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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
1章 流砂の楼閣
7/22

7話 ターニングポイント

 迷宮の最奥部には、入り口に繋がる通路があった。

 現代の魔法理論では説明できない高度な文明跡。

 それがダンジョンだから、不可解な技術があるのは当然と言える。


 ダンジョンから出ると、日が昇っていた。潜る前にも昇っていたから、丸一日ほど潜っていたようだ。

 砂漠では仮眠をとることもままならない。


 そのまま帰路に着くことにした。

 俺の屋敷の方が近い事もあり、パルティも一緒に着いてきた。家につく頃には日も暮れ落ち、空には夜の帳が降ろされていた。パルティは客間に通しており、今頃ぐっすり寝ている頃だと思われる。


(目が冴える)


 対して俺は、まったく眠れなかった。

 色々なことが起きた高揚感からだろうか。

 いいや違う。

 俺はただ、悩みの種にうなされているだけだった。


 布団から抜け出して、水を汲みに行く。

 一口呷れば、全身に潤いが行き渡る。

 それで眠れるかどうかは別の話だが。


 自室の窓から空を見た。

 煤を流したように黒い一面に、銀砂をちりばめたような星々が瞬いている。一面に敷き詰められた大理石の床に、天心に坐する皓月の澄明が照り返す。


 布団ではなく、椅子に腰かけた。

 机には、一冊の日記。

 題は『MEMENTO MORI』。

 古ぼけた表紙を、指の腹でなぞった。


『何を躊躇っているんだい?』


 声がした。

 より明確に、鮮明に。

 脳内に響く声は、直感が正しいと訴える。


 魔王と、魂の領域で繋がっている。


 心臓を、ぎゅっと掌握した。


「なんなんだよ、お前は。どうして俺を泳がせている。どうして殺さずに生かしている。答えろよ」


 俺が魔王に対し、最初に抱いた感情は恐怖だ。

 今もありありと思い出せる。

 あのどす黒い悪意の波動が、俺の命を握る感覚を。

 俺は決して忘れないだろう。


 だからこそ、分からない。

 こいつの、俺の心に巣食う、こいつの目的は、一体何なんだ。俺をどうするつもりなんだ。分からない。怖い、恐ろしい。分からないというのは恐ろしい。

 それ故に、日記にも手を出せずにいる。


『君さ、人をなんだと思っているの? 意味もなく、全てを虐殺する悪魔にでも見えてるわけ?』

「……事実だろ?」

『いいや? 虚構だね』

「は?」


 こいつは最初にあった時、こう言った。『あるいはこう名乗るべきかな? 世界に終焉を齎す魔王』と。そんなやつが平和的な訳がないだろ。


『何を素っ頓狂な声出しているのさ。人の手紙を盗み見ておいて、それはひどいんじゃないの?』

「人の手紙……?」

『覚えてないのかい? 君はどこでそのペンダントを手に入れたんだい?』

「……あ」


 ペンダントが入っていたクッキー缶。

 それに、確かに手紙が同梱されていた。


 クッキー缶から手紙を一通取り出す。

 宛名はやはり、大賢者。

 だったら、差出人の名前は?

 中から取り出した便箋を漁る。

 最後のページを探り出す。

 そこにかかれていた名前は――


 ――エウリディーチェ=イグニス=イザナリア。


「……は?」


 どういうことだ。

 わけが分からない。

 大賢者は世界に終焉を齎す魔王を封印したんだろ?

 どうして、その相手との、仲睦まじきやり取りが保管されているんだ。


『分かったかい?』

「……分かんねえよ。何がどうなってんだよ」


 カラカラと、魔王が笑うのを感じた。


『日記、読んでみたら?』

「……」


 そうだ。

 また、鍵は俺の手中にある。

 これが賢者の日記なんだとしたら。

 すべての謎を解くカギが、記されているはずだ。


 だが、これを開けば。

 封印の解除をもう一段でも進めたら。

 きっともう、後に戻ることは許されない。


『もう一度聞くよ? 何を躊躇う必要があるんだい』

「お前の望みが分からないからだろ……」

『あはは、面妖なことを問うね。分かりきっているだろう? 私の望みなんて』


 俺の心に、ぱっくりと。

 不気味な三日月がニチャリと笑う。

 ああ、悍ましい、悍ましい。

 己の心には、こうも恐ろしい魔物が潜んでいる。


『再び現世に蘇る、それだけさ』

「……蘇って、何がしたいんだよ」

『さてね、その答えは日記の中にあるかもよ?』

「また、それかよ」


 堂々巡りだ。埒が明かない。

 何の根拠もない二択問題だ。

 いや、基準はあるか、一つだけ。


 信用できるか、できないか。


 畢竟するに、ここが分水嶺だろう。

 どっちだ、シヴァルス=ヘイム=アルフォンス。

 お前はどちらを選択する。


 不信を煽る要素は分かりやすい。

 こいつが魔王であること、ペンダントに宿る邪気。

 悪であることなんて明白だ。

 到底、信用できるはずがない。


 だけど、どこかで。

 信用したいと思っている自分がいる。

 どうして俺はこいつを信じようとする?

 どこにこいつを信じる要素があった?


 ふと、脳裏によぎる、彼女の言葉。


『あの子を救うだけの力を授ける、その儀式さ』


 ……ああ、そうか。


(コイツがいなかったら、パルティは……)


 こいつの目的如何は分からない。

 だけれど、その結果、大切なものを取りこぼさずに済んだのは紛れもない事実なんだ。

 少なからず、俺はそのことに感謝をしている。

 簡単に悪だと割り切れずにいる。


「……エウリディーチェ、聞きたいことがある」

『いくらでも。信じられるならね』

「一つだけで十分だ」


 よく分かった。

 七面倒くさい駆け引きは無駄だ。

 こいつは絶対に、自身の手札をひけらかさない。

 だったら、最強の切り札で決着をつける。


「利害は一致しているか?」


 要するに、それだ。

 無償の信頼なんて、信用ならない。

 求めるべきは、裏切りの無い確かな関係。

 それさえあれば、信用なんて後から付いてくる。


 心臓が早鐘を打つ。

 これすら軽くいなされれば、もう判断材料は無い。

 運否天賦による二択を、俺は選択することになる。

 ああいやだ。俺にはそんな、勇気はない。


 そんな願いが通じたのだろうか。

 魔王が、そっと微笑んだ。


『ああ。私の利は君の利だ。君の害は私の害でもある。なくてはならない存在だと思うよ、お互いにね』


 ホッと胸を撫でおろす。

 そうかよ。

 それだけ聞ければ十分だ。


『心は決まったかい?』

「ああ」


 俺は日記に手を伸ばす。

 左手の腹で背面を支える。

 そして右手で、その留め具を外した。


 それが俺の、選択だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。頑張って下さい。
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