俺は二つ返事で頷いた。愚かだった。
現世と冥界を繋ぐ通路でのことだ。
ディーチェが本当に居るか不安になった。
彼女を信じ切れなかった。
振り返った瞬間、彼女が悪霊に飲まれた。
彼女を俺は、見殺しにした。
二度殺した。
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悪夢を見ているようだ。
皮肉なことに、彼女は蘇った。
ただし、世界に終焉を齎す、冥王の使いとして。
彼女は狂乱し、世界中に魔法を打ち込んでいる。
酷く、苦しそうだった。
俺の起こした身勝手な行動のせいだ。
世界は彼女を魔王と呼んだ。
悪いのは、全部俺なのに。
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彼女を殺すのは、三度目だ。
世界は俺を、大賢者と呼んだ。
何が大賢者だ。
俺は、どうしようもない……愚か者だ。
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ペンダントから、声が聞こえた。
彼女の写真が入ったロケットペンダントだ。
冥界に降りる事ができない。
そう彼女は言っていた。
現世に戻ることもできない。
そう彼女は言っていた。
俺のせいだ。俺のせいだ。
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もう一度、冥界に渡ろうと思った。
渡れなかった。
二度だからか、一度目で失態を犯したからか。
俺では彼女を連れていけなかった。
すまない。すまない。
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せめて、彼女に安らかな眠りを。
そう思い、封印について学びだした。
無限の時間が掛かっても、君だけは。
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ディーチェの力は強すぎる。
ダメだ……私の封印術式では手に負えない。
どうすれば、どうすれば。
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身を切る思いだ。
俺は彼女の体を七つにばらした。
一つ一つを、彼女の魔法を封印する媒体にした。
吐き気がする。でも、泣き言は言えない。
これは俺の贖罪だから。
明日から、埋葬を始めようと思う。
彼女との思い出が詰まったダンジョンに。
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最後の一つだ。
このペンダントに宿った彼女の意識。
これを封印する。
生きることも死ぬことも許されない彼女。
何の贖罪にもなっていないけれど。
せめて、安らかな眠りを与える事ぐらい。
俺にだって、出来ると信じたいじゃないか。
おやすみ、ディーチェ。
◇◇◇
日記はここで途切れている。